6月 奇遇までの経緯
「来週からテストが始まるのにこんな時間までやってるなんて、生徒会って大変なんだねー」
テスト期間まで、あと3日。
部活動は今週の月曜から休み、委員会は僕達が勉強会をした水曜から休みになっている。
だが、生徒会は違う……と言うよりかは特殊───いや、今回はやりたい放題やっている……と言った方が語弊がないかもしれない。
「大変って程でもないよ、みんな優秀だし。それに今日はちょっと先の事をやってただけなんだ。だから、こんな時間になる事はそうそう無いかな」
「じゃあキグウだね!もう帰ってるって思ってたもん」
みっちゃんの言う通り、本当に奇遇だなぁ。
テスト前でどの部活動も委員会も休みとされている中、生徒会が活動していた理由には個人的な事情があった。
生徒会は毎週水曜と土曜が休み(日曜は学校自体がないので催事が無ければ休み)であり、タイミング的にも勉強会があった水曜日から生徒会も休みになるはずだったのだが、その前日である火曜日にとあるミスが発覚した。
桜ヶ丘宝泉学園の3年生は7月に入る前のタイミングで部活動を引退する。
それに伴い、顧問とは別で各部活動の責任者、部長の変更を書類で生徒会に提出しなければならない決まりがある。
理由としては部活動に支障等々があった場合、生徒会が介入する可能性もあるとして、部長が誰なのかを生徒会が把握する為に行っているのだが、部の全体の約4割近くがその書類を提出していなかったのだ。
提出期限は気付いた当日。
そわそわしつつ他の作業を終わらせたが、待てど暮らせど書類を提出した部はどこもなかった。
引退する部長から新部長への引き継ぎが上手く行ってなかったのか、はたまた環境の変化に付いていけてなくて提出どころか書類の存在が忘れ去られたのか、原因は色々あるだろうし、事務作業を日々こなしている僕達でさえこうして失念するんだから、新体制に切り替わったばかりの新部長をとやかく責められない。
支障が起きる事も滅多にないので形骸化されつつある決まりだが、万が一の事態に生徒会の人間が責任者の把握、もしくは即座に確認出来る状態を保っていなければ、これは僕達の職務怠慢になってしまう。
後の祭りだと分かった上で僕達は至急、未提出の部の顧問に連絡し、生徒会の顧問にも事の顛末を報告。
話し合いの末、顧問の理解もあって部活や委員会が一斉に休むにも関わらず、生徒会は活動の許可が降りた。
──と、かなり長くなってしまったが前置きはここまで。
肝心要な話は書類が集まった木曜日。
提出された書類に不備がないかの確認を終えて、残すはファイリングのみとなった所で、鵜久森ちゃんが作業の手を止めて申し訳なさそうにしながら僕達3人に話を切り出した。
「あの……会長。というか、他の2人にも相談があるんですが……」
みんなの視線が鵜久森ちゃんに集まると、言いにくそうな顔で続きを話し出す。
「実はですね。友達に、テストが終わったら遊びに行こうと誘われまして……いや、正確には泣き付かれてまして……。友達が言うには「「来年は受験だし、わたしたちが作れる高校の夏の思い出は2年生が最後なんだよ!」」とかで、私は何度も生徒会の活動があるって言ってるんですけど全然諦めなくて……」
そう話す鵜久森ちゃんの表情は「本当に面倒なんですよ」と口にしそうなまでに困り果ててる様子。
「それで相談というか我が儘というか……こんな時に言うのも何なんですけど、テストが終わる来週の金曜日、生徒会を休ませてくれませんか……?」
休みを1日返上して活動している最中なのもあってか、鵜久森ちゃんはばつが悪そうに僕達の顔を窺いながら尋ねてきた。
僕は考える。
テスト終わり直後の活動を鵜久森ちゃん抜きでやったとすると、かなり厳しいのが目に見えていた。
夏休みに向けて、段々と作業量が増えていくのを踏まえると、この欠員はかなりの痛手だ。
いつも任せっきりにしている議事録の作成やデータの整理も僕を含めた3人の内の誰かが兼任しなければならない。
いくらでも誤魔化しようはあったというのに、最初から遊びだと言ってしまうくらい実直な鵜久森ちゃんだから、罪悪感も表情にくっきりと出ている。
生徒会長としてどうなんだ?と思われるかもしれないが、鵜久森ちゃんの友達の言い分も否定は出来ないし、生徒会の活動に支障が無ければ「いいよ、いっておいで」と送り出してあげたいのが本心だけど。
とはいえなぁ…………、と長考していると、そこへ水雲さんが話に加わってきた。
「姫島くん、その日は私もちょっと……」
おぉ、不幸は何かと重なるもんだな……水雲さんもか……、なんて思ったのも束の間、水雲さんの言動が矢鱈とふわふわしていた。
「そのー、えっと……お父さんがね、その日に予定を空けておいてほしいみたいなの。何で空けないといけないのかは全然分からないんだけど、うん。つまり……そういう事なの」
えーっ、どういう事っ!?不自然なくらい動揺してるし内容もあやふやどころか、すっからかんだよ!?
