7月 余興
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当の大騒動が随分と昔のように感じられるけれど、実際は一年前の話。
結果的に僕は蚊帳の外だったとはいえ、在学中に起きた前代未聞の出来事がこの学園に新しい風を……起こすどころか、風そのものを起こすエアコンが導入された。
教室だけじゃなくその他の教室諸々、今いるこの生徒会室も例に漏れず涼しいのは、入ってきて束の間……空席だった机の上に座った海江田先輩のお陰だ。
……いやいやいやいや、堂々としているせいで違和感を置き去りにしちゃったけど、この人は何しに来たの?
卒業生だよ?今年二度目の来訪だよ?
「どうしたんだ?お前ら。全員鳩が豆鉄砲を食らったような顔しやがってよ。こっから見りゃ、マヌケな展示物だぞ。もしかして、さっきの聞こえてなかったのか?しゃーねぇな、特別にもう一度言ってやるよ……お前らも明日から夏休みだな」
先程と何ら変わらず、笑顔で言い放つ海江田先輩に僕は、冷静に流す事なくツッコんだ。
「だからどうしたって感想しかないんですけど。それより、こっちとしては夏休みどうこうよりも、率直に聞きたい事があるんですよ……何でここに居るんですか、海江田先輩は」
「『だからどうした』は連れねぇじゃねぇか、姫島。これでも一応、元生徒会長……OGなんだぜ?」
分かりきってる事を言われ、多少面倒臭くなったので僕は、あしらいつつも欲しい答えを要求する。
「で、要件は?」
「先輩をぞんざいに扱いやがって。私じゃなかったら酷い目にあってるぞ。良かったな、相手が私で」
むしろ海江田先輩だからこそ酷い目に合いそうですけど?と、言ったら本当にそうなり兼ねないので、心の声はそっと押し殺した。
無反応に近い僕をじーっと見つめた後、海江田先輩はうだうだ言いながらも、ようやく僕の疑問に答えてくれる。
「あーあ、もうちょい雑談に花咲かせても良いじゃねぇか。目的ばっか重視すんなよなー。分かったよ、ちゃちゃっと言やぁ良いんだろ?用は二つだ。一つは、近々お前ら全員で、何処かに出掛けようって誘いに来た」
海江田先輩がそう言うと、水雲さんが満面の笑みを浮かべて話に入ってきた。
「お出掛けですかっ!?しかも、生徒会のみんなでっ!?」
心踊らせている水雲さんを見た雅近は、驚きつつも若干そわそわしていて、鵜久森ちゃんはそんな雅近を見て、眉間に皺を寄せる。
僕は僕で、誘ってきたのが海江田先輩という事に、一抹の不安しかなかった。
各々の感情でごちゃついた僕達を、机に座ったまま楽しそうに眺めていた海江田先輩は、止まっていた話を再開させる。
「そして二つ目は、遊びに行くその"何処か"が何処なのかをテーマにした、水平思考ゲームを作ってきたから、予定を決める前の余興としてサクッと遊ぼうじゃねぇか」
「……はい?」
状況がよく飲み込めず、僕の口からはつい言葉が零れてしまった。
それに反応してか海江田先輩は僕に視線は向ける。
当然ながら、目が合ってしまう。
何か言わなければいけない気がして、ひとまず、自分なりにバラバラのピースをくっ付けただけの大雑把な答えを提示しながらも、様子を窺った。
「えっと……端的に言えば、取り敢えず水平思考ゲームをしよう……って解釈で合ってます?」
「そうだな!」
即答する海江田先輩。
あまりの迷いの無さに固まってしまい、頭に過った事が言えずにいると、鵜久森ちゃんが呆れた顔でズバッと切り込んだ。
「何処に行くかを、スッと言うって選択肢は無いんですか……?」
鵜久森ちゃんは僕の思っていた事を、そっくりそのまま代弁するように海江田先輩へぶつけてくれた。
だけど……。
「あぁ、ねぇな!」
僕の気持ちは、鵜久森ちゃんの言葉と共に弾かれた。
ここまでハッキリ言われると、返す言葉が見つからない。
……のはどうやら僕だけだったようで、鵜久森ちゃんは続けて毒を吐く。
「回りくどいにも程があるでしょ……この暑さで蒸されて、脳味噌やられちゃったんじゃないですか?茶碗蒸しの完成ですね、お疲れ様でーす」
毒どころか、自分が言われたらヘコむレベルの罵倒が鵜久森ちゃんの口から飛び出し、僕と雅近は絶句。
言い終わるや否や、鵜久森ちゃんは興味なさげな顔で作業へと戻ったが、そんな様子を見た水雲さんが鵜久森ちゃんを叱り付ける。
「こーら、ダメじゃない音寧ちゃん!玲香さんは私達よりも歳上なのよ?もう少し敬意を払わないと──」
「良いんだよ、水雲」
