7月 スク水制服エアコンの乱②
案の定……海江田は昨日と同様、スクール水着をインナーとして着用し、奇異の目に晒されながら登校してきた。
学園側も海江田の行動を把握していたが、依然として行動を起こそうとしない。
ただただ海江田の振る舞いを傍観している。
焦燥に駆られている教頭、なす術のない教師陣……どうにかしないといけない気持ちはあるものの、海江田を止める手立てがない以上、どうしようもない。
そんな中、近藤達には一縷の望みがあった。
昨日の小会議にて……そろそろ終わろうかという頃、四人は項垂れながらも諦めずに脳を働かせていると、担任の近藤はある事に気付きハッとする。
「……もしかするとですけど、海江田さんの行動を止められるかもしれません」
すると他の三人は、一斉に期待の眼差しを近藤に向けた。
藁にも縋る思いが駄々漏れなのもあり、視線を浴びた近藤は瞬間的に尻込みしてしまい、発言の補足と訂正をする。
「と言っても、私達がどうこう出来る訳じゃなくて、海江田さんが自滅する形なんですが……」
恐る恐る話す近藤に、宇野が詳細を聞こうとする。
「具体的にはどういう風に?」
促しつつも、ワンクッション挟んだ事により話しやすくなった近藤は、気付いた事を状況説明と共に話し出す。
「海江田さんは今日丸一日、水着を着て過ごしてました。この暑さで汗もかいてるだろうし、水着と言えど洗濯に出すはず……。そして明日は、授業で水泳があります。そうなると授業後には三枚目の水着が必要になる……水泳の授業は週に二回しかないし、普通に考えて三枚目の替えを用意してる家庭はないかと思いまして」
説明を聞いた砂里と伊武は納得の表情を見せる。
しかし宇野は、一度納得したものの瞬時に眉をひそめた。
「確かにそこは盲点でしたねぇ。でも、勝手に海江田ちゃんが自滅してくれるかは怪しいと思いますよ、近藤先生。何度も言いますが相手はあの、海江田ちゃんですから」
宇野のこの意見に近藤も理解を示し、結局の所、これと言った他の案も出ないまま小会議は閉会。
現実的は打開策は出なかったが、海江田の自滅という一縷の望みがある近藤達は、他の教師陣に比べるとそこまで精神が乱れていない。
こうなる事は想定内で、問題は三時限目にある水泳……ここがターニングポイントと見ているからだ。
幸い、ざわついてはいるが昨日ほどの騒ぎにはなっておらず、三年生の担任達は情報に神経を尖らせながら、教室へと向かった。
ホームルームを始めようと教室に入った近藤の視線は当然、渦中の人物へ。
情報通り、昨日と変わらずスクール水着を着たまま、悪びれる様子もなく椅子に座っている。
着こなしといい振る舞いといい、あたかも他のクラスメイトが、制服を間違えていると言わんばかりの態度だった。
近藤はそんな海江田に何も言う事なく、視線を個人から全体へ移してホームルームを始める。
そして一時限目……二時限目と時は進んで、遂に三時限目の水泳。
海江田は教室で着用していた水着のまま授業を受け、水泳の授業は恙無く終わりを迎えた。
だが、近藤は気が気じゃない。
他のクラスで授業を終えた近藤は、一度職員室に戻ると即座に自分のクラスであるD組へと足を運ぼうとする。
高等部棟の階段を昇って廊下に出ると、近藤はざわつく生徒達の中から海江田の後ろ姿を発見した。
海江田はそのままD組へと入って行ったが、全体のシルエットを捉えられなかったものの、近藤の目には上も下も普通の制服を着用していたように写った。
今見たものは現実か錯覚か……緊張が走る。
不安を拭えないままD組に近付く近藤。
現状の詳細を知るべく、廊下から海江田の全体像を……肝心である、水着を中に着ているかを確かめる為に正面から見ようと、ポジションを調整して教室を覗き込んだ。
すると……近藤は開いた口が塞がらない。
一見、制服の白シャツを着ているかのように思えたその様は、正面から見てみると昨日と同じく、前は開ききっていて紺色の布地……スクール水着の着用が確認できた。
固まる近藤を知ってか知らずか、海江田は椅子に座りながらスカートを下ろし……漂う艶かしさを脱いだスカートと一緒に鞄へ突っ込むと、今度は袖を通していた白シャツを脱いで昨日みたく羽織る。
乾ききっていない髪を指でさっと梳かして、腕組み足組み……授業スタイルが完成すると共に露出度を上げた。
ある種、教室の外ではスカートと白シャツを着用するとい拘りさえ感じられる。