ツッコミを胸の中に閉まっては押し殺し、反動で無言のまま小刻みに頷く事しか出来なかった。
けれども、発言が曖昧模糊になってしまったとはいえ水雲さんの意図している事は、漠然とだが状況や発言の纏まりの無さから汲み取れたと思う。
恐らく水雲さんは、鵜久森ちゃんを生徒会を欠席しやすくする為に、水雲さんも休みたいと申し出たのだろう。
そうなると生徒会の活動自体が半壊して機能しなくなるんだけどな。
にしても嘘が下手すぎる……勉強会で僕の嘘に合わせてくれた臨機応変さが嘘みたいだ。
こういう時は「家庭の事情が……」とかで良いと思うよ?
事情を詳しく聞くかどうかは別として。
小刻みの頷きを止め、僕は考えを整理しようと小休止がてら「なるほど」とこぼした矢先、雅近が追い討ちを掛ける。
「あー、俺もその日は生徒会に参加できないっすわ。言うの忘れてました」
「ちなみに、理由は?」
僕は何となく聞いてみる。
「家庭の事情っす」
うわー、ツッコみたい……凄くツッコみたい。
雑すぎて詳しい事情を根掘り葉掘り、超えては細胞レベルまで問い質したい。
そんな雅近の大雑把な返答にツッコみたかったのは僕だけじゃなかったようで、怪訝な表情で鵜久森ちゃんが雅近に突っ掛かった。
「何、その理由。便乗して休みたいだけじゃないの?」
鵜久森ちゃん!鵜久森ちゃん!!今、自分で自分の首を締めようとしているよっ?
僕が言うのもおかしな話なのは百も承知だけどね、雅近まで欠席したら生徒会の活動にならないし、タイミング的にも雅近に予定がないのはほぼ確実だよ?
怪しいのは凄ーく分かる……でもそれをスルーしたら鵜久森ちゃんは罪悪感を抱えずに休めるんだよ?嘘まで吐いた水雲さんと雅近の厚意を無駄にしないであげて!!
僕の心の叫びは当然、口から外に出せる訳もなく再び胸の奥底へ放り投げ、冷静を取り戻そうと必死だった。
疑いを掛けられている雅近はというと、何食わぬ顔で言い返す。
「しょうがねぇだろ。ついさっき思い出したんだから」
「じゃあ何の用事か言ってみなさいよ」
あー、それ以上はダメだ鵜久森ちゃん!
「家庭の事情は家庭の事情だ」
「ほーらみなさい。はぐらかすって事は特に無いんじゃないのっ?」
嫌みったらしく聞き返す鵜久森ちゃんに、恒例行事の如く水雲さんがストップを掛ける。
「はーい、そこまで。音寧ちゃん、無闇に人のあれこれを詮索するものじゃないわ。気になるのは……分かるけどね!分かるけど……あまり気持ちのいい事じゃないし……ね?音寧ちゃんだって急に自分の事を探られたら嫌な気持ちになるでしょ?」
途中から水雲さんの歯切れが悪くなり、不意に僕と目が合ったのは昨日の勉強会の一件を思い出したからだろう。
水雲さんの言葉はまさしくブーメラン。
僕がリビングで過去を曝け出す事になったのは、水雲さんの言葉がきっかけなのだから。
けれど僕も人の事を言えた人間じゃない。
気になれば何かと人の心に土足で押し入ってきたので、水雲さんの言葉はブーメランというよりかは僕に当たった後に水雲さんの元へ跳ね返った感じだ。
想像すると、おもしろ映像になりそうではある。
水雲さんから放たれた言葉は無自覚にもターゲットである鵜久森ちゃん以外に刺さる物ではあったが、どうやら当の鵜久森ちゃんにも少なからずヒットはしたようで「それはそうですけど……」と不服ながらも理解を示してくれた。
ひとまずこの不毛な争いに終止符は打たれたが、状況を纏めるとテスト終わり直後の生徒会は僕しか参加できない、こういう結果になってしまった。
3人中2人は怪しさ満点で審議対象ではあるものの、鵜久森ちゃんを思っての行動なのだろうし、褒められた事じゃないにしても気持ちを踏みにじる事は出来ない。
しかし、前もってとはいえ僕の独断で生徒会の活動をしている訳ではないので、状況的に生徒会顧問に判断を仰ぐべきだということになったのだが……僕は内心、行かなくても結果は出ているんじゃないかと思っていた。
計算機に1+1を打ち込むのと同様、どういう答えが返ってくるのか分かりきっている。
だとしても報・連・相を怠るのは話が違うので、僕達はファイリングの作業をきっちり終わらせて、4人で職員棟の職員室へ向かった。
順に「失礼します」と挨拶しながら職員室に入ると、生徒会メンバーが全員集まっているのもあり教師達の目を惹いてしまったが、気にした所でどうしようもないので微妙な空気の中を突っ切って顧問の元へ。
そして僕が顧問に伝えた内容はこうだ。
