4月 受けるも返すも心次第
鵜久森ちゃんのプチ失踪は事なきを経て、僕ら2人は生徒会室に戻る。
その間に再度、鵜久森ちゃんの好きな物を聞こうとあの手この手を使ったが、結局はぐらかされて聞けなかった。
でもまぁ、教えないと言いつつも微笑んでいたし、これはこれで良いとしよう。
鵜久森ちゃんには笑顔がよく似合う。
好きな物を聞いていただけなので、特にトラブルもなく生徒会室に着いた。
扉をスライドすると、真正面にある僕の机の上に、またもや海江田先輩が座っていた。
デジャヴかとも思ったが、海江田先輩は窓の方ではなく僕らの方を向いていた。
なので、すぐに目が合った。
海江田先輩は耳に掛けていブルートゥースのイヤホンを外す。
「おぅ、遅かったじゃねーか。心配してたぞ」
「その割には、ノリノリで音楽聴いてるように見えたんですが?」
僕の見間違いじゃないなら。
「それはそれ、これはこれ。細かい事は気にすんな」
調子が良いなぁ、海江田先輩は。
「何はともあれだ。鵜久森は戻ってきたし、その上ご機嫌だし、一件落着だな」
欲に負けた僕にも原因はあるんだろうけど、海江田先輩は誰のせいでこうなったと思っているんだろうか………。
ん…?
冷静になって考えてみると…、何で鵜久森ちゃんは機嫌が悪くなったんだ?
「私が出てった原因を作ったのは海江田先輩なのに、一件落着とはお気楽ですね。頭の中は常夏ですかー?それとも、私達が居ない間に色々忘れちゃいましたか?鳥頭ですかー?」
僕が海江田先輩にハグされたから?
僕が場の雰囲気に流されたから?
でも、鵜久森ちゃんの機嫌が悪くなるのとは無関係じゃない?
「お、口の悪さもいつもの感じだな。あともうちょい口の悪さのキレが増したら"宝泉のジャックナイフ"という異名を送ってやるよ」
「私の話、聞いてますか?話が噛み合ってませんけどー?てか、異名ダサッ!ネーミングセンス、ゼロですね」
それに鵜久森ちゃんは何であのタイミングで、僕に海江田先輩の事をどう思ってるか聞いてきたんだろう…?
ハグを断らなかったから?
「男子なら異名とかに飛び付きそうなもんなんだけどなぁ」
「私は女子です。いりません、異名なんて」
「貰えるもんは、病気以外貰っておけよ。良いじゃねぇか、宝泉のジャックナイフ。どんなツラした奴かと思って蓋を開けてみたら『えっ、何これ。めっちゃ可愛いじゃん…』ってなるから絶対に。ギャップ萌えだよ、ギャップ萌え」
もしかして…、鵜久森ちゃんは僕の事…。
「じゃあ片っ端から燃やしてあげます、その人達」
いや、ないな。
男子なんて消し炭になればいいって言う鵜久森ちゃんだし、僕を好きになるとか、ないない。
日本の四季が春と秋だけになるくらい起こらないよ、そんな事。
「はっはっはっはっ、学校の半分くらいの男子が燃やされそうだな。姫島もそう思うだろ?」
「えっ?何がです?」
色々考えてしまって、全然話を聞いてなかった。
「はぁ?聞いてなかったのか、今の話」
「ちょっと考え事をしてまして…」
「考え事だぁ?私らの話と考え事、どっちが大事なんだよ」
「カップルのケンカでありがちな二択になってるんですけど…」
「そうです!どっちが大事なんですか?姫島会長。答えてください」
鵜久森ちゃんもそっち側なの!?
