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7月 スク水制服エアコンの乱④

名前だけの自己紹介を終えた十羽子(とわこ)は、扉近くで背筋を伸ばして立っている近藤に対し、かなり丁寧な口調で言葉を掛ける。


「近藤先生。海江田(かいえだ)さんを連れてきてくださって、ありがとうございました。ここからは二人で話すので、悪いけれど退室してくださる?」


「あっ、はい!」


近藤は即座に返事し、海江田の様子を伺いながらもそそくさと退室していく。

扉も閉まり、校長室には二人だけ。


「取り敢えず、お掛けになって」


十羽子は立ちながらそう言って、海江田を前にあるソファーへ(うなが)した。

言われた通り海江田は、以前のようにダイブする事なく、海江田から見て左側のソファーに腰を降ろす。


テーブルを挟んだその反対側に、移動してきた十羽子がゆっくりと座った。

海江田は足を組み、対照的に十羽子は綺麗に足を揃えている。


(かた)や生徒会長、片や校長兼理事長と丸っきり規模は違えど、両者共に組織のトップ。

厳密には学園の傘下(さんか)に生徒会があり、故に一方的な関係になっても不思議ではない。

しかし、海江田は堂々とした振る舞いで、相手が自分の所属する組織の最高位であっても、怖気付(おじけづ)いたりはしなかった。


張り詰めた空気……沈黙と呼ぶには相応しくない僅かな間を置いて、口火を切ったのは十羽子だった。


「他の先生方から経緯(いきさつ)はある程度、聞かせて貰っています。教頭先生とエアコンについて話し合い……いいえ、違いました……話し合いではなく直談判でしたね。けれども交渉は決裂。そして翌日以降、制服から逸脱(いつだつ)した格好で学園生活に及んだと……。学園を運営する側としては、とても看過(かんか)できませんね」


十羽子の言葉は雰囲気も相まって、見えない重圧として海江田にのし掛かる。

海江田も不味(まず)い状況と察知したのか、座ったまま精神的に詰め寄ってくる十羽子に反論しようとした……。


「ですが」


その矢先、十羽子の口から思い掛けない言葉が飛んできた。


「私"個人"としては……海江田さん、貴女(あなた)の行動力に感謝を述べざるを得ませんね。ありがとうございます」


言いながら目を瞑った十羽子は上体を少し倒し、海江田に礼をするが……された側は(いぶか)しみながら、頭上にクエスチョンマークを作っている。

思いもよらぬ十羽子の言動に目を丸くする海江田。


綺麗な姿勢、綺麗な角度のお辞儀から上体を起こすと、十羽子は海江田の表情から思考を読み取り、腑に落ちていないであろう海江田に言及を始めた。


「貴女が行動を起こさなければ、学園の悪い部分を正す事が出来なかったんですから、その点だけは感謝を述べるべきだと思ったまでですよ?」


すると、部屋に入ってから一度も喋らなかった海江田が、真剣な顔付きで最重要であるポイントに刃を入れる。


「それってつまり……私の要望通り、全部の教室にエアコンを着けてもらえるって事ですか?」


(おごそ)かな雰囲気の中、十羽子の抽象的な発言に斬り込んだ海江田は、鋭い目付きで前にいる十羽子を見やる。

とはいえ相手は学園の最高責任者……言葉も視線も刃物と化した海江田に対し、十羽子は動じること無くその解答を言い渡した。


「ええ。全部の教室だけじゃなく、野外にある部室にもしっかりと、エアコンを取り付ける事を約束します」


あっさりと交渉成立。

直談判も(むな)しく、強行策に出て四日。

ついに海江田の要求が学園側に受理されるのだった。


突き刺す視線を送っていた海江田も、これには緊張の糸がぷつりと切れる。

切れて……感情が全面に現れる。


「たは~っ!終わったぁ……これで、こんな格好ともオサラバ出来るぜ~」


張り詰めた空気を(つんざ)く声。

どさっと背もたれに全身を預けて、さながら糸の切れたマリオネットみたく、座っていたソファーにだらんとなり……それはそれは女子高生でも生徒会長でもない、酷くみっともない姿だった。


