勇者上京(1)
「尻がいてぇ。穴が裂けそう。」
「ケツとか穴とか言うな!」
「いてっ。」
慣れない揺れに耐えかねて弱音を吐いくと容赦なく拳が飛んできた。座席は座り心地がよくなるように綿や羽毛が詰められてるらしいが慣れない馬車での長時間移動はきつい。しかも金銀で作られたゴテゴテの装飾も目に痛い。一刻も早く降りたい!なんなら俺に騎手をさせて欲しい!外の空気を吸いたい!
「勇者様とココ様は本当に仲が宜しいのですね。次の休憩場所まであと少しですので頑張って下さい。」
「このバカが本当にすみません。」
「バカってなんだ。」
向かいに座るヴィンスは相変わらず胡散臭い笑顔を貼りつけている。ココ姉はなにも感じないのか、ヴィンスの態度にまんざらでもなさそうな雰囲気だ。のん気というか危機感が足りないというか…姉ながらこんなお人よしが本当に都住まいできるのだろうかと頭が痛い。しかも今朝になって俺を悩ませる問題がもうひとつ発生した。
「それにしても、急にダンも着いてくるなんてよかったんでしょうか。」
そう、今朝になりダンが一緒に都へ付いてくると言い出したのだ。
早朝の集会所には村長含め数名の見送りが来ていた。昨夜はあんなに褒め囃したくせに見送りが数名とは本当に現金な奴らだ、と呆れていた時にダンが荷物を抱えて走ってきた。広場に入るなり地面に額を擦り付けるダンに流石のヴィンスも驚愕の表情で俺の方へ首を傾げてみせた。
『ヴィンセントさんお願いです!俺も王都へ連れて行って下さい!!』
『貴方は昨日勇者様と一緒に居らした…。』
『俺どうしてもこの村を出たいんです!お願いします!』
『そのようなことを急に言われましても。』
『どんな仕事でも構いません、キツイ肉体労働にも慣れてます!なんでもしますから、お願いします!!』
ちらりと周囲の様子を伺うが一番文句を言いそうな村長もダンの剣幕に圧されて声を上げられず、ヴィンスは少し思案した様子を見せてから『勇者様が同行をお許しになれば王都まではお連れしましょう。』と告げた。
『考えた上での丸投げかよ!?』
『ルクス頼む!!俺を連れて行ってくれ!!』
『急に何言ってるんだよ。それに親父さん達もいるのに本気なのか?』
『俺が今まで冗談でもお前に頭を下げたことがあったか。頼む!!』
ダンが家族を残してまで王都に行きたいなんて言い出すとは考えてもいなかった俺は渋々ダンの同行を許すことにした。出発時に馬車を辞退したダンは荷馬車の荷台に乗り、俺たちのすぐ後ろを付いてきているはずだ。
「聞けばダンさんは勇者様の幼馴染、義兄弟も当然だそうじゃないですか。それでしたら仕方もない話と思います。」
「ヴィンセントさんは本当にお優しいんですね。」
「全ては『勇者様の御心のままに』という国王様のお心配りあってこそです。勇者様におかれましても、訓練後は国内外への遠征が予想されます。気心の知れた方がいらっしゃった方がココ様をお任せできて心強いのではないでしょうか。」
「ちっ…やっぱいけすかねぇ。」
「よく言われます。」
ヴィンスは俺の言葉を軽く受け流すと地図を取りだした。
「退屈しのぎに、我々が向かっている王都の話でも致しましょうか。」
「とっても大きな街なんですよね?」
「はい。我らがベルゴルン王国は世襲君主制、簡単に言うと王太子が王位を継承してきました。そして王都ベルゴルンは王城を始めとした国の主要施設を中心に建設された城塞都市です。現国王バルク・ゴディネス様もこの王城にて政を取り仕切られています。商業も盛んで以前はベルゴルンサブレという焼き菓子が名物でした。」
「以前って、名物品がなくなってしまったんですか?」
「‘国名を冠した物を食す’という行為そのものが不敬であると言い出した輩がいまして。」
「くっだらねぇ。」
「でも名物になるくらいですから味は美味しいのでしょう?」
「えぇ王女も認めた味だと噂ですが、ベルゴルンサブレを作っていた店が軍から警告を受けたようで生産を止めてしまいました。そのような事で軍を動かすなど全くくだらない話です。」
「ベルゴルンサブレ……勿体無いですねぇ。」
既にない焼き菓子を想像しながらココ姉が残念そうな声を出す。
「ココ姉…。」
「な、なによ!そんなに美味しいなら食べてみたかったな〜くらい思ってもいいでしょ!?」
ココ姉が声を荒げた頃、ようやく休憩地点に到着した。