一気に形勢不利じゃん。
話を聞いてなかった僕が悪いんだけどさ。
まさか修羅場2回戦が始まるなんて事も…。
詰問に近い質問をされて、僕が「えーっと」だの「その…」だの言い淀んでいると、生徒会室の扉がガラガラっとスライドされる。
「あらぁ、みんなお揃い?」
僕の背中の方から聞き馴染みのある声が。
現れたのは体育館で会った水雲さんと、生徒会の会計を務める鴻村 雅近だった。
「副会長。お揃いっつーか、元生徒会長さんもいらっしゃいますよ。全校生徒の度肝を抜くのが大好きな、あの生徒会長さんが」
テンション低めで冷たそうに雅近が言う。
とはいえ、雅近はいつもこんな感じ。
「よせよせ、そんなに褒めるなよ~」
嬉しそうな顔をする海江田先輩。
「いーや、褒めてねぇっす」
雅近はズバッとぶった斬った。
「はぁ…乙女心の"お"の字も分かってねーなぁ、鴻村は。少しは褒めたり出来ねぇと女子からモテねぇぞ」
「褒めてモテたら苦労しないんすよ。第一、付き合ってもない男に褒められて、女は嬉しいものなんすかねぇ?褒めたら褒めたで、こいつ、気でもあるのか?とか思うもんじゃないんすか?」
「そうねぇ、私はだけど褒められると普通に嬉しいわ。舞い上がってニヤけちゃうくらい」
雅近と海江田先輩の会話に、水雲さんが参加。
「マジっすか…?」
驚きながらも、真剣な顔付きで水雲さんに聞く雅近。
「だって女の子ですもの。可愛いって言われて嬉しくない訳ないじゃない」
うふふ、と笑っている水雲さんの姿に、暖かなオーラを感じる。
雅近はそんな水雲さんから目を外さない。
見惚れてるんだろうか。
「だったら鴻村、試しに誰かを褒めてみたらどうだ?」
ニヤつきながら雅近を促す海江田先輩。
「え?」
驚いているのか判らないくらい、低めのトーンで雅近は聞き返す。
「そうだな…まずは、鵜久森を褒めてやれ」
「私ですかっ?」
海江田先輩からご指名を食らって、ちょっと嫌そうな鵜久森ちゃん。
雅近は水雲さんから鵜久森ちゃんへ、ゆっくりと視線を移す。
雅近は鵜久森ちゃんをどう褒めるんだろう?
「ちっちゃくて可愛いな」
「足の骨を折って、私より小さくしてあげようか」
「喜ぶどころか、今にも俺を殺しそうな目付きしてるんすけど」
鵜久森ちゃんが強い殺気を雅近に向けて送っているが、雅近は恐がる様子もなく、鵜久森ちゃんに指を指して海江田先輩の方を向いた。
2人のやり取りを見て思う。
鵜久森ちゃんの前で、胸の話と身長の話はNGだな。
「じゃあ、次は姫島。お前が鵜久森を褒めてみろ」
「え?僕もですか?」
海江田先輩から無茶振りがやって来た。
「あぁ、何か暇そうにしてたから」
理由が雑だ。
僕も雅近と同じで、ゆっくりと鵜久森ちゃんの方に視線をやる。
褒める、か…。
いつも思ってる事を口にすればいい…のかな?
「鵜久森ちゃんって…、笑顔がとても良いよね」
「えっ…あっ…そう、です、か…?」
動揺する鵜久森ちゃん。
「俺達は何を見せられてるんすかね」
雅近が誰に対してかは分からないが、問い掛ける。
「さぁなー」
海江田先輩がニヤつきながら、雅近の問い掛けを拾った。
「次は、回り回って鴻村。水雲を褒めてやれ。褒められると嬉しいって言ってたしな」
「回り回ってないですよ。そう言う元会長はやらないんすか?」
「私はもう生徒会の人間じゃないからな」
「何すか、その取って付けたようなルールは」
僕からすると、海江田先輩はこういう事が往々にしてあるので、今になっては気にもしない。
「細かいことは気にすんな。とっととやるぞー」
海江田先輩に流されるまま、雅近は再び水雲さんの方へ体を向ける。
何を言われるんだろうと楽しみにしている様子の水雲さん。
そんな姿を前にした雅近は、冷静を装いながら視線を空へ泳がす。
「じゃあ、張り切ってどうぞ!」
一番張り切ってるのは、そう言う海江田先輩だった。
目の空中遊泳が終わっていない雅近だが、小さく深呼吸をして水雲さんと対面する。
しかし緊張からだろうか?雅近の口が半開きになっていて、まるで魚みたいだ。
リラックスになるなら、水をあげて文字通り"水を得た魚"のようにしてあげたい所だが、とんちの利いた話みたいにはなりそうもない。
雅近の緊張と、水雲さんの嫋やかさが入り交じる中、雅近はようやく口を開いた。
「副会長は…」
しっかりと水雲さんの目を見る雅近。
「副会長は…何つーか…聖母みたいで、キレイっす…」
「え?せいぼって、聖母様のこと?やだぁ、聖母様だなんて、冗談って分かってても嬉しいわ!」
水雲さんは手を組んでとても喜んでいるが、悲しくも雅近の褒め言葉は、水雲さんの中で冗談扱いにされた。
「私達は何を見せられているんですかねー」
今度は鵜久森ちゃんが誰かに問い掛ける。
「分かんない…」
それを僕が拾った。
海江田先輩はというと、雅近達を見てニヤニヤしていた。
ホメられたのは水雲さんなのに。
ほんと、何考えてるか解らない人だ。
仮称・生徒会男子が生徒会女子を褒める会の佳境の最中、海江田先輩が「ふぅ…」と一息吐いた。
「人が褒め合ってるのを見るのは、意外と面白いもんなんだな。これは新しい発見だ」
新しい発見をして、それをどこでどう活用するんだろう?
