4月 バスケ部主将と
職員室を出た僕と智絋は、生徒会室に向かっている。
僕には生徒会室に行く理由があるが、智絋の目的地が僕と同じ理由は、なんとなーく、だそうだ。
どうやら智絋も、勧誘が終わって暇になったらしい。
職員室で僕と出会わなければ、そのまま帰るつもりだったんだろう。
まぁ僕もする事がないし、人の事は言えない。
暇人同士、職員棟の廊下を歩いている。
「はぁ~。そこの角で超可愛い女の子とぶつかって、運命の出・会・いになったりしねぇかな~」
「ないよ」
智絋の言葉をぶった切る。
「わかんねぇだろ~?人生何があるか。もしかしたら明日の朝、俺の隣でナイスバディな女の子が、添い寝してくれてるかもしんねぇじゃん!」
どこに可能性を感じてるんだ…夢を見すぎてるよ、智絋。
「もっと現実を見て?そういうのはフィクションだから」
「リアリストめ。ちょっとは偶然的産物を信じろよな?運命とか奇跡とか」
「運命なんてあるもんか。結果が複数集まっただけで、神様がどうこうしてる訳じゃないんだから」
「じゃあ奇跡は?」
「積み重ねの集大成だろ。やってきた全てが結実した瞬間だよ。じゃなきゃ、競争なんて全部ギャンブルになる」
「へいへい。中間テストと期末テストで、学年1位を取った生徒会長様の言葉には、重みがありますわー。ありがたや、ありがたや」
ふて腐れながら、軽い嫌みを放り込んでくる。
てか、全然気持ち入って無いじゃん。
ありがたい言葉でもなかったし。
そっちの言葉が軽い軽い。
「テストで学年1位を取ったのは去年の話だろ?もう終わった事じゃないか」
「いいや、違うね!去年じゃないね!期末テストが一年の時で、中間テストが二年の時だったね!」
「お前、気持ち悪いよ…」
僕が覚えてない事を、どうして智絋が覚えてるんだよ。
僕が好きなのか?女好きはどこへ行った?
何度も言うが、荒家 智絋は天性の女好きである。
出会って早々イレギュラーだったが、智絋の女好きは下級生だけでなく先生陣にまで知られているし、僕達が二年生の時は上級生にまで知られていた。
そんな、女の子ばっかり追いかけ回してる智絋も、バスケットコートの上ではボールを追いかけ回している。
しかも主将というのだから、これ以上ないギャップだろう。
出来るならコートから出ないでもらいたい。
一歩でも外に出たら、あいつの良いところ全部無くなるからなぁ。
逆を言うと、コートの中だとカッコいい。
場所がかなり限定されている。
バスケに対する誠実さを、コートの外に持ち出してほしい、残念系男子だ。
顔はかなり良いと思うんだけど。
職員棟から外に出て、高等部棟に向かいながら、少し気になった事を智絋に質問してみた。
「ところでさ、智絋は何で部のみんなと一緒に帰らなかったの?勧誘も終わって暇なんだったら、一緒に帰ってご飯とか行けば良かったのに」
「いやぁ、データを纏めるのに時間がかかってさ」
「次の対戦相手の?」
「いや、新入生の女の子の」
「すぐ捨てろ、そのデータ」
危うく感心しかけたじゃないか。
勧誘してたんじゃないのかよ。
「頼斗、このデータを捨てるという事は、この後の学校生活において、大きな損失になるぞ?」
「ならないよ。損失があるとしたら、智絋を止めれなかった僕の沽券の方だよ」
「あぁ、股間にも損失が出る」
「聞き間違いじゃないよね!?それとも言い間違いか!?答えるんだ!!」
「まぁまぁ、落ち着けって。俺が取ったデータの内容を見れば、頼斗も納得するはずだ」
「僕の話聞いてた?質問をスルーするなよ」
沽券なんて言葉、使うんじゃなかった。
僕が下ネタに誘導したみたいになったじゃないか。
「ほらよっ」
智絋が一枚のメモを渡してきた。
メモには数字とアルファベットが、規則的に並んで書かれてある。
「智絋、一応聞くんだけど」
「ん、何だ?」
「一番上の行にさ、BWHの3つアルファベットが書かれてるんだけども…これは?」
聞かなくても判る。
でも、これは事情聴取だ。
原告には説明をしてもらわなければならない。
「Bは…」
「Bは?」
聞き返す僕。
「Bは美貌だ」
「ふーん」
誤魔化すか。
にしては悪くない答えだ。
美貌の3つ下に書かれてる数字の89の人なんて、さぞお綺麗な女子なんだろうな。
…数字はどうでもいいか。
僕は別に気にしてないし…。
そうやってこの場を上手く誤魔化すつもりだろうが、さぁ次はどうだろう?
「じゃあWは?」
「Wは…Wは…わ、矮躯だ」
「へー」
頑張って絞り出したのは伝わった。
でも、矮躯の真下の61って数字は、どういう身長なんだよ。
指数100だと何センチなんだよ。
センチじゃないとしたら、単位は何を使ってるんだ?インチか?
まぁ突付きたい所は山ほどあるが、答えられた事は褒めるべきだろう。
続きを聞こうじゃないか。
智絋は何の言葉で締めてくれるんだい?