テスト終わり直後の生徒会だが僕以外、家庭の事情で出席できなくなってしまった……と。
水雲さんと雅近に関しては、疑惑はあれど嘘を吐いていない。
だが、鵜久森ちゃんが欠席する理由は本当の事を言えないので、家庭の事情と統一した……けれども、報告・連絡しただけではスムーズに話が進まないのは目に見えている。
だからこその相談だ。
僕が持ち掛けるのはお察しの通り「テスト終わり直後にやるであろう作業を前もってやっておくのはどうか?」である。
顧問からの返答は予想通り「だったら、大丈夫ね」だった。
実はこの生徒会顧問 柱井 緑先生、去年赴任した先生なのだが赴任して早々、生徒会の顧問になり前年の生徒会長である海江田先輩に振り回されていた人である種、海江田先輩の被害者筆頭と言える。
海江田先輩に無茶を言われては、いつも頭を悩ませている姿を目撃していたのだが、生徒会長が僕に変わってからは表情も穏やかで、僕の意見が断られた事は未だない。
それは僕がしっかりしてるというよりかは、前任者が常識外れだったせいでハードルがとてつもなく下がっているだけな気はするけれど、お陰様でこうして僕が動きやすい環境になっている。
海江田先輩と比べたら落差があり過ぎて、感覚が麻痺してるんだろうなぁ。
生徒の自主性を尊重する校風であるとしても、大事なテスト期間前に敢えて生徒会の活動をしたいという提案が通るのも、おかしな話だ。
なのに、こうもあっさりと活動許可が出たのは僕や水雲さんだけでなく、2年生である鵜久森ちゃんと雅近の成績や生活態度も踏まえた上で、テストにさほど影響ないだろうと判断されたのかもしれない。
何はともあれ無事に許可を貰った僕達は、それならば時間が惜しいと今後のスケジュールを確認しつつ、作業を前倒しでやっていた。
こうして翌日の金曜日も休みを返上して続きをする事になり、部活や委員会がテスト期間前で一斉に休む中、僕達生徒会は日が暮れるまで活動していたという訳だ。
ちょっとしたミスと個人的な事情が絡んだ事により今、よっちゃんと2人で下校しているのだから、奇遇と言われれば心底納得してしまう。
……が、不思議な点が1つ。
みっちゃんはどうして、こんな時間まで学校に居たんだろう?
僕は雑談がてらに聞いてみる。
「ところで、みっちゃんは何でこんな時間まで?」
「あたし?あたしは図書室で勉強してたんだ。家でしても、ぜんぜん集中できないタイプなんだよねー。だから図書室みたいな、静かで勉強するぞって感じの場所だとやりやすくって……あっ、先生にはちゃんと許可もらってるよ。お願いしてくれたのは真澄だけど」
照れたり笑ったり慌てふためいたりと表情がコロコロ変わるのを見ていたら、特別な理由はないが何だか楽しくなってきた。
にしても、そうか……勉強していたのか。
ここ最近はみっちゃんを気に掛ける余裕がなく、あまり……というか全く勉強を見てあげられなかったのだけど、こうも自主的に勉強をしてくれていると付き纏っていた不安は多少なりとも軽減される。
「真澄には、ありがとうの気持ちでいっぱいだよ。先生におねがいして図書室を使えるようにしてくれるし、昨日は夜にテレビ電話でちょっとだけ勉強も教えてくれたんだよ?」
「そうなのっ?」
「うん」
僕の知らない所で水雲さんが全面的にみっちゃんをサポートしてくれていた。
流石にこれは本気でお礼を考えなければ……。
「あと、ビックリしたんだけど……真澄の部屋、すっごく広いんだよ!!広いだけじゃなくてキレイで、なんかベッドも大きくて、どれだけゴロゴロしても下に落ちないくらい大きかったんだー」
「まぁ、水雲さんはお嬢様だから」
「……えっ?」
みっちゃんは目をぱちくりさせながら固まり、次の瞬間、驚きが爆発する。
「そうなのーーーっ!!あたし、ぜんぜん知らなかった!!」
茜空にみっちゃんの大きな声が響いた。
反応から推察するにショックを受けた感じはなく、ただただ純粋に驚いただけっぽいのだが、これがきっかけで今の良好な関係から険悪な関係になる展開は避けたいので、大丈夫とは思いつつも、口を開けたままのみっちゃんに僕はフォローを入れる。
「こういうのってあまり言い触らすような事じゃないしね。水雲さんも隠す気はなかったと思うよ?」
「あー、そうだよね……うーん、言われてみると真澄から出てるオーラは、すごく"お嬢様"って感じがする。喋り方とか、あとなんかこう……なんて言えば良いの……?その……動き!動きにそういうのが出てる」
仕草か、所作って言いたいのかな?
