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7月 スク水制服エアコンの乱①

直談判があった日の翌日……この日も30℃越えの真夏日だった。

今日も今日とて、あの蒸し暑い教室でノートにペン走らせるのかと思う生徒が大半以上なのは、確実と言える。


暑さに耐えかね嫌気が差す……今日だけじゃなく明日も明後日も……そんな感情を吹き飛ばす存在が、この日はいた。


訂正……"この日から"いた。


桜ヶ丘(さくらがおか)宝泉(ほうせん)学園の最寄駅からの通学路にて、ひときわ目を引く女子生徒が周りの目を気にする事なく悠然(ゆうぜん)と、堂々と、それが普通だと言わんばかりに学園へと歩を進めている。


高等部及び中等部の生徒のみならず、一般の通行人さえ釘付けにしていたが、中には一周回って目を逸らす者もいた。

それほどまでに奇抜な格好……と、オブラートに包まざるを得ない。


焦げ茶のローファーに黒のハイソックス、スカートも普通で下半身には何ら問題はない。

ここからが大問題。


本来なら前をボタンで留めているはずの白シャツではあるが、それが留められておらず、まさかの全開…。

袖を通してはいるものの、そよ風が吹くとスカートと共にひらひらとシャツが(なび)く。


シャツのボタンが留められていないとなると、下着を露出しているのかが問題として挙げられそうなものだが。

間違いなく下着は露出されている……ただし、それは一般的な下着ではない。


彼女は今、一般的ではない物を下着にしていた。

学生ならば少なくとも今の季節、夏場になると身に付ける機会があり、人によっては季節を問わず特定の場所で身に付ける耐水性を持つ物。

水着……そう、その女子生徒は白シャツの下にスクール水着を着ていたのだ。


ご丁寧にゼッケンが前に付けられており、登校する生徒を含めた歩く人達全員に、彼女の名前が知れ渡る。

達筆で書かれた「海江田(かいえだ)」という名前が。


ただの通行人にはそれが誰なのか判らないだろうが、同学年……いや、少なくとも高等部の生徒ならば一瞬で判る。


桜ヶ丘宝泉学園の中で最も有名で、話題に事欠かない高等部の生徒会長であると。

道中の混乱を引き連れたまま学園内に突入した海江田だが、彼女の行動は収まるどころか更にエスカレートする。




チャイムが鳴り、教室へと向かう三年生の担任教師達は普段通り、ホームルームでの伝達事項を頭に詰め込んで階段を昇っていた。

談笑を交えて、穏やかなムードを漂わせていた担任達だったが、雲行きはすぐに変わる。


担任達が異変に気付いたのは、階段を昇り終えた頃。

周囲がやたら騒がしいと思い始める。

不思議に思った担任達は顔を見合わせた後、覗く様にして廊下へと進んだ。


瞬間……そこには、喧騒にまみれた光景が広がっていた。

そろそろチャイムが鳴り終えようとしているのに、とある教室──三年D組付近から人の波が消えようとしない。


「何してんだよ、あいつ」

「ちょっと見えないんだけど、どうなってんの?」

「いや、状況はよく分かんないんだけどさ……」


生徒が口々に話していて、廊下のざわつきが収まる気配は見られない。

状況を飲み込めていない担任達は取り敢えず、件の騒ぎを収めようとした。


