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5月 お願い

「おっはよー、音寧(おとね)ちゃーん」


少し離れた場所から、歩きながら声を掛ける智紘(ともひろ)

鵜久森(うぐもり)ちゃんは智紘の声に気付き、僕らの方へ振り向いた。

僕と智紘はそのまま鵜久森ちゃんとの距離を縮め、お互い言葉を交わすのに適切な距離になる。


「おはようございます、荒家(あらや)先輩、姫島(ひめじま)会長」


僕らを迎える形で挨拶をしてくれる鵜久森ちゃん。

僕もすぐに「おはよう、鵜久森ちゃん」と返す。


挨拶も終わり、僕は鵜久森ちゃんに気になった事を聞こうとしたのだが、僕よりも先に智紘の口が開いた。


「こんな所で何してるのー?二年生の教室は、もうちょっとあっちじゃない?」


顔をヘラヘラさせながら言う智紘の言葉に、鵜久森ちゃんは目線をゆっくりと下に向ける。


「実は…」


「分かったぞっ!音寧ちゃんは俺が来るのを待ってたんだな!」


「待ってませんし、今後待つ予定もありません」


鵜久森ちゃん、無愛想な顔をしながら智紘を見て一刀両断。


「あのね、こういう時はね、嘘でも『機会があったらしますねー』とかを笑顔で言うもんだよ?音寧ちゃん」


「荒家先輩の場合、そんなこと言ったら真に受けそうなんで絶対に嫌ですね」


智紘ならあり得そうだなと思う僕。


「だったら普通にお願いするから、今度俺を教室前で待っててよ」


恥ずかし気もなく言う智紘。

お願いして待っててもらって、智紘は嬉しいんだろうか?


「乱雑にお断りします」


「せめて丁重にしてっ!」


智紘がツッコむ。

いや、乱雑どころか丁重だったよ?


「じゃあ俺がもし、一生のお願いを使ったら、教室前で待っててくれる?」


小学生が言いがちなことを言ってる…。


てか、そんな事に使うの?一生のお願い。

もう少し良い使い方があるだろ。


「嫌ですね。荒家先輩を教室前で待つくらいなら、外で色んな物を運ぶ蟻の行進を眺めてる方が、十倍くらい有意義です」


辛辣(しんらつ)だ…。


塩対応なんてもんじゃないよ。

ハバネロ対応と言っても良いかもしれない…。


「なぁ頼斗(よりと)…これは悲しめばいいのか…?それとも蟻の行進を眺めるという、ニッチな趣味に女子高生が目覚める可能性があるという事に喜べばいいんだろうか…?」


「どっちでも良い」


本当にどっちでも良い。


あそこまで言われて、別の事で悩める精神の持ってる智紘は、ある意味凄いなと思う。


「じゃあ音寧ちゃんは何でここに居るの?」


俺を待つ以外の用が思い付かない、みたいな口振りをする智紘。

たぶんそんなつもりでは言ってないと思うけど。


「それを言おうとしたのに、荒家先輩が(さえぎ)ったんですけど」


「ごめんなさーい」


反省の色がない…。


「まぁ正直言えば、待ってたのはあながち間違いじゃないんですよね…。私が待ってたのは荒家先輩じゃなくて、姫島会長の方なんで」


「僕?」


「はい」


「おっと、もしかしたら俺はお邪魔かなー?」


「あっ、どっちでも良いです」


「今のは凄く傷付いた…」


どうでも良い存在みたいな扱いされたのと同じだしなぁ…。


「それで、何で僕を待ってたの?」


「実は、姫島会長にお願いがありまして…」


「お願い…?」


動揺なのか緊張なのかは分からないが、鵜久森ちゃんは落ち着かない様子を見せる。


目線を降ろして、小さく息を吸う鵜久森ちゃん。

息を吐き、一拍置いてから切り出した。


「あの、来週の空いてる日で良いので…」


気にならない程の間の後、鵜久森ちゃんは僕を見つめる。


「私の家に来てくれませんか?」






月下美人(げっかびじん)


昼休みで、場所は生徒会室。


いきなりの事で驚いた僕だったが、詳しい話は昼休みに生徒会室でと鵜久森ちゃんに言われ、一旦別れて教室に入った。


昼休みになり、昼食を軽く済ませた僕は、生徒会室で鵜久森ちゃんの話を聞いている。


「って何だっけ?聞いたことはあるんだけど」


「月下美人はサボテン科の植物です」


「サボテンの名前だったんだね。それで、その月下美人がどうかしたの?」


「実は私の家では十年ほど前から、趣味で月下美人を育ててるんですが、会長にはその月下美人の件で手伝ってほしい事があるんです」


「それって植物を全然知らない、素人の僕でも出来る事なの?」


「はい、大丈夫です。簡単に言えば力仕事なので。引き受けて…くれますか?」


「うん、僕で良いなら」


力に自信がある訳じゃないが、頼み事をほとんどしない鵜久森ちゃんからの頼みだ。

何か事情があるんだろうと思い、僕は快諾した。


「ありがとうございます」


鵜久森ちゃんは安堵と共に笑みをこぼす。


「いつもならお婆ちゃんと二人でやってた事なんですが、つい先日お婆ちゃんが足を(くじ)いちゃって。お願いした作業は、お婆ちゃんの怪我が良くなってから、私とお婆ちゃんでやっても問題無いんですけど、病み上がりに無理をさせるのはいけないなと思って…助かります」


「いいよ、気にしないで」


鵜久森ちゃんの言葉の節々から、お婆ちゃん思いなのが十分伝わってきた。

お願いされた身の僕としては、その思いに答えてあげるべきだろう。


「で、僕はいつ手伝いに行けば良いの?」


「今週末から始まるゴールデンウィーク中に出来るなら、お願いしたいんですが…予定は空いてますか?」


「特にこれといって予定も無いし、いつでも良いよ」


「それじゃあ…来週の5日、こどもの日でどうでしょう?」


「うん、大丈夫」


「では、5日に」




鵜久森ちゃんと約束をした昼下がりの生徒会室、これが先週の出来事になる。


高校生最後である、春の終わりの約束。



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