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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
22/22

終章:これから

 席次試験は、何一つ不都合なく終了した。

 巨兵が起きていたこと。変異個体の巨兵が現れたこと。これらは探索においては非常事態に分類されるものの、迷宮そのものに欠陥があったわけではない。試験が終えても、特別なアナウンスが入ることはなく、後に待つのは淡々とした普段通りの日常だった。

 だが、度重なる地響きや、その後、突如訪れた圧倒的な力の流出は、試験に参加していた全ての生徒に衝撃を与えた。あの震動はなんだったのか。あの力はなんだったのか。試験終了後、様々な生徒が口論を交わした。独自に展開された考察は、伝播する度に少しずつ真実へと近づいていく。そして――程なくして、全てが暴かれた。


 剣無しアジナが、遂に聖剣を手に入れた。

 そんな噂が流れたのは、試験が終えて、僅か半日後のこと。

 アジナ=ウェムクリアが目を覚ましたのは、丁度、その頃である。


「……うわぁ」


 学生寮を抜け、グラウンドに出た瞬間、アジナは気怠い声を漏らした。前後左右から視線が突き刺さる。それも、今まで通りの敵意に満ちたモノではない。好奇の目や、奇異の目。そして、僅かに混じる――ギラギラとした、戦意剥き出しの目。


「噂、結構広まってるみたいだな」

「みたいだね……」


 隣で、親友のジック=ウォルターが、周囲を見渡しながら言う。

 溜息と共に、アジナは頷いた。


「あぁぁ、落ち着かない……」

「我慢しろ。……ま、皆の気持ちも、わからなくもないけどな」


 思わず顔を下げ、少しでも気を紛らわそうとするアジナに対し、ジックは呟いた。


「先日の、あの馬鹿でけぇ力。あれって、お前なんだろ?」

「た、多分……」

「だったら、自業自得だ。なんせお前は、俺たち勇者にとって、最高の朗報を届けたんだからな。……あんな目つきになるのも、無理はねぇぜ」


 ジックが顎で、近くにいる生徒を指す。

 その生徒は、まるで今にも襲い掛からんとする猟犬の如き瞳で、アジナを見ていた。

 同じ勇者である以上、アジナもなんとなく理解している。


 勇者にとって、戦いとは自らの存在価値そのものだ。戦えば戦うほど、勇者には充実感が生まれ、強くなれば強くなるほど、戦いに対する渇望は肥大する。戦いを経て強くなることで、更に厳しい戦いを欲す。物騒な永久機関が、勇者には組み込まれているのだ。


 そんな勇者たちにとって、今のアジナは、どういう存在か。

 剣無しのアジナが、遂に聖剣を手に入れた。その上、先日の威圧感の正体も、アジナだった。あれ程の力を――多くの人々の肌を粟立て、迷宮の魔物すら、行動を中断せざるを得なかった程の、尋常ならざる力の奔流を、あのアジナが引き起こしたというのだ。