十羽子はそんな海江田を目の当たりにして……ふふっと笑う。


「まだしないといけないお話はありますけど、貴女にとって、一息吐けるくらいの成果は得られたという事かしら?」


学園の最高責任者の前でするような格好ではないにも関わらず、十羽子は諭すことをしなかった。


「あっ、ヤベッ」


とはいえ、十羽子の言葉で一瞬にして我に返った海江田。

だが……。


「良いんですよ、言葉を崩しても。先生方から聞いてはいましたから。真剣な話は続けさせてもらいますけども、良い機会です。貴女の飾らない言葉を聞かせてくださる?」


みっともない格好どころか、(さら)け出してしまった素までも十羽子は許容した。


「……そっすか?じゃあ、お言葉に甘えて──」


会話の終わるタイミングを見計らったかのように、一時限目のチャイムが鳴った。


喧騒(けんそう)に埋もれた予鈴とは違い、本鈴は明瞭で荘厳(そうごん)な音が学園内に響き渡る。

二人して一時限目を告げる音に耳を傾けていると、海江田がそれをBGMに仕切り直す。


「私もちょっと、理事長先生に聞きたいことがあるんすよ。質問しても……?」


海江田は躊躇(ためら)いつつも、敬語のグレードを一段階下げる。

砕けた話し方──カジュアルな敬語とでも呼ぶべきか。


「ええ、どうぞ」


直談判の時と同様の口調に切り替えた海江田は、十羽子から了承を得て、気掛かりになっている事を尋ねる。


「ぶっちゃけ、金銭的問題はどうなんすか?前に教頭……先生に言われたんすよね、金が掛かるから却下って。それがたった数日で解消されるとは、どうにも思えなくって」


学園の経営部分に、ズケズケと土足で入るような遠慮のない質問。

初手から海江田節を実感した十羽子も、これには思わず口元を(ゆる)める。


「確かに、ぶっちゃけた話ね。そうね……部外者なら詳細を言う必要はないでしょうけど、発起人(ほっきにん)の貴女なら関係者とも言えますし、良いでしょう。単刀直入に言えば、お金の件は心配要りませんよ。大半は学園の資金で(まかな)って、それでも足りない部分は私が立て替える事にしましたので」


淡々と話す十羽子。

だが、それを聞く海江田の表情には、話が進むに連れて雲がかかって行く。


所謂(いわゆる)、ポケットマネーってやつ?それはちょっと気が引けるな……理事長先生にお金を出させるつもりは無かったんだけど。……要望を飲み込んでくれるんなら、日常的に使う教室だけ先に取り付けて、優先度が低い場所は追々で良いっすよ?正直、一気に全部出来るって思ってなかったっつーか。最初から、なし崩し的にやろうとしてたんで」


心理学の一つ、ドア・イン・ザ・フェイス。

断られる前提で一回目の要求を大きくして、本命である二回目の要求を断られにくくする手法。

海江田はこれを用いて、直談判を実行していた。


「成程。そこまで踏まえて行動していたなんて、策士ですね。でも気にしないでください。一気にやった方が後腐れがありませんし、だらだらと時間を掛けてするのは私の(しょう)に合わなくて……もう取引先とも話は着いていますから」


十羽子は海江田からの譲歩をやんわりと断り、要望を決行すると告げた。

一瞬たりとも、迷う素振りを見せなかった十羽子を目の当たりにした海江田は、破顔して一言。


「すげぇ胆力(たんりょく)


