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7月 スク水制服エアコンの乱③

4日目。

桜ヶ丘(さくらがおか)宝泉学園の最寄駅から学園までの通学路。

談笑しながら歩く生徒……眠そうにしている生徒と、まさに通学路によくある光景。


中等部と高等部で制服に若干の違いがある冬服から、夏服に衣替えをしている事で、違いは今やスカートやスラックスとその()細部のカラーリングだけとなっている。

男女二色ずつ、計四色の制服にそれぞれ身を包んだ生徒達は、ぞろぞろと校門に吸い込まれ、学園の敷地内に入っていく。


これもよくある光景、だったはずなのだが……"この日だけ"は校門を通過すると様子は激変した。


敷地内に入った生徒の何人か……適切な数で言うならば、五十人に一人くらいの割合で、生徒が──(おもむろ)に白シャツのボタンを外し始めたのだ。

風紀どうこうは別にして、それが男子生徒だけなら、暑いからそんな行動を取ったのかもしれない、と思えるだろう。

しかし、シャツのボタンを外す生徒の中には、女子生徒もごく稀にいた。


男子は肌着を着ておらず、女子はスクール水着を着用。

何より、この行動を取るのは決まって、高等部の三年生のみだった。

中等部の生徒はもちろんの事、高等部の生徒並びに他の三年生も、肌を晒す生徒を目撃して目を丸くしている。


こうして学園内は驚く者と、堂々としている者の二手(ふたて)に分かれ、騒動は無論、高等部棟の校舎内にも蔓延(はびこ)っていた。

三年生の教室が集まる廊下はすでに、無秩序と言う他ない有り様。

騒ぎを聞き付けた近藤を除く担任教師達は、ホームルームが始まる時間ではないが動き出す。


教室前の廊下に到着すると、制服を正しく着用していない生徒達を、体には触れないようにしながら各々の教室に押し込んでいく。


D組も同様で、他の担任教師が自分のクラスを管理しつつ(うなが)すが、比較するまでもなく制服を正しく着用していない生徒は、D組が一番多かった。


担任達によって騒ぎがある程度落ち着いた頃、火種である海江田(かいえだ)が登校。

格好は言わずもがなで、教室前の廊下に立っていたF組担任の伊武に見つかると、すぐさまD組に入るよう言い付けられる。

対して海江田は逆らう様子もなく「はいはーい」とダルそうに軽い返事をしてD組へ。


入室して早々、海江田は「おぉ~、これはこれは」と笑いながらも驚きを口にした。

海江田の視界に入ったのは、制服を普通に着用している生徒に混じって居た、自分と同じ格好の男女。

ひい……ふう……みいと数えて合計八人、女子生徒も二人いる。


海江田自身を含めると九人が、肌を晒して登校していた。


こういう状況になるのは意外だったのか、海江田がニヤニヤしていると、新たに二人の男子生徒と一人の女子生徒がD組に押し込まれる。

これにより合計で十ニ人。


押し込まれた生徒達は不機嫌どころか、照れを見せたり笑っていたりと、表情はどれも明るいものばかり。

他のクラスメイト達からも批判的な意見は減り、今や暑さ対策の一つとして現状を受け入れようとしつつある。


間もなくして土曜日の騒々しい朝に、いつもより弱々しいチャイムが鳴り響く。


担任達がいる手前、廊下にいた生徒達も担任の顔を窺いながら、緩やかなペースで各々の教室へと戻っていった。

次第に廊下から生徒が消えて行くと、担任教師達がポツポツと残った形となる。


微動だにしない五人の担任教師。

どのクラスの生徒達も、異様な光景からただならぬ雰囲気を感じ取り、辺り一帯の空気が張り詰める。

ほんの少しの膠着(こうちゃく)状態の後……F組担任の伊武が何かに気付き、視線を教室にいる生徒達から階段がある廊下の方へと外す。


喧騒(けんそう)によって掻き消されていた、階段に響くヒールの鈍い音……その音を、教室の中でも一番端にいた伊武だけが拾ったのだろう。

コツコツとヒールの中でもかなり鈍め音が、伊武の元に段々と近付いていき……微動だにしなかった他の四人の担任達も伊武がいる方を見る。


階段から姿を現したのはD組担任の近藤だった。

近藤は廊下に到着するや否や、小さなメモを伊武にそっと渡すと、そのまま順に反対側の端にいるA組担任の砂里まで、小さなメモを渡していく。

全員にメモが行き渡ると、近藤を含めた担任教師達は各々のクラスへ入室し、教壇に立つ。


ここ数日間、海江田の行動に頭を悩ませていた近藤だったが、この時の近藤の目に迷いは一切ない。

D組の教室には、約三分の一の生徒が制服を正しく着用していない状況……近藤はそんなD組の現状を目の当たりにした。