 ――新たな好敵手の誕生。


 勇者たちは、期待せずにはいられない。

 腕試しがしたい。挑んでみたい。数多くの戦意を受けて、アジナは狼狽する。今までとは真逆の視線だ。嬉しいような、恐ろしいような。素直に喜べないのは確かである。


「良かったな。今後暫くは、嫌というほど実戦経験が積めるぞ」


 きっと、考えた末に絞り出したであろう慰めの言葉に、アジナは空の笑みで応えた。


「……っと、悪い。そろそろ行かねぇと」

「え」


 不意に、自分とは異なる方向へ歩み出すジックへ、アジナが引き攣った顔をする。


「悪いな。この後、パーティの面子で集まる予定になってんだ」

「いや、ちょっと待って! この状況で流石に一人になるのは――」

「はっはっは! 丁度良い! 今の内に注目されることにも慣れておけ! そんな調子だと、この先、ストレスでゲロ吐くぞ!」


 そう言って、ジックは瞬く間に消えていった。

 一瞬だけ、視線がそちらへ誘導される。だが、すぐにアジナの元へと返ってきた。いざという時は頼りになる癖に、こういう、些細な時に限ってジックは薄情なのだ。

 一人となることで、余計に周囲の喧騒が気になってきた。


『随分と賑やかね』


 アジナが一人で教室に向かおうとすると、次は脳内から声が聞こえる。昨日は、この上なく頼もしかったその声も、今となっては落ち着いて対応することができた。


「半分は君のせいでもあるだろ。ローゼマリア」


 そう返事をしたアジナに対し、聖剣は、僅かに間を置いた。


『……ねぇ。やっぱりその名前、微妙じゃない?』

「え、そう? これでも真剣に考えたんだけど」

『だって、私って、ほら。可愛いイメージでしょ? カレンとか、ティアラとか。もっと相応しい名前があったと思うけど』

「可愛いって……ぷっ、くくくっ!」


 聖剣の物言いに、アジナは我慢できず、噴き出した。


『何よ?』

「いや、聖剣も冗談を言うんだね」

『……あら? あらあら? もしかして、喧嘩を売っているのかしら?』

「そんなことないよ」

『そう。なら良いのだけれど。ま、青臭い感性には、難しいのかもね』

「粘着女」

『おこちゃま』

「悪女」

『虚弱体質』

「それはもう治った――って、ん?」

『はい私の勝ちー』


 悪口の叩き合いに勝利したローゼマリアは、意味もなく勝ち誇る。そんな相棒の声を無視して、アジナは前方に視線を向けた。見覚えのある複数の人影が、こちらに近づいてくる。それぞれの顔を認識してから、アジナは足を止めた。


「……よぉ」


 かつて、自分を虐げていたその男。ハンスは、申し訳無さそうに声を出した。取り巻きである二人の男子も、似たような表情を浮かべている。


「まぁ、なんつーか、本当に今更だし。これも、自己満足かもしれねぇけどよ……」


 後ろ髪をわしゃわしゃと掻き、ハンスは言葉を選ぶ素振りを見せる。

 アジナは一言も声を発さず、次の言葉を待ち続けた。


「今まで、悪かった」


 誠意は態度で表す。そう言わんばかりに、ハンスは腰を折って謝罪する。

 取り巻きの生徒二人も、ハンスに見習ってお辞儀した。真っ直ぐに、地面だけに顔を向けて、三人はアジナの返答を待っている。アジナは暫く黙っていた。だが、その顔が上がる様子は無かった。周囲の視線も気にせず、ひたすら頭を下げ続けるハンスたちに、やがてアジナは溜息を吐いて苦笑する。


「いいよ。許す」


 そう告げて、頭を上げるハンスの目の前に、アジナは右手を差し出した。


「これからは、正々堂々、競い合おう」


 アジナの言葉を聞いて、差し出された掌を見て、ハンスは漸く笑った。以前の、嫌らしい笑みではない。全てが吹っ切れた、爽やかな笑みだ。そちらの方が似合っている。


「――あぁ」


 互いに握手を済ませ、やがて、二人は別れた。

 変わっていく。これまでの日常が、ひとつの変革によって再構築されていく。それはアジナにとって、非日常そのものであり……新たな日常の礎となるモノだ。自分が変われば周りも変わる。同じように、周りが変われば自分も変わる。――変わることができる。


『根は、いい奴なのかもね』


 聖剣の一言に、内心で相槌を打つ。

 いつしか、ハンスに対する恨みは完全に消えていた。これからは、彼も好敵手となるのだろう。片方が虐げられるような一方的な関係ではない。対等な関係だ。


「……これから、か」


 自ら口にした言葉を、再び唱えてみる。

 自分の世界が、次々と変化していく。この流れを止めちゃいけない。聖剣を手に入れたからと言って、元の日常に回帰しては意味が無い。寧ろ、これからだ。自分はまだ、スタートを切っただけに過ぎないのだから。これで漸く、他の勇者と並ぶことができる。


