勇者上京(2)
休憩地点だと言われ馬車を降りるとそこは太い木々が群生する森の中だった。こんな場所で休憩かと思っていると、さっきまで馬車を走らせていた従者が俺たちの前に分厚い絨毯を敷き茶菓子を用意し始める。
「少々準備を致しますのでお寛ぎになってお待ち下さい。」
ヴィンスが言うとおり従者たちも役割があるらしく忙しなく動いている。ダンも声をかけられ荷馬車から降りてきたので俺たちは遠慮なくくつろがせて貰うことにした。
「は~やっと体を伸ばせる。まだ揺られてる気がするよ。」
「ヴィンスさんの話だと今日中に着く予定らしいけど本当に着けるのかしら?王都まで一ヶ月くらい掛かると思ったんだけど。」
「まぁヴィンスが言うんだから着くんじゃないか?」
「アンタはホントお気楽ね。」
「ココ姉にだけは言われたくない。」
今日もうだるような暑さだが、この場所は生い茂る木々で日差しが遮られ幾分か涼むことができた。
暫くはヴィンス達がなにをしているのか見ていたがそれにも飽きて横になろうかと思い始めた頃ココ姉が声をあげた。様子を伺うと血色の悪い顔をしたダンが俯いている。
「ダン、顔色が悪いけど大丈夫?」
「少し休めば大丈夫……暫く休みたいから放っといてくれ。」
ダンはそう言うと、よろよろと立ち上がり荷馬車へ戻っていった。
「なんだアイツ?」
「もしかしたら揺れで酔ったのかしら。一緒に馬車に乗ればよかったのに。」
自分から言い出したとは言え一晩で村を出ることを決意して色々複雑なのかもしれない。明らかに様子のおかしいことが気になったが、本人が言うとおり放っておくことにした。
* * *
それから長閑な時間が過ぎ、何かの気配に目覚めれば端正な顔が眼前にあった。
「わっ!」
「勇者様お目覚めですか。」
「お目覚めですかじゃねーよ!危うく心臓止まりかけたわ!」
「次の候補者誕生まで何百年かかりますかね?」
俺の嫌味にもあざとさ満点の笑顔でわざとらしく首を傾げてみせる。こいつ本当に男か女かわかんねぇ。
「しれっと殺すな。で、準備とやらは終わったのか?」
「えぇ我ながら完璧です。支度が出来次第出発致しますのでご準備を。」
ダンはまだ荷馬車から降りてきていないようだ。横で寝ていたココ姉を起こして立ち上がると、ただの草むらだった場所は草が踏み倒されその上に丸や直線で紋様が描かれていた。準備とはこれのことだろうか。不思議な記号を眺めているとヴィンスが教えてくれた。
「これは転移の魔法陣です。ここから王都まで街道を辿っても一ヶ月あまり掛かってしまいますので、この魔法陣を使い王都正門近くまで転移します。」
「へー、ヴィンスは魔法使いだったのか。」
―魔法使い。
仕組みはよくわからないけれど、何もない場所に火を起こしたり竜巻を発生させたりと不思議な力を操る人がいる。
魔法が使えることがわかるとその多くは軍に徴兵されてしまう。常人にはあり得ない能力ゆえ、対魔獣の貴重な兵力としてその能力を隠すことは反逆罪にも等しく、隠れ魔法使いの情報を密告すると奨金が貰えるらしい。
村でも身内に密告され泣く泣く徴兵されていった女の子が一人いた。
「多少語弊がありますが今はまだそのように思って頂いて問題ありません。」
「お前凄い奴だったんだな。」
「はい、そこそこに。」
せっかくなので馬車のカーテンを開け外の様子を見ていることにした。
「では出発致します。」
馬車がゆっくりと前進し陣の上に乗る。
御者の合図を待ってヴィンスが短い言葉を放つと陣から眩い光があふれ出す。
目を刺すような光に貯まらず瞬きをした次の瞬間。既に周辺の風景がガラリと変わっていた。
「え?」
先程まで足元を埋め尽くす雑草は剥き出しの地面に変わり、太く生えていた木々の代わりに剣を携えた多くの兵士が立っている。その後ろには高く長い壁。
「まじかよ。」
「勇者様、こちらが王都ベルゴルン街道第一の関所でございます。」