十羽子にそう言うと、したり顔で綺麗に返される。


「それはお互い様でしょう?」


「はっはは、こりゃあ一本取られた」


声を出して笑う海江田に釣られ、十羽子も顔を(ほころ)ばせた。

校長室は張り詰めた空気から一転して、柔和(にゅうわ)な雰囲気になりつつある。


海江田の笑いも次第に治まり、十羽子は横道に逸れていたエアコンの件に話を戻す。


「とは言っても数が数ですから、来週のテスト期間までに全部を取り付けるのは、極めて難しいでしょうね」


「いや、ちゃんとやってくれるんなら文句は無いっすよ。こっちにとっては『しない。する気はない。』って答えが、一番鬱陶(うっとう)しかったんで。まぁ……早いに越した事はないっすけどね」


さらっと教頭の時に感じた不満をバラしつつ、海江田は十羽子の対応を素直に受け入れる。

チャイムの音もない、すっきりとした静寂……校長室に沈黙が流れたのも束の間、十羽子がそれを破る。


「海江田さんからの質問は終わりかしら?良かったら私からも、貴女に質問させて欲しいのだけれど?」


「良いっすよ。こっちは納得したんで」


海江田は二つ返事でOKを出し、質問者は十羽子に移る。


「じゃあ、私も遠慮なく聞かせてもらおうかしら。海江田さん、私は貴女の行動に興味があるんです。制服から逸脱した格好もそうですが、一番は……」


漂う柔和な雰囲気をピシャリと制圧し……。


「どういう風にして、同じ格好の同志を増やしていったのか。あの様な、羞恥心(しゅうちしん)が絡む格好をお願いするのは簡単じゃない筈です。男子生徒だけならまだしも、少数とはいえ女子生徒までもが参画(さんかく)していたんですから。初日と二日目の単独行動から連携行動への変化……そして、同志の急速な増加……それらを踏まえると、考えられる可能性は一つ。同志達と貴女の中で、何かしらのやり取りがあったのではないですか?今回の騒動に拍車を掛けるような、身勝手な何かが……」


十羽子はソファーで(くつろ)ぎかけていた海江田を見据(みす)えた。

海江田は放たれる質問と視線から何かを察したようで、焦る様子もなく半笑いで返す。


「あー、そういう事ね……理事長先生は、私があいつらに条件付きで頼んだとか、もっと言うと無理強(むりじ)いしたんじゃねーか?って疑ってる訳だ」


「言葉を選ばなければ……そうですね」


遠回しに(にご)した質問に答えではなく推測を()てがわれ、十羽子は濁すのを辞めてストレートに伝えた。


一方、疑いの目を向けられている海江田の様子はというと、動揺が見られない所か、余裕の表情を浮かべている。

推測をそのまま肯定された海江田は気分良く、勿体振(もったいぶ)りながら種明かしを始めた。


「考えなくても普通はそう思うっすね。リターンがどんだけデカくったって、同じくらいのリスク背負うなら誰だってやりたがらないし、ましてや格好が恥ずかしいとくればモチベーションなんてあったもんじゃない。かく言う私も、話を聞く側ならぜってぇ拒否しますもん。発起人が言うのも変な話っすけど。………だからこそ、無理強いでも脅迫でもなけりゃ何をしたんだ?ってのが焦点になる。引っ張っといて悪いんすけど、面白味は全然ないんすよ。結論を言うと──」


さも得意気に、海江田は十羽子に明言する。


「"私は何もしていない"」


明かす種すら無いと、明かす。


「正真正銘、私は何もしていないんすよ。謙遜とかじゃなくホントにね。ハッキリ言って私としても予想外っつーか、こんな形になるとは思わなかった訳で……理事長先生も疑ってた事ですし、説得力を持たせる為にも順を追って話しますか。ここ数日の、一連の流れってやつを」






ここからしばらく、十羽子は海江田の話に口を挟まずに黙々と聞いていた。


「教頭……先生に、直談判した次の日……あの格好の初日っすね。個人的に私は、効率と実用性を兼ねた、なんて最高のデモンストレーションを思い付いたんだ……と、やりながら自画自賛してたんすよ。


