勇者誕生(4)
「さぁ、心行くまでお召し上がり下さい。」
机を埋め尽くした大量の料理を前にヴィンセントが微笑んだ。
村長にどんな口利きをしたのかヴィンセントのお陰で捕縛から解放された俺はココ姉、ダンと共に村の外に設営された野営テントに招かれていた。香ばしく焼かれた牛肉。腹に詰め物をされて丸一羽ごと調理された鶏肉。果実を絞った飲み物。野菜をすりつぶしたしたスープに、ふかふかに柔らかいパン。匂いも見た目もとびきりの料理にヨダレが止まらなくなる。
俺とココ姉は目前の光景が信じられずヴィンセントにダンを呼んできてもらったのだが頼りのダンも俺達同様に言葉を失っていた。
「おいルクス、これどうなってんだ?」
「俺にもわからない。」
「夢なのかしら。」
尚もヴィンセントは動揺する俺たちに料理を勧める。突然現れた見知らぬ美人に助けられ料理をもてなされるなんてどう考えても怪しい。絶対に怪しい。が、俺たちは目を見合わせてそろそろと料理に手を伸ばした。
「いただきます。」
パンを頬ばった瞬間小麦粉の香りが鼻に抜ける。鶏肉はあふれるほどの肉汁が口からこぼれそうになった。
「ふみゃい!」
「うっめー!」
「おふぃひぃー!」
こんな豪華な食事はいつぶりだろう。美味しい食事という久しぶりすぎる感覚が痺れとなって脳内を駆け巡る。
あんなに訝しがっていたのはどこへやら。口々に歓喜の声を上げながら夢中で喰らいつく。三人でひとしきり料理を食べ荒らすと俺たちはハッと我に帰った。
「ご満足いただけたようでなによりです。」
「ご、ごちそうさまでした。」
気まずい思いでヴィンセントに視線をやれば相変わらず笑みを崩さない。初対面の相手にここまでされると不気味に感られる。俺たちは文字通り餌に釣られたんだろう。なんの話か知らないが俺を解放してくれたこととも、何よりココ姉の満足そうな顔を見たら話を聞かないわけにはいかない。
「…ヴィンセントさん。」
「ヴィンスで結構ですよ勇者様。」
「その勇者ってのが正直意味わかんないんだけど。」
「一昨日、貴方は大精霊により“勇者の後継者”に選ばれました。つまり未来の勇者様を国王に代わり私がお迎えに馳せ参じたというわけです。」
「は?」
「因みに、こちらが国王からの君命証でございます。」
ヴィンスが一枚の用紙を差し出した。その用紙には確かに国旗が描かれているが真偽を問う以前の問題が俺にある。
「渡されても俺は字読めないしな。ダンこれなんて書いてあるんだ?」
「…『王都への勇者継承者護送の命を下す。』とあるね。でもヴィンセントさん、君命証なんて見たこともない田舎者の俺たちには貴方の話が本当かどうかなんて判断つかないですよ。」
「私もこんな話を今すぐ信じてくれ、というのが無理なのは承知しております。しかし私はなんとしても勇者様を王城へ連れ返らねばなりません。さもくばこの首が飛んでしまいます。」
ヴィンスは細い首を手でさすってみせる。口調こそおどけていたが『首が飛ぶ』というのは大袈裟な表現ではないと感じられた。国王からの勅命を失敗したとなればヴィンス本人の処刑だけでは済まないかもしれない。
「無理強いをして連れて行くこともできますが、それは私の望むところではありません。そこでひとつ取引をしませんか?」
「取引?」
「貴方は私を信じられない、けれど私には貴方が必要だ。ですから私を信用して頂けるよう、私に与えられた権限をお見せしましょう。」
「権限?」
「貴方が私に着いてきてくださるのであれば、先一年この村の年貢を全て免除しましょう。さらにご希望であればご家族が王都へ移住できるよう住居と職もこちらで用意させていただきます。」
「はぁ!!?」
「そして、今ここで頷いてくだされば夕刻までには村に正式な伝令の兵が来ることもお約束致しましょう。」
ヤラれたと思った。
俺を差し出すだけで年貢が免除される。村の人間が知ったらどんな手を使っても俺をヴィンスに引き渡そうとするだろう。そうすれば間違いなくココ姉が危険にさらされる。『無理強いはしたくない』と言いながら俺の首に縄をかけたも同然だ。
「読み書きもできない俺を連れて行くためにそこまでできるのか?」
「失礼ながら……この村の異常な飢饉は魔獣による被害が原因では? 幾たびも魔獣の魔力に侵された土地には作物が実りにくい。ここ数年でこちらと同じような飢餓に陥る村や町からの報告が増えています。兵も十分健闘していますが、本質的な意味で魔獣に怯える人々を救うことができるのは勇者の力を与えられた者だけ。寒村の僅かな年貢と勇者の確保、どちらを優先すべきかは明白でしょう。」
そう躊躇なく答えるヴィンスに反して、俺には黙って頷く以外の選択肢は残されていなかった。
* * *
約束の夕刻。
いつもの名無し兵が早馬でやってきて、正式に年貢が免除されることを伝えると村中から喝采が起こった。村の奴らは俺を取り囲んで口々に感謝の言葉を並べ続けた。人をかき分けていると輪の外にいるダンと目があったが早足で広場から出て行ってしまった。
「ダン!!」
追いかけようとした俺の足をヴィンスが呼び止める。
「勇者様。早速ですが明朝に出発致します。今夜中にご準備をお願い致します。」
「わかった。」
振り返ってもダンの姿は見えなくなってしまっていた。俺から走り去ったダンを家まで追いかける気にはなれず、仕方なく帰宅するとココ姉がせわしなく動き回っていた。
「ココ姉なにしてるんだ?」
「なにって荷造りに決まってるじゃない。」
「まさか一緒に来るつもりなのか?」
「当たり前じゃない。満足に料理もできないくせに一人で行くつもりだったの?」
「ココ姉はここに残れ。村に残れば村長たちがいいようにしてくれるだろうし、ダンもきっとココ姉の力になってくれる。」
「イヤよ。私も一緒に行くとヴィンセントさんにも話したもの。」
「っ!ああいう奴には関わらないのが一番だってわからないのかよ!!それに王都へ行ったら俺はどうなるかわからないんだ。だから、お願いだから村に残ってくれよ。」
村にいても王都にいてもココ姉が心配なのは変わらない。けれど少しでも知り合いの多い場所の方が安全だと思った。なにより村にはダンがいる。俺に何かがあっても大丈夫だろう。
「……かないで。」
「え。」
「置いていかないで……私の家族はルクスだけなのに。ひとりは嫌よ。」
「ココ姉」
肩を震わせて俯くココ姉が、昼間 納屋で泣きじゃくった姿に重なった。村に残してしまったら、毎日あんな思いをさせるのかと思うと見ていられなかった。
「………わかったよ。本当にココ姉には叶わないな。」
その晩、俺たちは久しぶりに同じ布団でぐっすり眠った。