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勇者誕生(3)

 次に視界が捕らえたのは見慣れぬ天井………いや冷たい地面だった。息がしにくいと思えば布で猿轡をはめられていて、さらに起き上がろうとして両腕が後ろ手で拘束されていることに気がつく。ご丁寧に海老反りの姿勢で両足首と手首を紐かなにかで結ばれているようで全く身動きが取れない。それに体のあちこちが痛い。視界しか自由が効かない中で視線をさまよわせれば、ところ狭しと農具や薪など雑多なものが詰め込まれている。どうやらここは納屋のような場所らしい。この状況がなんなのか必死に考える。森に入ったところまでは思い出せたが、そこから先のことはどうしても思い出せない。


「通してください!」


 一人頭を悩ませていると外から怒声が聞こえてきた。耳をすますと男女数人の声が聞こえる。身を硬くして様子を伺っていると戸が開かれた。陽の光が眼に刺さる。


「ルクス!」


 納屋に飛び込んできたのはココ姉だった。俺が声を出せずもごもごとしていると猿轡を外してくれた。どうにか俺の体を支え起こして竹筒に入れた水を飲ませてくれる。乾いた舌と空っぽの胃に染みわたった。


「大丈夫?」

「ココ姉。」

「こんな縛り方するなんて酷い。」

「ココ姉、俺はどうしたんだ?」

「それはこっちの台詞よ!朝になったら部屋にいないし、ダンから『森に入ったんじゃないか』って聞いて皆で探したのよ。そうしたら木の下で倒れているのを見つけたの。……皆 村までは運んでくれたけど、ずっとこんな所に入れられて外には見張りがいて看病もさせてくれないし。」

「待って、ずっとって俺は何日ここにいるんだ。」

「二日よ……。」


 二日、その間ずっと気を失っていたのかと愕然とする。しかもこんな状態で床に転がされていれば体も痛むはずだ。抱きかかえるようにして体を支えてくれているココ姉の体温が温かい。


「あなた、なにをしたかわかってるの!? 私がどんなに心配したか!!運が悪ければ死んでいたかもしれないのよ!!」

「………ごめん。」

「本当に、本当に心配したんだから!!」


 ココ姉の目から大粒の涙がこぼれるのを見て俺はぎょっとする。ココ姉が泣くのを見るのは両親が死んだ時以来だった。顔をよくみれば目の下には濃い隈ができている。


「ココ姉、本当にごめん。」


 俺の言葉に返事はなく、静かにすすり泣く声だけが響いていた。ひとしきり泣くとココ姉は落ち着きを取り戻して村の様子を教えてくれた。開墾の方は変わりなく進んでいるが、年長者の男衆が集まって今回の俺の行為について集会を開いているらしい。

 この村では掟を破った者には女子供でも容赦ない私刑が行われ、他の村人への見せしめにされる。命を取られることはないが、四肢に後遺症が残るほど凄惨な私刑を受けさせられた人も知っている。それでも俺が森へ入ったのは、私刑の対象が実行犯のみで親族に危害は加えられないということがあるからだ。掟を破り一人が手負いになるか、空腹のまま二人で倒れるか。どちらかひとつなら俺が前者になる覚悟をしていた。


「ココ姉そろそろ戻らないとマズイんじゃないか。」

「ん………でも。」

「見張りに難癖をつけられる前にここを出た方がいい。俺なら大丈夫だから。」


 ココ姉に無理をして笑ってみせた時、外で多くの人の気配がすることに気がついた。馬の(いなな)きと困惑した男達の声が聞こえる。ただ事ではない。俺がどこかへ身を隠すように言うとココ姉は不安そうにしながらも、荷物と一緒に物陰へ隠れた。


「止まれ!」

「おい、アンタら誰なんだ!」


 最初は威勢のよかった男達の声が段々と小さくなり聞こえなくなった。しかし外の只ならぬ気配は変わらない。じりじりと焦らされるような緊張が続き、試しにこちらから声でもかけてみようかと思った時、納屋の戸が静かに引き開けられた。ココ姉の時と同じく俺からは逆光になって相手の姿がよく見えない。


「誰だ!」


 侵入者は俺の声には応えずゆっくりと近づいてくる。そうして近くまで来ると黒い装束に身を包んだ人物だということがわかった。白い肌に艶のある銀髪、そして初めて見る翡翠色の瞳から目を反らせない。その美貌は女の様でもあるし、顔の骨格からは男とも思えた。中性的過ぎて性別がわからない。


「貴方が新しい勇者様か。」

「は?」


 一瞬容貌のよさに目を奪われたが、侵入者の突拍子もない台詞に頭のおかしい不審者なのではないかと警戒心が戻ってくる。納屋の外の様子を見たかったが俺の視界は黒装束に阻害されていた。不審者は俺の状態をマジマジと眺めながら子供のような声で質問する。


「なぜこのような扱いを?」

「なぜって、村の掟を破ったからだ。」

「掟?」

「解禁日以外は森に入ってはいけないのに、俺は禁を破った。」

「どうして森へ入られたのでしょうか?」

「それは……。」

「それは?」


 こんな不審者に村の現状を話していいものかと言いよどんでいると俺の腹の虫が鳴った。それはそれは盛大な音で、隠れているココ姉にも聞こえたに違いない。よっぽど驚いたのか不審者も目を丸くしている。


「あぁお腹が空いているのですね!勇者様は森の恵みが欲しかったのですか。」

「あーそうだよ!腹が減って今にも死にそうだった!森へ行けば食料があるのに、指をくわえたまま死ぬなんて御免だったんだよ!」


 俺の吐き捨てるような言葉を聞くと不審者はすくと立ち上がり納屋の外に出ていった。なにやら外の人間と話をしているらしい。せっかくならこの拘束を外してくれればいいものを!普段の姿勢と逆に反り返らされているせいで肩も腰も限界だ。苛立ちながらじたばたと足掻いていると不審者が戻ってきた。

 なにを思ったのか不審者は片膝を地面について右手を胸にかざし、俺に(うやうや)しく頭を下げる。


「自己紹介を忘れていました。(わたくし)はバルク国王より勇者様の護衛として派遣されました、ドルク・ヴィンセント・エクランドと申します。ヴィンスとお呼び下さい勇者様。」


 ヴィンスと名乗った年齢不詳・性別不詳の不審者は、縛り上げられ地面に横たわる俺に場違いな丁寧さで自己紹介をしてニッコリと微笑んだ。


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