「チャイムはもう鳴ってるぞ。早く教室に戻りなさい」


担任教師達は教室に群がる生徒達を散らそうと、廊下に声を響かせた。

すると生徒達は渋々ながらも、担任の言葉に従って、各々教室へ戻って行く。


ぞろぞろと廊下から生徒が()けて行ったものの、さっきの光景を見ていた三年D組の担任──近藤(こんどう)の胸中は、今の廊下みたくスッキリとしたものではなかった。

生徒が群がっていた中心地は三年D組……心中穏やかではいられない。


恐る恐る近藤は三年D組の扉を(ひら)き、ある生徒1人に照準を向けた。


嫌でも視線を奪うような姿を目にした近藤は、驚きはしつつも、どうにかこうにかグッと堪えた。

クラスのほぼ全員が近藤を一瞥(いちべつ)したが、注目は一瞬にして例の生徒……海江田の方へと戻る。


当の海江田はダルそうに、扇子(せんす)をパタパタとさせている。


「……海江田さん、その格好はどういう事か……説明してくれる?」


近藤は教壇に歩を進めながら、渦中の1人に言葉を投げ掛けた。

注目の的になっている海江田はと言うと、登校時よりも一段と露出度が上がっている。


履いていたスカートとハイソックスは脱いでおり、白シャツは今や袖を通さずに羽織っていた。

公衆の面前だからと気にするような性格ではないが……今はもう、これでもかと肌を晒している。


そんな海江田は見た目と違って律儀に返答する。


「説明ったって、特に無いですよ。強いて言うなら……暑いから?」


「暑いにしても限度というものがあるんじゃない?」


「限度……そうっすねぇ、流石(さすが)に私もこれ以上は脱げないっすわ。人前で裸になるのは、いくらなんでも無理無理」


海江田は半笑いで、首の代わりに扇子を振る。


「そういう話をしてるんじゃありません!」


戸惑っていた近藤もこればかりは声を荒らげた。

しかし海江田は怯む事なく、冷静に返す。


「だって、教頭がエアコン着けてくれないって言うんすもん。それならこっち側で何とかするしかないでしょ。暑さ対策にケチつけるんなら、先生も教頭に言ってやってくださいよ。早く全教室にエアコンを着けやがれって」


近藤は海江田から目を逸らし、口を(つぐ)んだ。


教師も皆、エアコンに関して進言したい気持ちは大いにある……だが言葉にした時のリスクを考えて、動こうとしないだけ。

一石を投じた後に鬼や蛇が出るのではないかと、みんな揃って恐れているのだ。


近藤からの返答がない様子に海江田は、詰めの一手で話を終わらせに掛かる。


「はいはーい。見た感じ、先生も反論は無いっぽいし、私の事は気にせず始めてくださいな。止める気は毛頭ないんで……あっ、この事は他の先生にも丸っきり全部、忘れずに伝えといてくださいね?同じ話するのは私も面倒なんで」


んじゃホームルームどうぞ!……と、海江田はぐうの音も出ない近藤に主導権を投げ渡した。


渡された近藤にとっては攻めに転じるチャンスだったが、心は既に折れており、流されるまま「……ホームルームを始めます」と言うしかなかった。


海江田が敷いたレールの通りに始まってしまったホームルームの中には……戸惑う生徒、面白がる生徒、共感性羞恥に(あえ)ぐ生徒と、感情のバリエーションはまさに十人十色。

