4月 動乱の女帝
部屋の中には人が居た。
それは鵜久森ちゃんでもなく、他のメンバーでもなく、言ってしまえば"部外者"だった。
ただ1つ違うのは、部屋に居た"部外者"は"現部外者"であると言うこと。
すなわち"元関係者"だ。
生徒会の元関係者。
僕の机の上に置いてあった鞄を、あたかも座布団の様に扱い、窓の外を眺め座っていたのは元生徒会会長。
栗色の髪を背中に垂らして、女気より男気の印象を強く与え、高いカリスマ性を遺憾無く発揮した人物。
身長は平均男性とほぼ同じ高さ。
前年の生徒会長を務めあげ、学業成績を主席で卒業した、通り名"動乱の女帝"を持つ彼女。
才色兼備の言葉が良く似合う、現在大学一年生、海江田 玲花だった。
海江田会長はずっと窓の外を眺めたままで、僕には後ろ姿を向けている。
どうやら僕に気付いてないらしい。
「何やってんですか、海江田会長」
無視された。
聞こえてないのか?
「何やってんですか!海江田会長!」
さっきよりも声を張り、海江田会長に言葉を投げた。
すると、覗くように体と顔を僕の方へ反らし、誰かが部屋に入って来たかと、それを待ってましたという風な微笑みでこちらに目線をやる。
耳にはブルートゥースのイヤホンを着けていた。
「おぅ、姫島じゃねーか。元気だったかー?」
そう言いながら、イヤホンを外している。
イヤホンからは、ジャカジャカとかなり大きいボリュームで音楽が流れていた。
そりゃあ、声が聞こえない訳だ。
「元気ですよ。てか、何でここに海江田会長が居るんですかっ?」
「違う、私はもう海江田会長じゃない。生徒会長の座は、お前にやったじゃないか」
頭の中はまだ二年生なのか?姫島、と小バカにしつつも笑いながら言ってくる。
この人が居ると、どうしても会長と呼んでしまう。
それは彼女が生徒会長として過ごしていた一年間が、良い意味でも悪い意味でもドロドロなまでに濃かったからだ。
たとえ僕が、五年連続で生徒会長の座に就ける事があっても、彼女の一年間には遠く及ばないだろう。
しかし、善悪どちらにしても、彼女によって学園中が振り回された事は間違いない。
模範でありながらも反面教師。
良い所は見習って、悪い所は戒める。
一挙手一投足に、この二つを兼ね備えた生徒会長。
それが海江田玲花という生徒会長だった。
今はその任を降りたと言えど、そうそう本質は変わらない事だろう。
海江田先輩は座っていた僕の机から降り、背伸びをしている。
かなりの時間、座ってたんだろうか。
「ではでは、海江田先輩。話を戻しますが、何でここに居るんですか?」
「入学式を見に来た」
「パレード感覚で来ないでください」
「ここは私の母校だぞ?パレードだろうがアトラクションだろうが、私がどんな感覚で来ても良いじゃないか。それの何が悪い」
正論だ、それ以外の何物でもない。
しかし言わせて頂きたい。
海江田先輩のその正論には、大きな穴があると。
僕じゃなかったら見逃しちゃうね、ってやつだ。
反論パートに移行しようか。
「でもですね…」
「でもも、へったくれもないよ。私を育ててくれたこの学校は、言わば親みたいな、いや、家みたいなもんだ。子供が家に帰ってくるのに理由が要るのか?」
「いや、理由が要ると言うより、先輩は卒業してい…」
「卒業すると自由に帰っちゃダメなのか?何だ、そのゴミみたいな一方的すぎる関係は。じゃあ卒業したOBやOGはどう説明する?この2つの存在は関係者になるはずだが?そうでなければ、OB達が部活に来て指導するのも…」
「参りました。返す言葉もございません」
降参です、降参します。
海江田先輩の言葉に、ぐうの音も出なかった。
卒業したら部外者だと、僕は言いたかったのだけど、呆気なく論破。
大きな穴なんて、どこにも無かった。
穴があると思って近付いてみたら、僕にだけ見えるトリックアートだった。
息巻いて海江田先輩を論破しようとしてた自分が、とても恥ずかしい。
反論パートって何だ?どこで売ってて、どこで買える?