猛勉強してるとはいえ、まだ難しい言葉は頭に入ってないんだろうな。
喋るにしても語彙力が追い付いてないみたいだ。
ニュアンスで大体わかるけど。
僕が「うんうん」と相槌を打つと、みっちゃんは「そっかー、お嬢様だったんだー」と咀嚼するようにぼそりと呟いた。
正面を向いたまま視線をやや下に落とし、真剣な顔付きをしたのも束の間の事、みっちゃんは勢いよく僕へと振り向いて、微笑みながらも声を高らかにして言い放つ。
「あたし、もっと真澄と仲良くなりたい!!」
突然の決意表明?に今度は僕が驚き、状況を把握できずに目をぱちくりさせたまま固まってしまう。
どうにか反応しなければと思い、困惑しながらも口から出た言葉は「な、なるほど」と、ずいぶん味気ないものだった。
僕から絞り出されたリアクションは曲がりなりにも彼女にとって相槌程度にはなったようで、するりと続きを話してくれる。
「勉強教えてもらって、他にも色々助けてもらって……今のあたしは真澄にもらってばっかり。それはあたしがピンチだからなんだけど……テストが終わったら、ちゃんと真澄にお礼しようと思うんだ!そして、友達になって、真澄の事をいっぱい知りたい!」
僕自身、みっちゃんと水雲さんはもう友達だと思っていたのだが、みっちゃんは助力してもらっている現状が関係性の障害になっていると決め付け、思い込んでるみたいだ。
負い目を感じる必要はないし、端から見ていて水雲さんはみっちゃんを友達として接しているはずなので、伝えてあげるのが彼女に対する優しさなのかもしれない。
だが、僕へ向ける眼差しには立ちはだかる障害を打ち砕こうとする強い意志があった。
その眼差しに水を差すのはただのお節介になりそうだ。
僕は優しい言葉を飲み込んで、みっちゃんを肯定する。
「うん、なろう。水雲さんと友達に」
すると、みっちゃんからは力強い頷きが返ってきた。
思い違いとはいえ、友達になりたいという気持ちが勉強のモチベーションになっているのなら、みっちゃんには悪いがこれ以上あれこれ言わない方が、良い結果へ転ぶ気がした。
ここに来て、自分一人が出来る限界を痛感させられる。
僕の力だけじゃここまで、みっちゃんのモチベーションを上げる事は出来なかっただろう。
言わずもがな水雲さんの存在が非常に大きい。
協力すると名乗り出てくれたのも、勉強会を提案してくれたのも全て水雲さんだ。
結果、あれよあれよと話は進んで僕の部屋で勉強会が行われた。
自室を提供したのは母さんからの無慈悲な脅迫のせいだけど、あれがなければ……。
と……あの日、生徒会室であった勉強会が決まるまでのやり取りを回顧していると、水雲さんの表情が著しく変化した瞬間を記憶の中から見つけ出してしまった。
ファミレス。
勉強会をどこでするのが適しているか?という水雲さんの問いに雅近がファミレスと答えた時、水雲さんはいつも見せる笑顔とは違った笑顔──言うなれば、子供が大好物を目の前にしたような笑顔をしていた。
あの時だけは目的も忘れて、頭の中をファミレス一色に染め上げてたに違いない。
ファミレス……ファミレスか、意外と良いかも!
答えが出ずに頭の片隅へと追いやっていた悩みの種に、気持ちいいくらいの光が差す。
水雲さんのお礼はファミレスに連れていく、なんてのはアリじゃないか?
庶民的ではあるけども、水雲さん自身ファミレスに憧れがあるようだったし、物じゃなく特定の場所へ連れていくのがプレゼントというのは、水雲さんも嫌な気はしないはず。
あれだけ悩んでいた水雲さんへのお礼が、まさかこんな場面でひょっこり名案が見つかるとは。
出来ればこういう閃きは考えてる最中に颯爽と来て欲しいものだけど。
いや、閃きがやって来ただけでも喜ぶべきかな。




