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6月 静かなる夕暮れ

金曜日の放課後。

生徒会が終わって、すっかり日が暮れた職員棟の校舎の中。


トラブルもなく平穏無事に一日を乗り切った僕は、職員室に生徒会室の鍵を返しに来ていた。

鵜久森(うぐもり)ちゃん達は先に帰らせ、今は僕1人。

生徒会室を出る時、鵜久森ちゃんは付いてくると言ったけど、2人で行く必要がなかったので5分10分とはいえ足を運ばせるのが申し訳なかったからだ。


来週にはテスト期間が控えている。

当たり前だがテスト期間に入るのは三年生だけじゃない、全学年だ。

なのに、意味もなく鵜久森ちゃんの時間を奪ってしまうのは僕としては心苦しい。


ただでさえ2日前に、みっちゃんに勉強を教える(というか叩き込む)お手伝いをしてもらった訳だし、意味もなく鵜久森ちゃんの帰りを遅くするのは先輩として、生徒会長として取るべき行動じゃないと思う。


……とまぁ、スポットを鵜久森ちゃんに当てずとも他の雅近(まさちか)水雲(みずも)さん、智紘(ともひろ)……は特に何もしてなかったな、あいつは抜きだ。

仕切り直すとして……鵜久森ちゃんに限らず、生徒会メンバーには私用で手を煩わせてしまった。

その上、水雲さんは(実際には智紘もだが)みっちゃんが困った時のサポートも買って出てくれた。

元はと言えば僕個人へ舞い込んで来た用件なのに、いつしか半分近くを水雲さんが負担してくれている。


水雲さんには感謝の気持ちでいっぱいだ。

何かお礼をしたい所だけど水雲さんが喜びそうな物か……うーん、思い付かないな……。

あーでもない、こーでもないと思案している内に目的地である職員室に着いた。

長居する用もないので生徒会室の鍵と挨拶だけを返し、職員室を退室。

職員棟を出る道中もまだ、水雲さんのお礼をどうするかを考えていた。


でも、考えれば考えるほど難しいな。

相手は僕と違ってお金持ち、大手食品メーカーのご令嬢という生粋(きっすい)のお嬢様。

住む世界が違えば価値観も違う。

女の子だからと甘いものをプレゼント……なんてのは安直な気がするなぁ。


お礼やプレゼントをする時に、よく「こういうのは気持ちだよ」と言ったりするけど、相手にとって本当にいらない物だったらどうするんだ?と、プレゼントをするのが苦手な僕は声を大にして言いたい。

お礼をしたい気持ちがあっても「実際、何をあげたら良いんだ?」ってなる人、案外いると思うんだけど。


あげるならもちろん喜んでほしいし、困らせたくはない。

だから問題なんだよなぁ……何をあげるか。

庶民的な物で水雲さんが喜ぶなんて、あるか……?


答えの無い問いに頭を悩ませながらも職員棟を出て歩くこと数分、まばゆい夕陽をバックに校門へ差し掛かろうとしたその時だった。


「よっちゃーーーん」


燃えるような茜空に聞き馴染みのある声が響き渡る。

馴染みがあるのは声だけじゃない。

この呼び方をするのは過去、現在を含めてもただ1人。

立ち止まり後ろへ振り向くと、夕陽を背負(しょ)って駆け足で来る女の子がいた。


うっすらと夕陽の影になっていても、その光に負けないくらいの笑顔で僕との距離を物理的に縮めてくる。

声をそんなに張らなくても聞こえそうな距離になった所で、僕は彼女の名前を呼ぶ。


「みっちゃん」


駆け足でやって来たみっちゃんは僕の少し手前から徐々にスピードを落とし、じきに立ち止まった。

先程までふわふわと踊っていたセミロングの茶髪が落ち着きを取り戻すと、みっちゃんは「ふぅ……」とゆっくり息を整えて、にこやかな表情を僕に向けて口を開く。


「よかった……本当によっちゃんで。ちがう人だったら、恥ずかしくなるところだったよ」


安堵の表情を浮かべた後、嬉しそうに微笑むみっちゃん。

釣られたように「あははは」と笑って見せたが、内心では無鉄砲すぎるみっちゃんにどこまでツッコむべきか、はたまたスルーしようかと迷っていたので、これは釣られたのではなく間を埋める為の愛想笑いだ。

愚直に心を晒せば今のみっちゃんの笑顔に影を落としていたんじゃないかと、簡単に想像ができる。

昔の僕には出来なかった芸当だ。


茜空の下、2つの笑いが交わったが結局何のアクションも起こせなかった僕に、話を進めるように──そして物理的に歩を進めようとご機嫌な表情でみっちゃんは促した。


「よっちゃんも帰るところだよね?駅まで一緒に帰ろ?」


断る理由もない僕は「うん」と一言口にして、2人揃って歩きだす。

第三者からすればこんなのは日常的な出来事だろうが、僕にしてみれば特別な事であり、ふと小学生時代の記憶が蘇る。


あの時とは場所も歩幅も体の大きさも違うけれど、幼き頃の情景と交差して何処となく懐かしさを感じていた。

赤く染まるコンクリートの上を、小綺麗な靴がバラバラに小さな音を鳴らす。


変わった様で変わっていない、だけども何かが少し変化している僕達。

戻れないあの時みたく、横に並んで校門を通り抜けた。


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