「じゃあHは?」
「エッチが上手そう!」
「はい有罪っ!!」
僕の手元にあったメモは、細かく千切って空に投げ捨てた。
千切られた紙は風に乗って、青い空に消え去った。
解ってるよ?勢い余ってポイ捨てした事は。
でも、今回だけはどうか許してほしい。
それもこれも、新入生の女子を守る為の行為なんだ。
名前が書かれてなかったとはいえ、智絋の推定で叩き出されたスリーサイズが、男子生徒に回る事のないようにする為には…。
いや、冷静に考えたらシュレッダーに通せば一番安全だったし、ポイ捨てにもならなかった。
不覚だが、時すでに遅し。
智絋は明るいバカでもある。
成績は申し分ないのだが、使い方というか方向性が果てしなくバカだ。
人を見る目はあるし、計算と運動は大得意。
メモに書かれていた数字は、智絋の推測が入っているが、ドンピシャではないにしても大方は合っている事だろう。
出鱈目じゃないからこそ、厄介な部分だ。
因みに、智絋の成績は学年でトップ30には入っている。
智絋は僕の事を「学年1位を取った生徒会様」と言っていたが、僕の成績にはムラがある。
確かに1位を取った事はあっても、気を抜いたら50位近くまで落ちる僕に対し、智絋は常にトップ30をキープしているのだ。
1位に拘るのは解らなくもないが僕自身、智絋の方が凄いと思うんだけどな。
にしても…89か…。
僕にメモを千切られた智絋は落ち込む、かと思いきや、口をポカーンと開けただけで、それほどショックは受けてない様子だった。
「あーあ、俺が頑張って纏めたっていうのに、こうもビリビリに引き裂いちまうとは」
「こんな風紀の乱れる物を作る方が悪い」
「ま、良いんだけどさ。数字は全部頭の中にあるし、いつでも書き起こせるからな」
こいつの頭から記憶を消し去る方法はないものか…。
当分は見張ってないといけないかもしれない。
「それじゃあ今度は、俺が頼斗に聞こうか。質問返しだ」
智絋はニヤリとした。
「頼斗こそ、何で生徒会の奴らと帰んなかったんだ?」
「あー、それね。他のみんなは体育館で、何人かの先生と一緒に後片付けしてるよ」
「なんだ、ぼっちか」
「ぼっち言うな」
1人で居るとぼっちというのは、短絡的じゃないか?
「頼斗も手伝えば良かったじゃねぇか」
「あぁ、僕も手伝うとは言ったんだよ。でも鵜久森ちゃんがね「「私達は入学式に出席しただけで、何もしていません。片付けは私達でやりますので、会長はどこかで昼寝でもして、明後日の朝まで目を覚まさないでください」」って言われて」
「最早、仮死状態だな」
明日は日曜日で学校は休み。
つまりは月曜の朝まで起きるな、と鵜久森ちゃんに言われた。
月曜の朝には目を覚ませというのは、遅刻はしない様にという配慮だろうか?
配慮があるのだったら、ちゃんとした朝を迎えさせてほしい。
「頼斗は何もする事がねーんだろ?じゃあ、あの可愛い可愛い音寧ちゃんが戻ってくるまで生徒会室で待って、そのまま一緒に帰れば良いじゃないか」
「ん?何で鵜久森ちゃんを名指しなんだよ」
他にもメンバーは居るよ?
「何でって、それは…」
「それは?」
僕は智絋に聞き返す。
「ほほぅ…これはこれは…」
独り言みたく声が小さかったから、僕にはハッキリ聞こえなかった。
智絋の表情は、何かを考えてる感じか。
「何て言ったんだよ」
「別に」
「別に、なもんか。何か言ったのは判ってるんだよ」
「おっ、もう生徒会室は目の前だぜ?」
「いやいや、はぐらかすなよ」
確かに生徒会室はすぐそこだけど。
「そんじゃあ俺は帰るとするか。良い暇潰しだったぜ。また月曜な、頼斗」
「ちょっ、まだ話は終わってな…」
「じゃあなー」
智絋は廊下を走りながら、僕に手を振って去っていく。
全力疾走はしていないから、今すぐ追い掛ければ追い付くだろうが、そこまでする気はない。
廊下を走ってはいけないという校則があるから、とかではなく、する気がない。
歯痒さは残るけど、あの感じだと追いかけて聞いても、飄々とした態度で曖昧にされそうだ。
時間と体力の無駄になる。
目的地だった生徒会室に着いた。
扉に鍵が掛かっていたら、用務員さんにお願いしなきゃならない。
となると、また職員棟にいく羽目になる。
暇と言えど、行ったり来たりするのは嫌だ。
それだけは勘弁してもらいたい。
僕は扉に手を掛ける。
指先だけで、ほんのちょっとスライドしようと力を入れる。
すると、ガラっと音を立てて扉が3センチほど開いた。
鍵は掛かっていなかった。
「開いてる」
ポツリと言葉をこぼしてしまった僕。
生徒会メンバーの誰かが、鍵を開けたんだろうか?
でも、後片付けをやってる筈だし。
まぁ、良いか。
中に誰か居るかも知れないし、居なかったらメンバーの誰かに聞けば良い。
判んなくても、考えるのはそこからでも遅くないだろう。
僕は扉をスライドさせ、生徒会室に入った。