けれど、動揺もしていなければ驚きもしていない。


据わった目でクラス全体を捉え、臆する事なく伝達事項を言い放った。


「たった今、制服の中に水着を着ている生徒は全員、(すみ)やかに生徒指導室へ」


言葉の一つ一つが力強く、昨日までとは打って変わって、毅然(きぜん)とした姿がそこにはあった。

D組の生徒達は近藤が放つ空気に気圧され、居住(いず)まいを正す生徒がちらほらと見受けられる。


中でも制服内の水着着用に該当する生徒達は、おずおずと椅子から立ち上がり、半ば気落ちした様子で退室しようとしていた。


例外なのは海江田、ただ一人。


足を組んだまま指を(あご)に添え、何やら考えに(ふけ)っているようだが、しばらくすると踏ん切りを付けたかのようにスッと席を立つ。

他の該当者と同じく、退室しようと海江田が教壇に背中を向けた直後、近藤が呼び止める。


「待って海江田さん……あなたは私と一緒に校長室へ。その他のみんなはここで待機しててください。一時限目は三年生全クラス、自習とします」


再び騒がしくなるD組を置き去りにして、近藤は海江田の背中を追って退室……桜ヶ丘宝泉学園史上、前代未聞のホームルームとなった。


高等部の校舎を出ると海江田は、自ら羽織(はお)っていたシャツに袖を通し、前のボタンも留め、ものの二十秒ほどで制服を正しく着用する。

シャツの(しわ)を伸ばして、その手で言葉の通りに(えり)を正すと、背中とシャツの間に入り込んだ髪を(すく)い上げ、バサリと外の熱気の海へ泳がせた。


まだ七月にもなってないというのに、容赦のない陽射し。

額にじんわりと(にじ)む汗を、サッと手の甲で拭った海江田は、後ろを歩く近藤に顔だけを向けて喋り始める。


「先生、なかなか大胆な事するじゃん。正直な所、めちゃくちゃ驚いてるよ」


海江田は薄ら笑いを浮かべては、すぐに進行方向へと顔を戻した。

付かず離れず前を歩く海江田に、近藤は訂正する。


「別に、これは私の発案じゃないわ。そういう指示が出ただけ。言っちゃえば筋書き通りよ」


シャツが汗ばみながらも淡々と話す近藤だったが、そんな彼女に見向きもせず、快活な声だけが近藤の元へ届く。


「へぇ~。これは教頭先生の意外な一面、見たり!ってとこかな。石橋を叩きまくるくらいの慎重派だと思ってたから、ちょっと見くびってたな」


あはは、と……風にも飛ばされそうな小さな笑い声を上げた海江田に、近藤は訂正を重ねる。


「残念ながら、これを指示したのは教頭じゃないわ」


「……え?」


これには海江田も予想外だったらしく、驚きの声と共に再度、顔だけを近藤の方へ。

目と目が合い、近藤はすかさず注意する。


「ほら、前見て歩きなさい。危ないわよ」


指摘された海江田は素直に言う事を聞き、変わらぬ足取りで職員棟に入る。

先頭は依然として海江田が歩いていたが、校長室横の職員室が近付くと近藤が歩くペースを上げ、校長室に到着する時には海江田の一歩先に立っていた。


扉を三回ノックし、少しばかり声を張り上げて「失礼します」と言うと、近藤は扉を開けて中に入る。

部屋に入った先で近藤は海江田を中に誘導し、海江田も招かれるまま入室。


ニ歩、三歩と足を進めた海江田の視線の先には……威厳と風格のある婦人が、エアコンの効いた室内で、そつなく書類の整理をこなしていた。


シックなグレーの婦人服に身を包み、左胸辺りには小ぶりのコサージュ……あまり主張しない配色を選んでいる所に、大人の気品さを感じられる。

装飾品も腕時計に髪留めと必要最低限で、品格とはこの人の為にある言葉だと言いたくなる居住いだった。


時間はそろそろ一時限目に入ろうかという頃。

室内には紙の擦れる音と、掛け時計の長い秒針が音を刻み続け……分針が数字の十一へとまた一歩近付く。


整理も一区切りついたのか、切れ長の目から放たれる視線が、机の上を移動する書類から海江田へと移る。

そして婦人は口を開く。


「初めまして……と言うのが、この場は正しいのかしら?あまり人前に出る機会がありませんから。……桜ノ宮(さくらのみや) 十羽子(とわこ)です。生徒会長の海江田 玲花(れいか)さん」


同じ年齢の孫がいても可笑しくないにも関わらず、そんな歳の差でも一人の生徒と対等に話す貴婦人。


海江田は名前を聞くよりもっと前……入室した時には既に気付いていた。

()の婦人が、この桜ヶ丘宝泉学園の校長兼理事長だという事に。


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