2.ましろさんの猫又事情
2.ましろさんの猫又事情
「この速達が届くまで飼い主の前で話しちゃいけないから、ほんとそわそわしたよ」
そう言いながら、目の前に落ちた手紙をたたくのは真っ黒な猫。うちの子、ましろ。
俺は変わらず腰を抜かしたままだった。
「ま、ましろ…って、ね、猫又なのか?」
恐々と聞く俺にましろは嬉しそうに言った。
「まだ、まだ違うけど、俺は猫又になりたい。だから、悠。早くホームページで申請して!」
お願いと言うましろに、とりあえず説明してほしいと宥める。
いや、猫又がどうとかじゃなくて、役所から通知が届くって事はこれは一般的に常識なのだろうか。
俺が知らないだけなのか?
そう思いながら少しふてくされたましろの説明を聞く。
「ここ20年位の話しなんだけどね」
そう始まったましろの話は、とても信じがたい話しだった。
要はここ数十年、動物病院も増え長生きする猫が増えたと。
猫又は20年生きた猫がなる生き物なんだけど、猫とは違うらしい。
そして、長生きする猫が増えた事によって猫又になる猫が増え、役所の人が検討した結果NMN(猫又ネットワーク)と言う課を作ったらしい。
猫によってはそのまま寿命を受け入れる事もあるらしいが、結構な数の猫又が居てそれを管理するにも必要だったとの事だ。
「ましろはNMN課の事をどこで知ったんだ?」
素朴な疑問である。
飼い主ですら知らない事を何故家から出ない猫が知っているのか。
「うーん、主には病院での情報交換かな。どこの病院も今はNMN課につながってるんだ。20さいが近づくと先生が話してくれるとこもあるって言ってた」
ちなみに、と付け足された補足では話せるようになるのも20さいの誕生日を過ぎてかららしい。不思議で仕方がない。
「俺は猫又人生を歩みたい。いつか悠が俺を置いて逝ってしまったとしても、俺はそれまでずっと悠と暮らしたい」
そう言うましろは小さな手を俺の手に重ねた。
少し肉球が冷たい。
「お、俺は、もうましろが居なくなる日を心配しなくても良いんだ?」
そう、もう心配しなくて良いんだ。
家に帰った時に、ドアを開ける時に、ましろの名前を呼ぶ度にいつまで生きてくれるんだろうかと思っていた。
病気ではないけれど、寿命はすぐそこだったはずだった。
「心配しなくても、これからずっと一緒だよ!」
そう言うとましろは嬉しそうに俺のスマホを鼻先でつついた。
俺は届いた書類をもとにスマホを操作した。
膝の上では食い入るようにましろが覗きこんでいた。
まだ猫又になる事でましろに何が起こるのか分からないし、正直な話あんまり理解出来ていない気もする。
だけどこんなにもましろが喜んでいるなら、俺の妄想だろうと夢だろうと構わない気がしてきた。
「認証は肉球なんだ。スマホ貸して!」
そう言うと、NMN課のパスワード画面でましろは前足をスマホに押し付けた。
ピッと小さな音が鳴り、認証されましたの画面が表示される。
ましろは拾った猫だ。
だから正確な誕生日が分からない。
だからなのかもしれないけれど、画面上で誕生日10月3日と表示されている。
10月3日は拾った日なので本当は9月末辺りに生まれたんだとは思うけど、出会った日を誕生日に設定した。
拾った日、母はとても嫌そうな顔をして戻して来いと言った。
子供ながらになんて酷い親なんだと思った記憶がある。
公園でましろを抱いて泣いていた俺を探しに来た母親が、コウモリなんて育てた事ないけど悠が育てられるならとりあえず動物病院に連れて行きましょうと言った時に、勘違いをしている事に気がついた。
まぁ、たしかに拾った時のましろは泥まみれで、猫と言うよりは落ちたコウモリに見えたかもしれない。
ただコウモリでもとりあえず受け入れようと思ってくれた母には、未だ頭が上がらない。
記載された誕生日や氏名(朝倉ましろとなっていた)、そして住所を確認する。
それにプラスして、毛の長さや色、目の色や種類が記載された欄があった。
そして最終チェックの欄に『猫又として生きる覚悟がありますか』と言う文字。
ましろは迷わずにチェック欄に肉球を押しつけた。
先ほどのようなピッと言う音の後に、また認証いたしましたの画面が出る。
そしてただいまをもちまして、朝倉ましろの猫生を終了いたしましたと画面に表示された。
「え?」
俺は慌てて視線を画面からましろに戻した。