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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
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剣無しのアジナ(3)

 遡ること、四世紀前。

 かつて、この世界には魔王と呼ばれる災厄の象徴が存在した。

 強力で凶悪な力の権化である魔王は、その力で数々の災いを生み出した。人の命を糧に生きるよう創られた、魔物と呼ばれる生物。魔物の製造工場であり、魔物の要塞でもある迷宮。そして、魔物に新たな力を与える不可思議な土地、楽園。

 緩やかに、しかし確実に、世界は闇に覆われつつあった。


 しかし、そんな中、一人の少年が魔王を倒すべく立ち上がった。

 手に取った一振りの光る剣と共に、少年は魔王を討伐する旅に出る。数多くの声援を受け、魔王の産物である魔物や迷宮を続々と無力化していく彼のその奮闘ぶりは、当時仲違いしていた国が、互いに手を取り合って応援したくなる程だったという。

 迫り来る暗雲を剣一つで斬り開く。

 その道程は、人々に未来の可能性を与えてくれる。

 まるで神話のような生き様を魅せる少年を、人々はやがて勇者と呼ぶようになり、少年の持っていた光の剣は、聖剣と呼ばれるようになった。

 それから、僅か二年の旅路を経て。勇者は遂に、魔王を討伐する。

 勇者が最後に放った聖剣の一太刀は、天地を結ぶ光の奔流のようだったと、歴史書は語る。旅先で出会った仲間。複数に渡る大国の支援。人類共通の敵である魔王は、勇者を中心とした人々の絆が打倒したのだ。魔王は滅び、闇に包まれていた世界は澄んだ青の天蓋を取り戻す。勇者が未来永劫語り継がれる伝説と化した瞬間だ。


 こうして、勇者と魔王の物語は、幕を下ろ――――――さなかった。


 魔王の物語は幕を下ろしたが、勇者の物語はまだまだ続いていたのである。

 仲間思いの勇者は、魔王討伐後は彼らと顔を合わせることに時間を費やした。自分が無事であることの報告と、助力の感謝が主な目的だった。

 とは言え、勇者とて人間の男。長旅で疲弊したのは肉体だけではない。

 声援と共に、無数のプレッシャーを背に浴び続けていた彼が、その解放に思わず気を緩めてしまうことを誰が咎められるだろうか。仲間たちとの再会を果たす彼は、その際に向けられた好意に対し、全て応えてみせたのだ。


 言葉を濁さずに説明すれば、大量の子孫を残したのである。

 ぶっちゃけて言えば、勇者はハーレム王へと昇華したのである。


 手籠めにしたと言えば、些か印象が悪い。しかし実際に、勇者は両手では抱えきれないほどの女性と愛を育んだ。英雄色を好むとは真実らしい。

 その結果として、勇者の血筋は、瞬く間に広がっていった。

 生まれた子供が「俺、勇者の血を継いでるんだぜ!」と言った所で、すぐ近くの子供がそれに反応して「僕も!」とか「私も!」とか言ってしまうのである。

 あらあらうふふ、で済むような問題ではない。

 信心深い教会のシスターも、匙と一緒に十字架をぶん投げるレベルだ。


 こうして、波乱万丈な勇者の物語も、漸く幕を下ろす。その行いは良くも悪くも世界に大きな影響を残し、英雄譚とは別の意味で、後世に語り継がざるを得なかった。

 そして、時は現代。時代は遷移したが、当時の名残は今も無数に存在した。

 現代では、勇者は魔王を倒した人物のことを指さない。魔王を討伐したその男は初代勇者と呼ばれており、その血を受け継ぐ者たちのことを、総称して勇者と表している。アジナやジックが勇者であるということは、その親の内、片方は勇者だということだ。


 斯くして、現代には無数の勇者が溢れかえる。

 魔王を滅ぼした初代勇者の才能は計り知れず、薄れつつある血の中でも、確かな力が眠っている。勇者である者と、そうでない者との間には、そう簡単には超えられない壁が存在した。特に戦闘に関する才能は、一際如実に現れていた。