 退学の件も無事に解決したことで、アジナは今後もゼリアスに通い続けることが可能になった。試験でアジナが落下した層は、どうやら六層であったらしい。五層以下に到達したことは勿論、聖剣を手に入れたアジナを追い出す理由は、最早どこにも存在しない。

 一件落着どころか、多件落着。抱えていた問題が、纏めて解消された。


 問題の解決は、新たな変化でもある。

 聖剣を手にした自分の日常は、これから劇的に変化するだろう。

 いや、変化は既に、起きているかもしれない。


「なんか、濃くなっている気がするんだよなぁ……」


 左肩を撫でながら、アジナが言う。

 昨日、アジナは乖離石の反動で気絶し、そして今朝、日頃の就寝後と同じように目覚めた。同じようではあるが、風呂にも入ってなかったし、傷も完全には癒えていない。一先ず、汚れきった服を脱ぎ、湯水に染みる傷に耐えながら、ふと、鏡を見て。アジナは違和感を覚えた。

 気のせいでなければ、勇者紋章が、濃くなっている。


『気のせいよ、気のせい』

「そう、だよね。紋章の色が変わるなんて、聞いたこと無いし」

『ええ』


 勇者紋章は、初代の血を如何に引き継いだかを証明するもの。つまりは血液中の、特定の成分の濃度だ。それが変動するということは、喜ばしいどころか、一種の病のような気がしてならない。

 不安がるアジナに、聖剣は適当な声音で宥める。


『修羅因子の目覚め……相当、初代に気に入られたみたいね』


 何か、呟いたような気がした。

 しかし、聞き覚えのない単語が出たせいか、アジナは理解できずに首を傾げる。

 性悪な彼女のことだ。どうせまた、不安がる自分を馬鹿にしたのだろうと考え、アジナは追求しなかった。


「……ぁ」


 その時。前を見据えるアジナの瞳が、見知った銀髪を映した。

 少女と視線が交差する。そして、どちらからともなく、微笑んだ。彼女の赤紫の瞳が優しい色を灯す。アジナもまた、嬉々とした表情で彼女へ歩み寄った。


 ふと、試験前、彼女と会話したことを思い出す。

 今こそ、自分もパーティに所属するべきだ。この変化を止めないためにも。更なる成長を遂げるためにも。聖剣を手に入れて、新たな道を歩み始めた自分にとって、パーティは良い道標となるだろう。好敵手も必要だ。だが、勇者には、仲間も必要だ。


 今更、適当なパーティに所属したって、きっとうまくいかない。ならいっそ、自分たちで作るべきだ。新規のパーティ。そのメンバーとして、まずは彼女を誘おう。


『今日はお客様が多いわね』


 アジナが今後の方針を定めていると、聖剣がそんなことを告げた。


「そうだね。でも、嬉しいことだ」

『ええ。……と言う訳で、もう一人、来てるわよ』

「え?」


 その一言と聞いて、アジナは横へ顔を向ける。

 そこには、不敵な笑みを浮かべる赤髪の少女。ファナ=アクネシアがいた。


「やっと、ね。待ちかねたわよ」


 口角を吊り上げ、獰猛な笑みを浮かべるファナ。待ち遠しかった日々との決別を、噛み締めるように。その唇を、ゆっくりと開く。


「アジナ=ウェムクリア。あなたを、スフィリアへ招待するわ」


 極限の集中状態が時の静止を促すものだとすれば、ファナの告げた言葉は、時を凍らせるものだった。言葉の意味を理解して、身体ごと思考を硬直させるアジナ。目の前のファナは、相変わらず自信に満ちた笑みを浮かべており、その後方には、こちらを見つめているサイカの姿があった。話を聞いていたのだろう。真っ白な頬からは赤みが抜け、彼女は顔面蒼白となりながら、口元を小刻みに動かしていた。


 望もうと、望まなかろうと、今のアジナには変化が訪れる。

 アジナ=ウェムクリアのこれからは、波乱万丈であることが約束された。


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