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4月 口の悪い後輩

「おはようございます、姫島会長」


今日も良い笑顔だなぁ、鵜久森ちゃんは。


鵜久森(うぐもり) 音寧(おとね)、16歳。

生徒会の書記を務めてくれている。


僕の中のイメージだと、書記を務めてる人は物静かというか、落ち着いている雰囲気があるんだけど、この子は僕の描いていた書記という人物像を、ダイナマイトで一瞬にして散り散りにした子だ。


凄い色々言ってくる。


小動物みたいに可愛い顔して。


意見を言う事はとっても大事だし、それはこの僕も解っている。

でもこの子は…。



「どんな時に会ってもパッとしないですね、姫島会長は。いつになったら"THE()生徒会長"みたいなオーラを出してくれるんです?」


平気でこんな事を言ってくる。

しかも、これがまた良い笑顔で。


「どんなに冴えなくても、僕が生徒会長なのは変わらない事実なんでね。あと鵜久森ちゃんは、もう少し先輩()つ生徒会長である僕の事を敬ってくれない?」


「でもパッとしないからなぁ。雑草を敬うとか難しくないですか?」


「え、僕って雑草と同じレベルなのっ?」


せめて人間であってよ。


光合成しか出来ない生徒会長って、ポジションとして成立しないでしょ。


「仮に僕が雑草だったとして、鵜久森ちゃんや他の生徒会役員達は、雑草に従ってるって事になるけど、鵜久森ちゃんはそれで良いの?」


「うわっ、それは嫌ですね。前言撤回します。姫島会長はシロツメクサですね」


「植物であることには変わりはないんだね」


シロツメクサの別名はクローバーだけど…。

せめて人間であってほしい。


「会長が四つ葉だとしたら、私達は幸せに従ってることになりますからね。うん!私達の面目(めんぼく)もこれで保たれます」


「四つ葉のクローバー確定。やったね!」


僕はもう喜ぶ事にした。


雑草と大して変わらない気がするが、まぁ縁起が良いものだったし、受け入れる事にしよう。

たまには先輩の懐の広さを見せてあげなければ。



ご覧の通り、鵜久森ちゃんはビックリするほど口が悪い。

目上の人にはちゃんと挨拶するし、礼儀正しい子ではある(何故か一部の人には例外みたいで、僕もその例外っぽい)んだけど、初対面で彼女にあったら、たぶん1度目は「空耳かな?」と勘違いすると思う。


2度目で確信に変わるんだけど。


それでも仲の良い友達は居るようだ。

友達の前では猫を被ってるという訳でもないのに、意外と上手くやっているとか。


あと、男子からの人気も絶大。


告白される事もあるみたいだけど、そんな男子には罵詈雑言(ばりぞうごん)がお返しされるとの噂。


ごく一部の男子は、それを言われたいが為に彼女に近付くというのを聞いた事がある。


鵜久森ちゃんも「そんな男子は消し炭になればいいんですよ」と言うくらいだから迷惑はしてるみたいだけど、逆にその発言が火に油を注いでいる感じはする。


とは言え、口が悪いとやっぱり角は立つ。

当然、彼女を嫌う生徒もいる訳で…。


僕から見て、人間関係が上手くいってるとは到底言えない。

黙っていれば顔も良いし小柄だし、守ってあげたくなるから、今以上に人から好かれる気はする。


黙っていれば。


少なからず、口の悪さがちょっとでもマイルドになると、彼女に対する周りの認識も、変わってくると思うんだけど…。


彼女が受け入れられる日がやって来るんだろうか。



追突事故(故意)を経た僕達は学校へ向かいながら話す。


「姫島会長はもう三年生ですかぁ…早いものですねぇ」


感慨深げに言う鵜久森ちゃん。

たぶん、それは僕のセリフだ。


鵜久森ちゃんが使うのは、まだ早い。


「そういう鵜久森ちゃんも二年生でしょ?」


「そうですけど実感がないんですよねー、まだ。一年生だよって言われても納得出来るくらいに」


「僕もそうだよ。ずっと二年生のままなんじゃないかって気持ちがあるしね」


「じゃあ留年決定ですね、御愁傷様(ごしゅうしょうさま)です。だったら挨拶からやり直さないと」


(ひらめ)いた、みたいな感じで手を打つ鵜久森ちゃん。

そして、おほん…と咳払い。


「おっはー、姫島。今日もどうしようもない顔してるね。お母さんにでもぶん殴られた?」


笑顔で言うことじゃないよ、鵜久森ちゃん。


もはや、それはドメスティックバイオレンスだからね?事件の(たぐ)いだよ。


「鵜久森ちゃん。やり直した挨拶の結果についてなんだけどさ、ついさっき鵜久森ちゃんも、二年生の実感がないって言ってた事を踏まえると僕と同じで、鵜久森ちゃん自身、設定が一年生のはずなのに何でタメ口なの?留年したとしても、僕が二年生で先輩なのは変わらないんだけど」


「私は一年生って言われたら納得出来るだけで、事実としては二年生ですから」


「いや、もうそれ屁理屈(へりくつ)だよ。そんな事言ったら僕もそういう気持ちがあるだけで、事実としては三年生だよ」


何?この、一周回っただけで話が全然進まない会話。

脳トレなの?


