表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
2/22

剣無しのアジナ(1)

 最高の聖剣とは、なんだろうか。

 名高い刀匠の作品よりも美しく、魔の力を宿す武具よりも頼もしい。ありとあらゆる神秘を司り、森羅万象にさえ届き得る存在。それこそが、聖剣だ。しかし、その上で更に最高となれば、それは一体、どんなものなのだろうか。

 答えは、かつての英雄たちが示している。剣聖オルガが使っていた、聖剣ベルスリュート。竜騎士ラグナが使っていた、聖剣マグナイース。そして、血閃騎カティナが使う、聖剣ラフェストラ。これらはまさに、最高に相応しいとされる聖剣だ。

 だが、ここで疑問に思う。何故それらは、最高の評価を受けているのか。切れ味か、色合いか、それとも拵えられた装飾によるものか。――否。

 それらの共通点は、ただ一つ。即ち――。


「――って感じのレポートを出したんだけど、普通に駄目だった」

「当たり前だ」


 小さな部屋で、二人の少年が向かい合う。

 耳を澄ませば小鳥の囀りが聞こえた。僅かに開けた窓から、肌寒い風が吹き抜ける。季節は春だが、この日は暖かさよりも寒さが目立つ気温だった。

 一人はベッド脇に背を預け、もう一方は胡座をかきながらテーブルに頬杖をつく。

 窓辺から差し込む朝日は、散らかった部屋の有様を露わにした。


「課題内容からそれ過ぎだ。ただの持論じゃねぇか」

「これはこれで、真面目に書いたつもりなんだけどなぁ……あぁ、捨てるの勿体無い」


 自らのレポートを読み上げた灰髪黒目の少年は、ルームメイトの冷たい反応に口を尖らせる。手元にある紙束を背後の二段ベッドに放り投げ、軽く背筋を伸ばした。中肉中背の平々凡々とした容姿だ。その瞳には、一切の気力を感じない。それは眠気からくるものではなく、少年の瞳は普段から覇気を失っていた。若人らしくない。諦念の末、遣る瀬無い気持ちと共に、死を待ち侘びる老人のような目だった。


「大体さ、課題も課題だよ。現代の勇者の成り立ちを説明せよって、こんなの誰でも知ってるじゃん。初等部の生徒じゃあるまいし、今更何を説明すればいいんだ」

「教師の心遣いだろ。素直に受け取っておけって」

「これでも、頭は悪くないんだけどなぁ」

「頭はな」


 聞き手であった少年は、そう言ってテーブルに手を付いて腰を上げる。

 それだけで、天井に触れてしまいそうな長身だった。実際は手を伸ばさなければ触れられない高さなのだが、それほどの迫力を見せたのは、彼の逞しい巨躯だろう。獣と人の特徴を併せ持つ獣人という種族に属する彼は、その中でも猪の血を引いていた。筋骨隆々の肉体は、薄い衣服を今にも突き破らんとしている。

 灰髪の少年は、立ち上がった彼の姿を眺めつつ、ポツリと呟いた。


「……豚のくせに」

「俺は猪だ!」


 口元から覗く牙は、確かに豚にはない特徴だ。しかし、彼の体毛は薄桃色だった。頭頂部から生える桃色の鬣は、彼を猪よりも豚に近づけている。

 怒鳴り散らした猪の獣人は、窓を閉じて鍵を掛ける。


「んなことより、そろそろ準備するぞ」

「ああ、もうそんな時間か」


 時計を見て、灰髪の少年は立ち上がった。


「あれ? ジック、鞄は?」

「今日はいらねぇだろ」

「それもそうか」


 獣人、ジック=ウォルターはベッド上段から一枚の服を手に取った。手慣れた様子でそれを羽織り、湧き出る欠伸を掌で隠す。短く刈り揃えられた彼の頭髪は、別段、整える必要がない。袖を捲り上げ、ジックは膨れ上がった腕の筋肉を外気に晒した。

 対し、灰髪の少年も、ジックと同じような衣服を身に纏う。


「これを着るのも、久しぶりだね」


 胸元に刺繍された校章を、指で撫でながら少年は言った。


「学年が変わっても、これ着るのは変わんねぇのな。面倒臭ぇ」

「そうかな。僕は結構気に入ってるけど」

「そりゃ、お前の村人ファッションと比べりゃ、マシだろうよ」

「村人が村人の格好をして何が悪いんだ」

「今は村人じゃねぇだろ」

「まぁ、そうだけど」


 軽口を叩き合いながら、二人は準備を済ませる。


「おい、忘れ物だ」


 灰髪の少年が玄関に触れたところで、ジックが声を掛けた。振り返ると同時に、細長い物体が視界を覆う。慌ててそれを受け取った少年は、不貞腐れた目をした。


「嫌なら置いていけよ」

「……そういうわけにもいかないよ」


 鞘に収まった剣を、少年は溜息と共に佩いた。左腰に、慣れ親しんだ重みを感じる。


「今日は寒いな……」


 玄関を開いたジックに、少年も続く。

 そこで、ふと、何かに思い至った少年は、襟元に手を入れた。首に吊るされた銀色の鎖を摘み上げ、その先端についている宝石を掌に乗せる。

 持ち上げたネックレスを見つめつつ、少年は過去を想起した。


「……よし!」


 自身の覚悟を思い出し、活気を呼び戻すために声を発す。


「行くぞ、アジナ」

「うん!」


 灰髪の少年、アジナ=ウェムクリアは、吊るした剣を揺らしながら歩を進めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