頭が痛くなる状況に声も出ない近藤だが、ここから更に精神的追い討ちを掛けられる事になってしまう。
教室内が依然としてざわついている中、何人かの生徒の会話が近藤の耳に入ってきた。
「ちょっと待って……」
「見ろよ、あれ」
意味深な会話をする生徒に、事態の把握が出来ない近藤。
あまりにも話の内容が曖昧すぎて、廊下からでは全く持って分からなかった。
だが次第に"それ"に気付く生徒達が増えて行き、話は広がり、遂には近藤の元まで届く。
「ゼッケンの名前違うの?じゃああの水着、海江田のじゃねーのかよ」
「普通、水着なんて貸す?私だったら考えられないわ」
近藤は耳を疑った。
実際に目にした訳ではないものの、海江田は誰かから水着を借りたという行動に。
宇野に指摘はされていたが、一瞬でも自滅なんてものに期待した自分がバカだったと、近藤は昨日の小会議の自分を殴りたくなっていた。
廊下で過ぎ去りし自分への自傷行為に駆られている間にも、生徒達の話題は「水着を着用して授業を受けている海江田の行為」から「あの水着が誰の物か?」に話が擦り変わっていた。
「あれ、なんて読むの?みずぐも?」
「みずもだよ、みずも」
「三年にいたっけ……?そんな子」
「確か、生徒会の会計の子がそんな名前じゃなかったか?」
「なるほどな。あの子と海江田のスタイルは同じか、大差ないってことか」
「……変態」
四方八方から色とりどりの反応が飛び交ってるにも関わらず、海江田は何ら気にしている様子はない。
マイペースにも机に教科書とノート……ペンケースを並べると、四時限目までやることが無くなったのか鞄から扇子を取り出し、首元でごわついている髪に風を送る。
満身創痍となった近藤はD組の教室に踏み込む事もなく、そのままの足で次の授業へと向かった。
後輩に水着を借りてまで行った、海江田の行動。
これが教師陣だけではなく、クラスメイト全員にまで海江田の本気が伝わった瞬間だった。
海江田がスクール水着を制服化した3日目。
争いの火種は図らずも……新たな薪に火を焚べる形となった。
この日、D組の教室内で視線を集めるのは渦中の海江田だけではなく、二人の男子生徒にも向けられる事となる。
「……増える事ってあるのかよ」
「怒られるって、さすがに……」
「だよね……」
他のクラスメイトは、二人の男子生徒を瞥見しながら口々に話していた。
当の男子二人はというと……海江田と同じく上は白シャツを羽織り、インナーシャツは着ていない。
下も制服のスラックスは脱いでおり、スクール水着一枚という格好。
さながら、男バージョンの海江田が二人と言える。
そんな格好の二人は、皆の視線が集まっている事を察知しつつ、普通に喋っていた。
教室には水着姿の生徒が三人。
突如として増えた問題児に、近藤が気付かない訳もなく……ホームルームで入室した近藤はもちろん唖然とする。
現実逃避さながら海江田から目を背けるも、教壇に立って生徒を見渡せば……どうしたものか。
右に左に、肌を晒した生徒が増えている。
これには寝不足で重たかった瞼も、限界までぐいっと吊り上がった。
あからさまに目が泳いだ近藤は咄嗟に「えっ……」と、言葉がこぼれ落ちる。
数十人の生徒を前にして何を言うべきか……そもそも言うべきなのか……最適解を見出だせず頭の中は真っ白になり、浮かんでいた言葉は霧散していった。
無言のまま刻々と時間は過ぎて行き、徐々に教室のあちこちから私語が増える。
「近藤先生、何も言わないな」
「そりゃ言葉失うだろ、増えるって思わねーし……」
「教職の道って大変そう」
「注意されないなら私もやろうかな?」
「……まさか、冗談でしょ?」
空気感から危機的状況な立場に陥っているのは、近藤自身も理解している。
この場で渦中、あるいは火中へ飛び込んだ男子生徒二人を注意したとしても、火種である海江田が同じ姿をしている以上、迂闊に咎められない。
とはいえ海江田に責任転嫁をしても好転は見込めないし、板挟みであり八方塞がり。
海江田を停学等の処分に追い込むのも学園側としてはリスキーである。
身動き取れない近藤は口を真一文字に引き結び、黙認し、誰の耳にも入らない伝達事項を話す。
ざわつく生徒達の陰で、一部始終を静観していた海江田はほくそ笑み、顎に当てていた手を解いて腕組みをした。
そして事態は加速し、急展開を迎える事となる。




