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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
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剣無しのアジナ(8)

「……つまり、俺がこうしてお前を待っている間に。アジナはずっと、可愛い女の子とイチャイチャしていたわけだ」

「してないよ」


 サイカと別れて、ほんの数分後の出来事。保健室から寮の自室へと帰還したアジナを待っていたのは、腕を組みながらベッドにもたれ掛かるジックだった。最初こそ心配させたことに罪悪感を覚え、事の顛末を丁寧に伝えていたアジナだが、話を続けるにつれて、ジックは別のことに関心を抱き始めた。今では完全に、嫉妬の申し子と化している。


「模擬戦の時、身体張ってお前を庇ってやった俺に、礼の一言も言わずにか」

「だから、さっき言ったじゃん。ありがとうって」

「……なぁ、アジナ。俺たち友達だよな」

「そうだね。腐れ縁とも言うけど」

「でも縁はあるわけだ。つまり俺たちは友人……いいや、親友だ。なら当然、裏切るような真似はしないよな?」

「いや、まぁ、裏切るつもりはないけれど。つまり何が言いたいんだ」

「同じ村の出身同士、抜け駆けは禁止だぜ?」

「結局それか……」


 ジックとアジナは、かつては同じ村で生活していた。村には数多くの人々が住んでいたが、王都に移った者はアジナとジックの二人だけである。

 そう考えると、確かに縁はある。けれど、その約束はどうだろう。


「昔から、ジックは恋愛のことになると目つきが変わるよね」


 呆れた顔で、アジナは言った。


「そのために村を出たと言っても、過言ではないからな」

「邪過ぎる。……村にも女性はいただろうに」

「わかってねぇな。あそこの女は、どいつもこいつも気が強すぎるんだよ。俺はもっと、お淑やかな女性が好みなんだ」

「お淑やかって……多分、ゼリアスにもいないよ」

「……だろうな。あぁ、失敗したかも、俺の人生設計」


 見つけるなら学内ではなく、王都の町中だろう。とてもじゃないが、戦闘狂の楽園たるゼリアスの中で、お淑やかな人物が見つかるとは思えない。


「あ、でも。一人、あの村にも可愛い子がいたな」

「へぇ。誰のこと?」

「お前の妹」

「殺すぞ」


 急に怒気を孕ませるアジナに、ジックは苦笑しながら「冗談だ」と言った。


「ブラコンとシスコン。この二つに挟まれる勇気なんて、俺にはないって」


 なんなら圧殺してやろうか。

 アジナの視線がジックを射抜く。


「セフィアちゃん。あれから、どうだ。ちゃんと、手紙のやり取りくらいはしてるんだろうな?」

「……してないよ」


 セフィア=ウェムクリア。

 アジナは自らの妹のことを、思い浮かべる。

 元々、アジナは孤児院で育った人間だ。村にいる今の両親に預けられたのは、三歳の頃。孤児院での日々よりも、その両親と暮らした日々の方が記憶に深く刻まれている。そのため、アジナも今の両親も、互いに堅苦しい態度を見せることなく、本物の家族のように接していた。

 妹のセフィア=ウェムクリアは、アジナが預けられた翌年に、生まれた娘だ。

 血は繋がっていなくても、セフィアにとって、アジナは生まれた頃から傍にいる、正真正銘、本物の兄だ。彼女から向けられる親愛を受け、アジナもまた、彼女に対する親愛を惜しげなく注いでいる。

 だが――そんな兄妹の仲も、不意に崩壊した。


「セフィアはまだ、僕に怒ったままだ」

 

 一年前。アジナが村から王都に旅立つ日。二人は大喧嘩をした。

 大喧嘩と言っても、ただの言い争いだ。しかし、二人にとっては十分過ぎる暴力だった。

 

『認めません……私は絶対に、認めませんから……!』


 最後に、彼女から告げられた言葉を思い出す。

 聖剣を得るために、村から飛び出ようとするアジナを、彼女は全く理解できなかったらしい。

 アジナとセフィアは本物の兄妹だが、血は繋がっていない。アジナは勇者だが、セフィアや、両親は勇者ではないのだ。その差が、理解の溝を作ってしまったのかもしれない。


「あー、駄目駄目! なんで寝る前に、暗い気分にならなきゃならねぇんだ!」


 表情に陰りを浮かべるアジナに、ジックが大きな声で空気を断ち切った。


「よし、話を戻そう。お題は学校の可愛い女子」

「別にそこに戻す必要はないと思うけど」

「ちなみに、そのサイカって娘は、どうなんだ?」

「聞けよ……」


 女子であれば、誰に対しても興味を示すジックに、アジナは辟易した。


「うーん、どうと言われても。……お淑やかっていうか、控えめな性格かな」


 初めて会った時も、保健室での一件も。サイカは、常に何かに気をつけているような振る舞いを見せていた。何に対してなのかはわからないが、失敗を恐れているような。もっと言えば、粗相に気を付ける家政婦のような態度だった。

 最も、何故か表情だけは嬉しそうだったが。


「あ、でも……」

「ん?」

「……いや、なんでもない」


 自分を認めてくれた、あの時のサイカを思い出す。あの時の彼女は、とても真っ直ぐな眼をしていた。堂々とした、気高さすら感じるほどの雰囲気だった。それを伝えようとするが、アジナはすぐに口を塞ぐ。どう表現していいか、わからなかった。


「そう言えば、話が変わるけどよ」


 思い出したかのように、ジックは言う。


「一回目の席次試験、日程と内容が決まったぞ」

「え、本当?」

「ああ。さっき、掲示板に貼り付けてあった」


 ゼリアスの生徒は、定期的に本格的な試験を受ける。その試験は、採点結果が公開されることから席次試験と呼ばれていた。席次試験は毎年四回ほどあり、今回は二年生としては初の席次試験となる。成績への影響力も高く、見逃せない話だ。


「日程は来週。内容は迷宮の探索だってよ」

「迷宮の探索か……それって、学校の?」

「ああ。『霊樹の墓』だ」


 馬鹿みたいな話だが、ゼリアスの敷地内には、迷宮がある。それが、『霊樹の墓』だ。

 魔王の遺産である筈のそれを、ゼリアスは勇者を修練するための道具として利用しているのだ。無論、危険度は変わらない。死人は出るし、不測の事態となることもある。学校長からすれば、それさえも訓練の内なのだろう。厳しいというか、頭がおかしい。


「ま、探索が試験ってのは去年も何回かあったろ。今回も、規則は同じだな。評価対象は到達階層で、チームは最大五人だとよ」

「それじゃあ、今回もお願いします」

「言われなくても、そのつもりだ」


 ジックとチームを組む約束をした辺りで、アジナは睡魔を自覚する。発作による気絶からは回復したものの、一日の疲労は普段よりも多い。

 今日はさっさと寝よう。そう呟き、アジナは小さく欠伸した。


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