とは言っても格好が格好なもんで、エロい目でこそこそ見てくるやつがいるのと、持ってる水着が二枚しかないから、サイクルさせんのは(わずら)わしかったっすね。


恥ずかしさは特に感じなかったんすよ。こっちは『やってやらぁ』と覚悟してる身ですし、逆に見せつけてやってるくらいですから。


なのに、こそこそと見てくるのはマジで意味わかんねぇっつーか、情けねぇっつーか……正々堂々ガッツリ見りゃ良いのにと思ってたんで、そこには結構イラつきましたね。


……っと、こういう話は置いといて……肝心の中身を話さないとな。ハッキリ言えば、中身なんてあって無いような物なんすけど。


ただでさえ長くなりそうな話なんで、細かい部分は省略させてもらいますが……ご存知の通り、初日と二日目は私の単独行動でした。このデモンストレーションで学園側がどういう反応をするか、どういう動きを取るのかを見ようとしてたんすよ。


でも、学園側はまさかの静観。こっちとしては停学やら何やらテキトーな処分をしてもらえたら、教育委員会にこのエアコンの件と処分が不当であるって事を盾にして、ギャーギャー騒いで外部から圧力を掛けてやろうっていう算段だったんすけど──教頭先生は動いてこなかった。


それどころか動く気配もなかった。私の策略に勘付いてた訳じゃなくて、リスクを犯さず、ほとぼりが冷めるのを待ってたって感じですかね?もしくは教師の誰かが、何とかしてくれるのを期待してたか……推測はいくつかありましたけど、とにかく相性が悪い。


正直、私は立ち往生っすよ。あんな格好したら、普通は何らかの処分をするものじゃないっすか。なのに静観されるとか、桜ヶ丘宝泉学園(ここ)の教育理念である『生徒の自主性を重んじ、感性と個性を伸ばす』ってのは、こんなとこまで影響すんのかよと、辟易(へきえき)さえしましたね──真意がどうであれ、ね。


だとしたら、こっちも次の手を打たなきゃならない……考えた末、最初は生徒会の奴らに目を付けました。そうだ、あいつらをファーストペンギンに仕立て上げよう、と。


ご存知です?ファーストペンギンって言葉。語源は、集団で行動するペンギンの群れの中から、天敵であるシャチやアザラシ達がいるかもしれない海へ、魚を求めて最初に飛びこむ一羽目のペンギンを指す言葉なんすけどね。


それが転じて、最初に行動を起こすやつの事を"ファーストペンギン"って言うように……って、よく考えりゃ一番手は私だったな。


なら、二番手のあいつらはセカンドペンギン……?でも、それってただの……あーもう、細かい事はどうでもいいや──んな訳で私は、ファーストペンギン第二波を送り込もうとしたんすよ。理事長先生が言った、強要でもして。


ところが……それをする為に動こうとした三日目に、転機がやって来ました。


D組の男子二人が私と似たような格好で登校してきたんすよ。指図なんて(もっ)ての(ほか)。これが俗にいう"カリスマ性"ってやつなんすかね?ははっ、自分で言ってて笑えますけど。


……とまぁ、立ち往生してた私の前に──正確には斜め左後ろに、ファーストペンギンの第二波がやって来た。本当ならこれを機に勝負を仕掛けて、生徒会の奴らにもやらせりゃ効果倍増……なーんて事を(たくら)んだりもしたんすけど、やいのやいの言ってるクラスの奴らの反応を見て、今じゃないなって確信したんすよ。


根拠は無いんで深掘りしないでください。ただ、この流れに便乗するやつはまだ出てくるって気がしまくったんで、敢えて放置する事に決めました。


そんで、次の日に登校してみりゃ他のクラスにもいるの何の。しかも予想通りっつーか、予想以上に便乗するやつがいて、結果的に今に至る……。


理事長先生の期待に応えられなくて悪いんすけど、これがここ数日、私が知り()る限りの全貌です」


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