プロローグ
物心がついた時から、僕は女の子に振り回される人生を送るんだろうなぁと薄々思っていた。
何か特別な事があって、そういう思いになったのではなく、僕が常日頃、目にしていた光景から何となくそうなんじゃないかと、悟りにも近い何かを感じてしまったからだ。
母さんにベタ惚れである父さん。
母さんのお願いなら大抵の事は首を横に振らない父さん。
母さんの名前を未だにちゃん付けで呼ぶ父さん。
こんな父さんの遺伝子が僕の中にもあると思うと、女の子全員かはともかく、好きになった女の子には父さんの様にぞっこんしそうな気がしてならない。
ぞっこんが悪いとか嫌だとかじゃない。
父さん達の事は仲睦まじく羨ましい限りだし、母さんも母さんで父さんの事が大好きである事は、生まれて16年間一緒に過ごした僕が保証するし、両親共に幸せである事は天地がひっくり返ったとしても間違いようがない。
まぁ、周りの住人や学校の友人達の親と比べると、僕の両親はなかなか特別であるような気がするけども。
そして当の両親はと言うと、今は家にいない。
両親は死んでしまった?そうじゃない。
ピンピンしてるし度が過ぎてるしで、その二人の元気さに当てられると、しおれた花も息を吹き返すか、逆に疲れさせてトドメを刺すかの、どちらかだ。
じゃあ喧嘩でもしたのか?そうでもない。
むしろ仲良くやっているはず。
たやすく想像も出来る。
だったら、どういうことか?答えは簡単。
父さんが単身赴任をする事なり、母さんは父さんに付いて行った。
父さんの単身赴任先に。
どうしてそうなったのかと言うと、話は父さんが単身赴任する前夜に遡る。
単身赴任する事になった父さんが僕と母さんの三人で夕食を食べていた時。
つまりはこれが、当分実現しないだろうという意味で、姫島家の三人で食べる最後の晩餐だった。
その食卓の中での父さんの発言が、こんな事になるなんて、その時は思いもしなかった。
父さんは食事の終わり間際、珍しくも悲しい顔を浮かべて「僕は毎日、優梨子ちゃんの顔を見れないのは寂しい」と言い出したのだ。
そこから優梨子ちゃんこと、母さんにどれだけ会えないのが寂しいかを、お経を感じさせるレベルの文字量で演説する父さん。
その時の僕は、ラブラブ具合はいつもの事なのであまり感心もせず、ふーんという顔をしながら聞き流していた。
だけど、事件は翌朝に起きる。
僕が寝惚け眼で朝食を食べていた時、母さんが珍しくも真剣な顔で、急に「私も君晴くんの顔を見れないのは寂しい」と僕に言い出した。
当然僕は寝惚けていたので条件反射で「は?」と言ってしまった。
どうやら母さんは、君晴くんこと父さんの、昨夜の言葉に胸を打たれたらしい。
最初に母さんの発言を聞いた時は、それは父さんにいう愛の言葉じゃないの?と、話す相手を間違っていると思っていたけど、途中から僕は確信した。
これは僕を説得しようとしていると…。
眠気がどんどん覚めていったのを覚えている。
そして展開は早かった。
朝食の箸が止まっている僕とは真逆で、母さんはもう家を出る準備を終えていた。
まさに準備万端、嵐の如く素早さ。
呆気に取られた僕に、母さんは笑顔で「頼くんもあと少しで高校二年生でしょ?高校卒業なんて、あっという間!!一人立ちする為のプチ一人暮らしと思えば、これが良い機会じゃない?そして私は君晴くんと一緒にいられる」
まさにWin-Winよね、と熱弁していた。
僕の都合はどうやらお構い無しみたいだ。
そんな訳で、半ば強引というか100%押し切られる形で母さんも父さんに付いて行くという結末に。
学生である息子の僕を放っておいて…。
一体、単身赴任とは何なのか?
単身じゃない赴任じゃない?
これが現在、僕の両親が家にいないという理由というか経緯。
そして、そう。
母さんも父さんの名前をくん付けで呼んでいる。
ここまで行くと、控えめな説明にしたつもりは全く無いんだけど、両親は"なかなか特別"なんてもんじゃなく"相当特別"なのかも知れない。
それだけじゃなく、ぞっこんなのは父さんだけではなく、同じく母さんもなのだと訂正しないといけない。
相思相愛、相ぞっこん。
ちょっと韻の踏み方が、英語の比較級と最上級みたいになった。
みんなに通じるかは置いておこう。
そんな、世界の中心とか関係なく、末端の末端くらいでも平気で愛を叫んでいそうな両親の元に生まれた僕は、いずれ好きなった女の子に振り回されそうだなと思うのも無理はない。
親が親なら子も子、素質は充分ある。
むしろサラブレッドと言っても過言じゃない。
恐ろしいことに、過去と今の環境が僕をそうさせるんだから。
両親の事が僕を育てあげた過去の環境だとするなら、今の環境とは僕の学校生活だ。
ぼっちで友達がいない。
なんて事はなく、そこそこ話す相手は居るんだけど、一筋縄じゃいかないやつばっかりだ。
タイプはそれぞれ違う。
でも一人一人が台風の目みたいで、いつも直撃してる僕としては慣れな部分もあるけれど、何とか上手くやってはいる。
それでも振り回される方が日常茶飯事。
僕の立場上みんなの上に立っている訳だし、リーダーシップをバシバシ取っているべきポジションなんだけど、果たして出来ているんだろうか?
これは他でもない僕の統率力が単純に足りていないだけなのか、それとも僕の周りにいる人達の与える影響力が、普通じゃないのか…。
考えなくても圧倒的に後者だな、これは。
迷う余地がない。
僕の日常風景をよく目にしている人に聞けば、心強い援護射撃が飛んでくるだろう。
でも一部の女子…あの子とあの人、鵜久森 音寧と海江田 玲花に聞いてはダメだ。
彼女らは絶対に、僕にリーダーシップやカリスマ性が無いだけだと口を揃えて言ってくる。
絶対に。
しかも彼女達自身は誰かを振り回してるという自覚もないはず。
自覚があるとしたら、もう少し自重してもらいたい。
両者共に自由度が過ぎるし、周りに合わせる事はあったとしても、決して多くない。
個性と言えば簡単だが、その分の協調性は台風の風で飛ばされたのか?と聞きたいくらいだ。
ここまで長々と語ってしまったが、つまりは。
たとえ統率力がどんなにあっても、たとえ好きになった女の子に振り回されずに過ごせたとしても、最低二人の自由すぎる女子達には、この僕、姫島 頼斗が振り回される事に変わりはない。