 暗雲立ち込める四世紀前までは、一人の英雄が全てを解決してみせた。

 しかしこれからは、無数の英雄が存在する時代。それは最早、英雄という人種。即ち勇者という新人種の誕生を表している。勇者と、その他の人間。これらが、どう折り合いをつけるかが、今後の問題となるだろう――。


「……これで勘弁して下さい」


 アジナは完成したレポートを提出した。時刻は昼過ぎ。始業式当日であるこの日の校舎は、珍しく静寂に包まれている。


「慌てて書き直したな?」

「うっ」


 教師の目から見れば、長時間を費やしたほどの出来ではなかったらしい。わかりやすく反応するアジナに、目の前の男は眉間に皺を寄せた。


「あまり言いたくないが、アジナの場合、こういうところで稼ぐしかないんだ。同じ課題の繰り返しで嫌になるのも分かるが、ちゃんとしとけ」


 教師ノスタン=メイエルは、生徒たちの相談にも真摯に向き合ってくれることから、人望に厚かった。種族はジックと同じく獣人。ノスタンは虎の血を継いでおり、引き絞られた筋肉が特徴だ。長身痩躯も間近で見れば、その内側に隠された迫力がよく伝わる。


「紋章についての記述はどうした?」

「……あ」


 完全に忘れていた。顔でそう告げるアジナに、ノスタンは溜息を吐く。

 勇者紋章ブレイブ・シール――通称、紋章とは、勇者の血族であることを示す、証のようなものだ。

 初代勇者は大層、自己主張の激しい人物だったらしい。例え一滴でも彼の血を継ぐ者ならば、その身体のどこかに勇者紋章が現れる。その色は薄桃色から真紅の五段階に分けられており、濃度が高いほど、初代の血を引き継いでいると考えられていた。


 初代の血は、才能そのものだ。必然、色が濃いほど実力は高いと思われる。

 アジナの紋章は左の肩に刻まれており、その色はニ段階目の桃色。その模様は、燃え盛る炎。そしてその内側には、それぞれ大きさの異なる歯車が重なり合っている。

 色と違い、模様の意味は解明されていない。一部では、勇者としての進化の方向性と言い伝えられているが、誰も気にしていないのが現状だ。


「……次からは、もう少し時間に余裕を持ってやれ」

「と、いうことは?」

「合格にしといてやる」

「ありがとうございます!!」


 安堵に胸を撫で下ろし、アジナは一気に脱力した。

 通り過ぎる他の教師たちが、二人の様子を見るなり「またか」といった表情を作る。彼らにとって、職員室前で起こるこの光景は見慣れたものだった。


「はぁ、しんどかった……」


 肩の荷が降りたかのように、アジナは安堵した。

 言動と態度からは、反省の意思が見えない。疲れると言うのであれば、生徒自身がそうならないよう努力すればいいだけの話だ。実際、大多数の生徒は、アジナのようにレポートに苦しめられることなく、長期休暇を楽しんでいる。

 だがノスタンは、アジナに「努力しろ」とは、言わなかった。


「アジナ」

「はい?」


 首を傾げるアジナに、ノスタンは訥々と告げる。


「その、悪いな。お前も、補習ばかりで辛いだろう」

「……でもそれは、成績が悪い僕の責任ですよ」

「お前の成績が悪いのは、態度によるものじゃないだろ。この前の試験だって、成績上位者に食い込んでいたし。……お前は、ただ、運が悪いだけだ」


 歯切れの悪い言葉を、ノスタンは紡いだ。


「本当に運が左右しているなら、同じ格好している人が他にもいますよ」


 腰に吊るした鞘を持ち上げ、アジナは自嘲気味に言う。

 アジナは、この学校で自分以外に帯剣している生徒を見たことがない。当然だ。他の生徒は、そもそも剣を持ち歩く必要がないのだから。


「そう、だな。……悪い、今のは忘れてくれ。適当なことを言った。……自分に言い訳したかっただけだな。教え子が悩んでいるのに、何一つ力になれない」

「そんなことはないです。少なくとも、他の教師よりは断然マシです」

「おいおい、そういうことは教師に言うな。生徒だけで噂しとけ」


 苦笑の中に、僅かに愉快そうな感情を含ませて、ノスタンは言う。


「ま、あれだ。俺が言いたかったのは、何もかもが実力に左右されるわけじゃないってことだ。本人の知らないところで、運の良し悪しは関わってくる。……あんまりキツイようなら、いっそ聖堂に行って、神頼みでもしてこい。幾らか気が楽になるぞ」