小さな子供へ言い聞かせるような口調で諭す水雲さんを制止したのは、他でもない海江田先輩だった。
海江田先輩はニヤリと笑いながら鵜久森ちゃんを一瞥すると、水雲さんを和ませる。
「こういうのがあってこそ、鵜久森って感じがするじゃねぇか」
懐が深いのか何なのか、親戚のおじさんが言いそうなセリフで鵜久森ちゃんのフォローまでした。
まるで相手にしていない海江田先輩は、罵倒を気にする素振りさえ見せず、逸れてしまった話に戻す。
「……さてと、うだうだ言ってても時間が勿体ねぇ。行き先が何処なのかは、水平思考ゲームに参加すりゃ分かるんだからよ。気楽に楽しもうぜ?」
半ば納得の行かないまま話を進めていく海江田先輩だったが、そこへ雅近が気だるげな表情で物申す。
「楽しもうって……そこら辺のネットに転がってる中から、良さげなのを選んで持ってきただけでしょ?自分、こういうアナログゲームを仲間内で少しかじりましたけど、この手のゲームって一回こっきりで、答えを知ってる分、二回目以降はサポート側に回るしかなくて、全然楽しめないんすよね。しかも、ぬるゲーになりがちだし」
さほど乗り気じゃない様子を見せる雅近が、ゲームの構造上、起きやすい点に対して意見を述べた。
しかしながらこの事は以前、先輩自身が言っていたような覚えがある。
だからだろう、すかさず言葉を返す海江田先輩。
「甘いな、鴻村。私はちゃんと先に言ったぞ?水平思考ゲームを"作ってきた"ってな」
ドヤ顔で雅近に目をやる海江田先輩だが、すぐに注釈を入れる。
「まぁ言っとくと、参考にしたものが無い訳じゃない。でも、そう簡単に正解を出させるつもりはねぇよ」
自信たっぷりに言い切った海江田先輩に雅近は反応し、珍しくも笑み浮かべる。
「へぇ……面白そうじゃないっすか、それは。だったらお手並み拝見っすね。元会長の作った問題が一体どんなもんなのかを」
海江田先輩は見事、サブカルに精通している雅近の心に火を着け、一瞬でアウェイな空気感を払拭した。
けれども、空気感が変わったところで、人の心はそう易々(やすやす)と変わらない。
鵜久森ちゃんもその内の一人らしく、白熱したムードに冷めた態度で水を差す。
「……熱くなるのは勝手だけど、私達を巻き込まないでくれる?やるなら鴻村一人でどうぞ。ねぇ?真澄さん」
賛同を得ようと、水雲さんにパスを送った鵜久森ちゃん。
味方を作り、反対勢力を大きくしようとする算段なのは僕の目から見ても一目瞭然だった。
ただし……僕にも鵜久森ちゃんにも、見えてないものがあった。
「えっ……私はやってみたいんだけど……。音寧ちゃんはやりたくないの?何処に行くか、教えてくれるのよ?」
水雲さんの心が動かされていた事……多数決に於いて彼女が浮動票であり、そしてまだ有利な展開に持ち込めると高を括っていた事が、既に誤算だった。
僕と鵜久森ちゃんはお互いの意思を確認してもなければ、同盟を築いてもない状況だが、もはや敗色濃厚。
どう足掻いても現状をひっくり返すのは難しい。
鵜久森ちゃんも察しているのか、表情が歪んでいたものの食い下がり、水雲さんをこちら側に引きずり込もうとする。
「真澄さん。水平だか公平だか忘れましたけど……こんなゲーム、別にやらなくてもいいんですよ。海江田先輩から行き先を吐かせればいいんですから」
後輩から自棄に物騒な発言が飛んできたんだけど……。
個人的には、海江田先輩を相手にどうやって聞き出すのかが、気になる所ではある。
……いいや無理でしょ、敵いっこないよ。
ライオンVS猫の戦いだよ、こんなの。
「無駄な事はやめとけ、鵜久森」
僕の気持ちに同調するように言葉を発したのは、ポスト百獣の王である江田先輩だった。
「理由はどうあれ、水雲はゲームをやりたいとも言ってるんだ。その気持ちを他人が踏みにじる権利は一切ねぇよ」
余裕を見せつつ、江田先輩が鵜久森ちゃんを言葉で捩じ伏せると、眼前に負けを突き付けられた鵜久森ちゃんは、苦虫を噛み潰したかのような顔で声とは言い難い声を上げた。
完全に主導権は海江田先輩の手に落ちる。
僕の前任者、動乱の女帝の手中に……。
「姫島はだんまりしてたから、ゲームをする側と換算して……多数決の結果、四対一でゲームをするのは決定だ」
意思表示をしなかったというか、怒涛の展開に付いて行けなかったんだけど、今更何を言おうと結果は変わらない。
最後の砦である鵜久森ちゃんが陥落した時点で、僕に勝ち目は消え去っている。
諦めて、大人しく水平思考ゲームに付き合うとしよう。
夏休み前のちょっとした余興として。