「会長、正論ばっかり言う人は嫌われますよ?」


「正論を全然言わなくても、嫌われる人を僕は知っているけどね!」


目の前にいる君や、あいつとか。


それより僕って嫌われてるの?嫌われてないと信じたい。

振りとかじゃなく真剣に。



輝かしい門出を祝う入学式の日に、何て会話しながら登校してんだと思われ兼ねないけど、僕達はいつもと変わらず通常運転だった。


これで普通なんだよな、これで。


この後も鵜久森ちゃんの口撃(こうげき)は緩まなかった。


でも半年程の付き合いだ。

慣れてはくる。


飛んでくる言葉が凄い時はあるけど、ちゃんと受け止めてあげれば、言葉のキャッチボールは出来る子なんだ。


いや、たまに体を(えぐ)る程の球が飛んできたりはするんだけどさ。

言葉を投げるというより、笑顔という名のフルスイングで球を打ってくるような…。



止まない雨はないように、止まない口撃も勿論ない。


僕の目の前には、校門へ吸い込まれる何人もの学生と、スーツ姿の大人が見える。

校門前には紅白の花で飾られた、入学式と大きく書かれた看板が立ってある。


私立桜ヶ丘(さくらがおか)宝泉(ほうせん)学園に到着した。


「私も去年は一年生として入学式に出席してたんですよねー。まぁ中等部から繰り上げなんで、入学式って感じはそこまでしなかったですけど」


「そんなものなの?」


「はい、周りを見ても同じクラスだった人とか、ちらほら居ましたしね。何かいつもの始業式みたいな感じでした」


「僕は高等部からだから、緊張したのは覚えてるなぁ。というか、緊張した事しか覚えてない」


「ぼっちの姫島会長は、そういうお姿がお似合いですよねー」


「勝手にぼっちにしないでくれ」


ニヤニヤしながら言うなよな。

ちょっとムカつく。


確かに、ぼっちになるかもって心配はしてたけど。



校内に入ってしばらくした僕は、職員棟の方へ歩いて行く。

入学式に生徒会も参加するので、その段取りと打ち合わせをする為に。


「今日、入学式でやる在校生の言葉ってやつ、会長は何を言うか決まってるんですか?」


「決まってる。一週間前に学年主任の先生に、こういうスピーチしますってのを書面で提出した。OKも貰ってる」


「結構キッチリしてるんですねぇ。そういや…、去年の入学式でも在校生の言葉ってありましたが、アレもOK出てたんですか…?」


眉をひそめながら聞いてくる鵜久森ちゃん。


「いやぁ…、アレはアドリブというか…会長が勝手に言ったんだよね。スピーチの原文、会長が自分で用意してたのに、丸っきり無視。後で学年主任の先生にこっぴどく怒られてたけど」


それでも学年主任の言葉は、会長の心に全然響いてなかったと思う。


当時の生徒会副会長によると、前生徒会長は小指で耳の穴をほじりながら説教を聞いていたらしい。

メンタルがダイアモンド級の硬さだ。


「ふふっ、そうなんですね…」


笑みをこぼす鵜久森ちゃん。

その表情は微笑んではいるけど、何だか想いを噛み締めているみたいだ。


前会長らしいな、とでも思ったのだろうか?


「でも、姫島会長はアドリブとか、そういうのしないでくださいね!(がら)じゃないですしー」


さっきまでの表情はどこに行ったんだか、明るく言う鵜久森ちゃん。


「しないよ。学年主任に怒られたくもない」


怒るとバカみたいに怖いんだぞ。


「それはそれは安心しました。では…会長」


一瞬、溜める鵜久森ちゃん。


「スピーチ、頑張ってくださいね」


その笑顔はとても優しく、天使を思わせる雰囲気で…森の中に射すような柔らかい太陽の光が、彼女を照らしている…はずなのに。

暖かな光を彼女自身が放っている…本当に、そうだと錯覚さえする程に。



そんな生徒会書記というポジションに立つ彼女は、口が悪いという事実があったとしても、笑顔を見れば嫌でも解ってしまう。

僕だけじゃなく、男子であろうと女子であろうと、嫌でも解ってしまう。


この後輩ちゃんの笑顔の前に、(かな)うものなんて何ひとつないと。

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