「そう、ですね。……ありがとうございます」


 場の空気が和んだところで、アジナは踵を返した。

 腰で揺れる剣が重い。苦痛と恥辱の重みだ。慣れ親しんだものだが、そこに視線が向けられる度にアジナは思う。――何故、自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか。

 廊下を抜け、グラウンドに出ると、生徒たちが模擬戦を行っていた。

 始業式でリディアが言っていた通り、この学校は魔王の遺産へ対処するための力を育む場所だ。その最たるものが、戦闘力。即ち、剣を握り、盾を翳し、あらゆる苦痛にも耐え抜く力である。生徒たちはそれを研磨するべく、常に鍛錬に勤しんでいた。

 地面を踏み抜く音。剣が空を切る音。一刀流と一刀流。対等な条件で、二人の生徒は攻防を繰り返す。初代勇者の血を継ぐ彼らの戦いは、喧嘩の範疇を容易に超える。流れるような応酬は、砂煙と共に、心を揺さぶる熱気を撒き散らした。

 様子を眺めていた観客たちが、思わず応援に身を乗り出す。

 アジナはそれを、名残惜しそうな目で見ていた。

 決して、自分がそこに加わることはない。


「……聖堂か。そう言えば、行ったことないな」


 ジックはパーティのメンバーと用事があるらしく、部屋に戻ったところで話し相手はいない。ノスタンの話を思い出し、アジナは行き先を決定した。

 ゼリアスの校門を抜け、王都ベルエナの城下町に出る。

 フラス大聖堂は、ベルエナの観光地として有名な場所の一つである。女神ヴィシテイリアを御神体とした由緒正しき聖堂だが、一般人にも立ち入りが許可されており、宗教らしい形式張った空気が嫌いな人でも、気軽に足を運べる場所だ。

 メインストリートから道は逸れるが、ゼリアスと同じ東区画にあるので、迷うことはない。外壁や王城の向きで自分の場所を大体把握できるのが、何気にベルエナの一番便利なところかもしれない。その代わり、端に逸れれば逸れる分、道は入り組んでくる。栄えある王都と言えど、人目の付きにくい場所の整理を怠る横着精神は同じらしい。露店と露店の間から伸びる道を幾つか見つけるも、行き止まりかどうかの判断がつきにくかった。


「……運、ね」


 細い路地を通りながら、アジナは過去を想起する。

 思えば、かつての自分は、今よりも、ずっと我武者羅だった。それこそ、気分転換で外に出るなんて有り得ない。そんな暇があれば、黙々と身体を鍛えていた。

 だがそれは……何年前の話だ。

 今は、そうしたくとも、できない。


「――初志貫徹!」


 粘り付く負の感情を、アジナは声を発して吹き飛ばす。


「不撓不屈! 粉骨砕身! 一心不乱! ――よしっ!」


 唐突に叫ぶ学生に、何事かと奇異の視線が向けられる。アジナはそれらを無視して、ひたすら自らを鼓舞した。今の自分を励ますのに最適な言葉を選び、それを吐き出す。最後に顔を上げ、アジナはスッキリした様子で再び歩いた。


「……ん?」


 唐突に、その足を止める。

 そして耳を澄ませた。最初は、先程の奇妙な行動を噂する声かと思ったが……違う。どこからか聞こえてくるのは、女性の悲鳴らしきものだった。二度、三度と、言葉にならない声が響く。痛みに耐えているような。怒りに狂っているような声だ。

 周囲を見渡す。聞こえている者もいるのだろう。だが、誰も動こうとはしない。


「……勇猛果敢」


 呪言を唱えるように、アジナは唇を震わせる。

 鞘に収まる剣に触れながら、声の聞こえる路地裏の方へと駈け出した。


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