4月 入学式の後
鵜久森ちゃんと僕は職員室に行き、鵜久森ちゃんは生徒会室の鍵を持って生徒会室へ。
僕は学年主任と最終確認という名の打ち合わせ。
その後、生徒会室に行ってみると誰も居なかった。
みんなの机の上には鞄だけが置いてあったので、僕も自分の机に鞄を置きに行く。
僕の机の上には、書き置きと生徒会室の鍵があった。
書き置きに目を通してみると、生徒会メンバーはどうやら、先に体育館に行ってるらしい。
鞄を置いた僕は生徒会室の鍵を閉めて、一度職員室に鍵を戻してから体育館へ。
館内で鵜久森ちゃんと、生徒会の副会長、会計、と合流。
時間通り入学式は始まる。
開式の言葉から始まって、新入生の入場、国歌斉唱、来賓関係者の祝辞と、他にも数多くの言葉が、新入生で密集した体育館の宙を飛んだ。
その言葉の中には僕の、在校生からの祝辞も含まれている。
お堅い言葉を生徒会長として、壇上から右も左も分からない新入生達に投げかける。
もちろん、学年主任に提出した祝辞を一言一句、間違えずに読む。
言葉を変える事もなく、手元にある原文をそのまま。
そして、段取りを踏み外しもせず、何事もなく入学式は終わった。
サプライズありの入学式なんて、前年だけで十分だろう。
入学式を終えた僕は、正直どうしようか迷っていた。
何故なら今日は授業がない。
学校に来ているのは教師と新入生を除くと、生徒会メンバーと、各部活の主将と数名の三年生部員。
部員達は入学式で何をしていたかというと、入学式に参加していた訳ではなく、学園の高等部棟の入口付近で、新入部員の勧誘をしていた。
部活動にとって、新入部員が入るかどうかは死活問題だ。
行ってはないが、高等部棟の近くは賑やかになってただろうな。
二年生はほぼ登校していない。
生徒会以外で二年生が登校してるとすれば、三年生の少ない部活で、三年生の代わりに駆り出されてるくらいだと思う。
ここに挙げられなかった在校生は、全員休み。
昨年も僕は生徒会に居た事もあって、入学式に出席したけれど、その時の僕なら休みを羨ましく思っていた気がする。
でも三年生になった今、生徒会長だろうとなかろうと、この先受験がある事を考えたら、登校してる方が気分転換になっていそうだ。
休みで家に居たら、勉強するべきか…とか、進路の事が頭を過ったかもしれない。
いや、それほど進路で焦るタイミングでもないから、家で普通にダラダラしてたかも。
午前中で自由になった僕だが、このまま家に帰ろうか、それとも学校に残ろうかと悩んだ末、家でする事も特に無いので、もう少し学校に留まる事にした。
午前中で帰るのも新鮮で悪くはないけど、こんな時間に授業に縛られず行動するのも悪くない。
とは言っても、新入生はホームルームをしているから、無闇に一年生の教室廊下には行けないが、そこまでの自由は僕に許されてない。
そもそも許されてても行く気はない。(見ず知らずの一年生達に、笑顔を振り撒いて教室を歩く勇気は僕にないから)
学校に残ると決めたのは良いが、校内をうろちょろする気はないので、取り敢えず鞄を置いている生徒会室に行くことにした。
僕はまず、生徒会室の鍵を取りに行く為に、鍵を管理している職員室に向かう。
入学式直後というのもあって、職員室に行ってもドタバタしてて、はいどうぞと、すぐに鍵を借りられるか不安があるけど、ダメならその時にどうするか考えよう。
そうなると僕だけじゃなく、鵜久森ちゃん達も当分帰れなくなるけど。
みんな、机の上に鞄置いてあるからなぁ。
でも部活動の勧誘をする部員は、用意とか何やらで部室の鍵を借りているはず。
今から行っても、意外とあっさり鍵を貸してくれるのでは?
とは思ったけど、勧誘は終わってるし、借りるよりも返す人しかいないか。
まぁ、こればっかりは行ってみない事には分からない。
高等部棟から職員棟まで歩いてきたが、やっぱりいつも授業を受けている時間に、正々堂々と自分の思う様に校内を移動するのは変な気分になる。
教室移動とは違う、ほんの少し悪い事をしているような、謎の気持ちが。
職員室に着き、扉をガラガラとスライドさせ「失礼します」と声を出す。
職員室の雰囲気はドタバタしてる感じもなく、1つの学校行事が終わったからか安堵感に包まれていた。
そんなムードの中から僕に気付いた学年主任が近付いてくる。
何を言われるんだろうとドキドキする。
「姫島、お疲れ。祝辞よかったぞ」
笑みを溢しながら褒めてくれた。
「あぁ、ありがとうございます」
褒められると思ってなかった僕は、少し言葉に詰まりながらもお礼を言う。
怒ってるとか恐いイメージが強いから、笑顔で来られるだけで戸惑うな。
でも怒られなかったのは良い事だ。
去年みたいにならなくて良かった。
さて、本題に入ろうか。
僕は学年主任に聞く。
「あの、生徒会室の鍵を借りたいんですけど、良いですか?」
「良いぞ、勝手に取って」
「はーい」
何だ簡単に借りれるじゃん。
借りれないかも…とか心配してたけど、損したな。
僕は鍵を管理している場所に向かった。
何をするかは部屋で考えるとして、これで…あれ?
「あのぉ、すいません」
近くに座っている教師に声を掛ける。
「ん、何?」
「生徒会室の鍵が無いんですけど…」
「生徒会の誰かが持ってるじゃないの?」
「いや、入学式に出る前に自分が返しに来たんですよね」
「おかしいわね、先生達が職員室に戻ってきてから、生徒会の子は誰も見てないと思うんだけど…」
不思議そうな顔をする教師。
え、どういう事?
入学式に生徒会メンバーは全員出てたし、僕が体育館に行った時には僕以外、ちゃんと揃ってた。
じゃあ、先生達が来る前に生徒会の誰かが鍵を取ったのか…いや、それはあり得ないな。
だって、僕以外の生徒会メンバーは…。
誰かが間違えて、生徒会室の鍵を持って行ったか?
うーん、だとしたらかなり困る。
用務員さんを呼んで、鍵を開けてもらうしかなくなる。
「そうですか…。取り敢えず一度、生徒会室に行ってみます。生徒会の誰かが、もう持って行ったのかもしれませんし」
「そうね。もしかしたら誰かが鍵を取りに来たのに、私が気付かなかったのかもしれないわ」
僕は職員室を後にしようとした。
すると、職員室の入口から「失礼しまーっす」と、聞き馴染みのある声が飛んできた。
そして目が合う。
「おー、頼斗じゃん。奇遇だなぁ!」
「静かにしろよ、ここ職員室だぞ?」
僕はそいつに向かって言う。
学校内だし、別に奇遇って程でもないだろ。
その声の主は、僕をぼっちから救った…可能性があり、何だかんだ助けてくれた…可能性もある男。
明るく前向きで、面倒事だけは連れてくるのが上手い、高校一年からずっとクラスが同じであるバスケ部主将。
桜ヶ丘宝泉学園では女好きで有名な、荒家 智絋だった。