近藤からの伝達事項を耳に入れる生徒は、1人もいない。


ざわつきが収まる気配もなくホームルームが終わり、授業へと突入したが──依然として、海江田の格好に変化が訪れる事は無かった。

授業を担当する教師陣には全容がしっかりと伝わっており、咎める教師は誰1人居なかったが、当然ながら職員室内では大騒ぎ。


最初は冗談と思っていた教師も一時限目、二時限目と時間が経つに連れ、どうしたものかと彼女の対処法に頭を抱える。

まだ教頭に伝わってない状況下、穏便に済ませられる物なら穏便に済ませたい所だろう。


一方、生徒の間では……この騒動の一部始終を目撃していたクラスメイトから口伝(くちづ)てに、他クラスの生徒へと話が広がって行った。

こちらもこちらで信じない生徒は少なからず居たが、あちらこちらから飛び交う噂に、事実の有無はあれど、海江田が起こした騒動を知らない同学年はいなくなる。


しかし、登校時も含めて大胆な姿を振る舞った彼女の噂が、三年生の間だけで収まる訳がない。


たった1日……正確に言えば半日も掛からぬ内に、高等部の四割近くの生徒に知れ渡っていた。




夕刻……高等部の一部の三年生教師4人が、職員室内の自分達のデスクで、小さな会議を執り行った。


「海江田の件、どうしますか……」


口火を切ったのは若手の男性教師、伊武(いぶ)である。

背もたれに体重を乗せて、正面斜め上の天井をボーッと見つめていると、ベテラン男性教師の宇野(うの)が反応した。


「さすがにマズいよねぇ……あんな格好で歩き回られちゃ。暑いとはいえさぁ」


喋り方や声のトーンから不都合さは感じられないが、宇野自身は一抹の不安を感じている。

宇野からのレスポンスに、伊武が自分の意見をそこへ乗っけた。


「そうですよね。第一、女子高生が水着って風紀がどうかしてます」


真っ当な意見ではあったが、補足するかのように女性教師の砂里(すなざと)が、掛けている眼鏡を指で押し上げながら指摘する。


「女子高生とか以前に、あの子は生徒会長ですよ?言語道断……止めさせるべきです」


お堅い雰囲気と隙のない意見に怖がられがちな彼女に対し、宇野が張り詰めた空気を和らげる。


「言いたい事は解るよ、砂里先生。でも、それが出来りゃあ苦労しないのよ。何せ、相手はあの海江田ちゃんだよ?他の生徒とは訳が違うんだからさぁ」


軽薄に見えつつも、的確且つ嫌みの無い言葉を受けた砂里は、素直に納得する。


「……ですね。あの子には本当に手を焼かされます。頭の回転の速さ……行動力……挙げれば切りがないですけど、大人でも持ち合わせてない物をたくさん兼ね備えている……。非常に厄介です」


教師陣も、海江田が人としてハイスペックなのは理解している。

だからこそ相手取るには、一筋縄では行かない。


これと言った対策も浮かばず、頭を抱えずにはいられない状況で、教師として年長者である宇野が意見を述べる。


「僕が思うに、出来るだけ早く教頭先生に伝えて、対応を仰いだ方が良さそうだねぇ。正直言えばさぁ、可能なら彼女の意見を丸飲みしてもらうのが、このスクール水着の一件を穏便に片付ける方法、そして僕達にとっても嬉しい事なんじゃないかなぁと思ってるんだけど……そう丸く収まる話じゃないよねぇ」


宇野の意見を聞いて、伊武が結論の方へと話を持っていく。


「じゃあ……早速教頭に言います?」


伊武は宇野の方を見て判断を仰いだ。


「だねぇ。あっちが実力行使に出てるんだし、こちら側も出来る限りの事をやらないと」


結論を出す宇野に、同意する砂里。


「それが妥当ですね」


宇野と砂里の言葉を受けて、伊武が椅子から立ち上がる。


「そうと決まれば、思い立ったが……ナントカってやつですね。自分、教頭先生に報告してきます!」


言葉通り、早速行動に移そうとした伊武だが……そこへ、待ったが掛かる。


「無駄ですよ……」


伊武は「え……?」と小さく(こぼ)し、その言葉の主……今まで無言を貫いていた近藤の方へと目を向ける。

含みのある言い方に3人の視線が集まると、近藤は口を割った。


「教頭に言ったって無駄です。……実は、お昼時に伝えに行ったんです……そしたら「「どうにかして()めさせてくれ」」って。具体的な事は何も言われませんでした」


「……振り出しに戻っちゃったねぇ。気持ちが変わって、明日から普通の格好に戻ってたりしないかな?海江田ちゃん。いや……それはそれで逆に怖いか……さて、どうしたものか」


宇野が深い溜め息を零すと、近藤を含めた3人はそれぞれ、うーん……と項垂れる。

こうして、教師達は特に打開策も浮かばないまま1日が終わり、海江田のスクール水着を制服化したこの一件は、無情にも2日目へ突入する。



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