勇者上京(3)
「勇者様は車内でお待ち下さい。」
周囲の風景に呆気にとられているとヴィンスが馬車から降りて進み出る。兵士の中からも特段に体躯のいい男が前に出てきて向かい合ったデカ男は敬礼しヴィンスは手を胸に当てて応える。
(敬礼の仕方が違う?)
「バルク騎兵連隊長アルバン・グートハイル中佐であります。ドルク・ヴィンセント殿率いるご一行をお迎えに上がりました!」
「出迎えご苦労、アルバン・グートハイル中佐。」
デカ男が馬車の中まではっきりと聞こえる大声で名乗りをあげると、それだけで辺りの空気をひりつかせた。あまりのことに目を離せずにいるとヴィンスの頭越しにデカ男と目が合った。男の黄色い瞳が僅かに発光する。
(!!?)
一瞬腰が浮いて反射的に顔を反らしてしまう。が、遅かった。目が合っただけなのに頭を撃抜かれたような錯覚が起こり心臓が早鐘を打って汗が噴出でた。周囲の音が遠のき、徐々に全身に震えが走る。
「っ!」
「×××?」
狂ったように脈打つ鼓動に呼吸が速くなり息苦しくなってくる。
(これは、良くない。)
「×い××う×、×××?」
手で顔をはたこうとしたが手に力が入らない。しかたなく奥歯で舌を噛むとジンワリとした感覚が舌に広がる。
(こんなじゃダメだ。)
今度は思い切り噛みしめる。
「い゛っ」
「ちょっと、ルクスどうしたの?」
痛みで体の自由が戻る。恐る恐る視線を戻し様子を伺うと、デカ男は笑い声をあげヴィンスの肩をバシバシと叩いている所だった。心臓はまだ早足で身に起こった恐怖を覚えているのに、あれは一瞬の出来事だったようだ。
「はっはっは!馬車と荷馬車ごとまるまる転移とは相変わらず無茶苦茶だな!ヴィンセント!」
「っ貴方は相変わらずのバカ力ですね。叩くのをお止めなさい。」
「にしても勇者があんな子供とはな。鍛えがいがありそうだ。」
「日が暮れる前に王城へ着かなければいけないのです。早速出発したいのですが。」
「応よ!護衛は任せておけ。」
ヴィンスが馬車に戻る頃には張り詰めた空気が嘘のようになくなっていた。
「聞こえていたと思いますが今のグートハイル中佐の騎兵連隊が王城まで護衛に付きます。大げさと思われるかもしれませんが、民衆が押し寄せては危険ですのでご辛抱下さい。」
「……」
「勇者様、大丈夫ですか。」
「ヴィンスあいつ何なんだ、目が合っただけなのにその瞬間に…殺された。」
「彼は魔眼持ちなのです。これも一応、魔除けを施した特注の馬車なのですが申し訳ありません。」
「魔眼?」
「対象を視ることで限定的に魔法を発動する瞳を持っています。彼は殆ど無自覚に使ってしまうので……お身体に不調はありませんか。」
「……あんなの、ニンゲンじゃないだろ。」
「顔色が優れませんね。王の謁見前に休息を入れさせましょう。」
ココ姉は無言で俺の手を握ってくれる。
「出発します。」
馬車は俺たちを乗せて門をくぐり王都ベルゴルンに入る。その瞬間わっと歓声が上がった。歓声は徐々に広がり時折グートハイルの名も叫ぶ声も聞こえてきた。
「すごい数の人だわ。」
「城下は勇者様が登城する噂で持ちきりです。皆、勇者様の到着を心待ちにしていたのですよ。」
「勇者って、俺はまだ決めたわけじゃないし村を出たのだって今朝だろ。なんでこんな。」
「…王都には魔獣に村や町を追われて移住してきた者も少なくありません。犠牲になった兵の家族もいるのです。勇者候補が現れるとはそれだけのことなのですよ。」
俺は改めて自分の身に降りかかった事態の重さに動揺が隠し切れなかった。