もう話題を変えよう。
これ以上、自分の傷口を広げる意味もないだろう。
「で、そんな家とまで称した母校の入学式を、大学生になって見た感想はいかがでしたか?」
「全然つまんないな」
「でしょうね」
「あんなに形式通りにやりやがってさ。何だあれは。儀式か?」
「儀式みたいなもんですよ、入学式は」
「いやいやいやいや、入学式だからって型に嵌まりすぎなんだよ、みんな。祝い事だぞ?もう少し気楽にやっても良いじゃないか」
「聞くだけですけど、どういう感じだったら良いんですか?」
「式の進行をライブのMCみたいにやるとか」
「気楽なんてレベルじゃないっ!」
「『今日、みんながこの学園にやって来て…入学式を開式出来るというのは、みんなが感じている幸せと同じくらい、私達も幸せを感じているんだ…』、と校長が情感をたっぷり込めて話を進める…みたいな?」
「新入生全員、置いてきぼりになりますよ?」
保護者も生徒も、これは入学式か?と疑い始めるよ、そんなの。
「このご時世、お堅い言葉なんて要らないんだよ。姫島、お前がやった祝辞もそうだ。高校生があんな律儀で堅っ苦しい言葉、使う訳ねーじゃん」
「そう言われても」
「高校生なら高校生らしく、普通に喋りゃあ良いんだよ。姫島だったら…『僕達と一緒に、楽しい学園生活を送ろう』とかそんな事を、爽やかスマイルで言っとけば十分なんだから」
「気持ち悪いな、僕」
爽やかスマイルなんて、一回もしたことないよ。
「つまり私が言いたいのは、背伸びなんてせずに自分の言葉で喋りなって事だよ。それが出来なきゃ、伝えたい言葉は何をやっても伝わらない」
「だから海江田先輩は、去年の祝辞であんな事を言ったんですか?」
「あんな事とは何だ、あんな事とは」
「『自分らしく生きろ、そして幸せになれ』でしたっけ」
「ほーらみろ、私が言った言葉をちゃんと憶えてるじゃないか。伝えたい事が伝わった証拠だ」
「そりゃあ壇上に上がって、二言三言で帰ってくれば、インパクトの強さで内容も憶えますよ」
「なら、私の思惑は成功したという訳だ。大学生になっても、それを知れた事は嬉しい限りだよ」
「という事は、祝辞で言ったのは急に言おうと思ったとか、その場のアドリブとかじゃないという事ですか?」
「あぁ、そうだ。前から言おうと決めていた」
「その割には、スピーチの原文を用意してましたよね?」
「当たり前だ。何も用意せずにぶっつけ本番だと、許しが出ないだろ?それに、完璧に準備しておいて、段取りと違う事をした方が絶対に面白いじゃないか」
まぁ、本当に面白かったんだけどな、と言いながら笑っている海江田先輩。
じゃじゃ馬っぷりが尋常じゃない。
流石は、動乱の女帝と呼ばれるだけの事はある。
海江田先輩に何故、動乱の女帝という通り名が着いたのかは、正直の所、思い当たる節しかない。
だが、最初に誰が口にしたのか、何がきっかけでそう呼ばれ始めたのかは定かではない。
呼ばれそうなタイミングはいっぱいあった。
大きな騒ぎになったので言うと、春はご存知であろう入学式の祝辞事件。
夏はスク水制服エアコンの乱。
秋は文化祭に関係する、宝泉祭の七日間戦争。
冬は卒業式であった、女帝終幕の答辞。
四季折々に何かしらの騒動はあったけれど、どれが引き金になったのか。
冬の可能性は低いだろうけど、気付かぬ内に通り名が呼ばれ、気付いた時には広まっていた、そういう感じだ。
当然、この通り名は海江田先輩の耳にも届いているはずだが、恐らく意に介していないのだろう。
その程度で怒るような人ではない。
というより、怒った姿をあまり見たことがない。
これが彼女の器の大きさと言える。
生徒会長を務めあげ、望んでいたかは知る由もないが、通り名まで着いた上に、平然とそれを受け入れた。
生徒会長ではなくなり大学生となった今、動乱の女帝は環境が変わったとしても前と変わらず、通り名のままであり続けるのだろうか?