あまり深く考えない方が良いか。
「さーて…、十分楽しんだ事だし私はそろそろ帰ろうかな」
場も空気も乱すだけ乱した御方が帰ると言っているにも関わらず、愚直にも僕は気付いたことを言ってしまう。
「あの…順番的に次は、僕が水雲さんを褒める番のような気がするんですが…」
「あぁ、確かにそうだけど、お腹いっぱいだから…もういいや」
海江田先輩の口から、あっさりした返事が来たこともあって、僕はつい「はぁ…」と微妙な返事をしてしまった。
やらされる気でいたのに、急にやらなくて良いとなると拍子抜けしてしまう。
「何だ、やりたかったのか?やりたいんなら、私が居ない所でよろしくやってくれ」
海江田先輩は手をひらひらさせながら、扉へ向かって歩いて行く。
「じゃあなー、また来るわー」
喫茶店の常連客みたいな言葉を残し、海江田先輩は機嫌よく帰って行った。
あの人の前世は台風だな、きっと。
立ち居振る舞いは生徒会長だった時と全く変わってない。
悪い意味ではなく良い意味で。
動乱の女帝は大学生であっても、紛うことなく動乱の女帝だったことは、僕にとって嬉しい限りだ。
仮称・生徒会男子が生徒会女子を褒める会は、急遽幕引きとなりそうな流れなので、ここで僕は新たな一手を打つ。
「海江田先輩は帰ったし、今から何をするか、みんなに相談したいんだけど…」
端から挙がってくる案の数に期待はしていない。
目的は話題を変えることだから。
しかし、僕の目論見は返ってきた言葉によって、一瞬にして潰えてしまう。
「え?何をするかというか、姫島会長が真澄さんを褒める番じゃないんですか?」
鵜久森ちゃんからの的確な指摘。
「俺もそう思ってましたけど」
雅近の追撃。
「えー、褒めてくれないの?姫島くん」
逃げ道は綺麗に塞がれてしまった。
やっぱりやらなきゃダメか。
するつもりはないけど、多数決にしても却下なのは丸分かりだし、それを覆せるような別の話題もない。
3人の視線が僕に集まっている。
その視線には圧迫感というか、僕に「どうするの?やるの?やらないの?」と問い掛けられている感じがして堪らない。
どう考えても、答えは1つに絞られてるよね?
絞られてるというか、削ってるよね?
「喜んで褒めさせて頂きます」
僕は水雲さんの瞳を直視しながら言った。
本音を言うなら、海江田先輩が居る時にやりたかった。
もっと言うなら拍子抜けする前に。
これは褒める限定ではなく万般に通じる事だが、一度失くしたやる気を取り戻すのは難しい。
スイッチ1つでやる気が出たら、苦労なんてしなくて済む。
それが簡単に出来ないから、やる気の問題は厄介な訳で。
でも、褒めなければ話は進まなそうだ。
嫌な気はそんなに無いけど、やりづらい空気なのは間違いない。
まぁ、それでもやりますけどね。
水雲さんを直視し続けている僕。
たった数秒でも、喋らないまま見つめているのは少しばかり気恥ずかしいが、ここで僕が目を逸らしてしまうと「何を褒めるかを考えてる…」と思われ兼ねない。
それに、水雲さんを褒めるのに考える必要なんて無い。
水雲さんにも、いつも思ってる事を言う。
ただ、それだけだ。
「水雲さん」
「なーに?」
微笑みながら聞く水雲さん。
「いつも僕をサポートしてくれて、ありがとう。助かってるよ」
「あら、本当に?そんなぁ…照れるじゃない。素直に嬉しいわ!」
嘘偽りなく嬉しそうに言う水雲さんだけど、雅近と鵜久森ちゃんの眉間には、ほんの少しだけ皺が寄った。
「いや、それは…」
雅近が言葉をこぼす。
「褒めるというか…」
鵜久森ちゃんもこぼす。
「お礼じゃね?」
「お礼じゃない?」
仲良くハモった雅近と鵜久森ちゃんだった。




