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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
19/22

最高の聖剣(5)

「せィ! ハァ――ッ!!」


 三層の攻略開始から――数刻が、経過した。

 二層と比べ、戦闘の数は少ない。だが、戦闘に掛かる時間は確実に長くなっている。

 層が深くなるに連れて、魔物は明らかに強くなっていた。単純に膂力が強い魔物もいれば、敏捷力や擬態能力に特化している魔物など、それぞれが飛び抜けた個性を持ちつつある。これまで通りの、単調な戦法では凌ぎきれない。


「シ――ッ」


 赤髪を翻し、ファナが魔物の顔面に拳を当てる。

 相対する魔物は、尻尾を鞭のように撓らせる猿のような魔物、ウィップモンキー。野生のウィップモンキーは主に森林など、樹木のある環境を住処にするが、『霊樹の墓』にそのような場所はない。従って迷宮に棲息する彼らは、自ら岩場を加工し、細長く、木々の枝葉のようにしていた。アジナたちにとっては、岩でできた、棘だらけの地形。ウィップモンキーは、前後左右から、雨霰のように襲い掛かる。


「く、このっ!!」

「ぶっ飛べ、こんちくしょうッ!」


 ジックが荒々しい一撃を、可能な限り連続する。その撃ち漏らしを、サイカは的確に斬り伏せていた。唯一、ファナだけが、息を切らすことなく無言で対処している。

 ファナに近づく魔物は、確実に討伐できる。ジックも、サイカのフォローが重なることで確実に魔物を倒している。アジナは、自分を標的に定める魔物のみ相手にしていた。

 それでも、数が多い。ゴブリンやショットハウンドと違い、ウィップモンキーは徘徊型の魔物ではない。運が良ければ遭遇しないが、運が悪ければ彼らの巣に行き着くことがある。アジナたちは探索の末、ウィップモンキーの住処へと足を踏み入れてしまった。

 外敵とみなされ、次々と戦力が送られてくる。敵の一体が、足場である棘の先端を尻尾でへし折った。円錐型の弾丸であるそれを、器用に投げ飛ばす。視界の片隅でその動作を確認していたアジナは、剣を斜めに構え、投擲された棘を受け流した。


「撤退だ!」


 ジックが大声で告げた直後、その首元にウィップモンキーの尻尾が絡みついた。第一階梯の聖剣で強引に尻尾を切断し、拘束を免れる。


「撤退って、どこに!?」

「知らん! 今から俺が道を作るから、黙ってついて来い!」

「ああもう了解!」


 満足に返答をする暇はない。アジナは声を発しながら、ウィップモンキーの尻尾を回避する。同時に、ジックが第二階梯の聖剣を解放した。聖剣『デイセントローズ』で、真正面の魔物を一掃。攻撃直後、無防備となるジックの背中を、サイカが死守する。

 脇目もふらず、アジナたちはジックの作った道を進んだ。


「追って来てるか!?」

「来てる!」

「あそこ、横道が……っ!!」


 振り返れば、ファナが時折、近づいてきた魔物を撃退している。アジナたちは、サイカが見つけた横道へ全速力で逃げ込んだ。そのまま油断することなく、岩場の凹凸へ身体を押し込む。全員が隠れた直後、すぐにウィップモンキーたちが目の前を横切った。

 群れから外れた一体のウィップモンキーが、横道に入る。

 手前の方にいたファナが、素早く腕を伸ばし、その首を締めた。


「た、助かった……」


 アジナが安堵すると共に、ジックが奥の方から戻ってくる。あの巨体を隠すだけの岩陰があったのは僥倖だった。


「油断しては駄目よ。すぐに戻ってくるわ」


 横道の入口から、サイカが顔を覗かせて周囲を見渡す。過ぎ去って行ったウィップモンキーたちも、暫くすれば巣に戻る。その際、この場に留まっていれば、次こそは発見されるだろう。サイカの一言に、アジナは緩みかけていた気を引き締める。


「向こうに、道が続いているみたいだ」

「……行こう」


 奥を見てきたジックが、その先へ進むことを提案する。先程と同じルートでは、再びウィップモンキーの巣に辿り着くだけだ。引き返せば別の道もあるが、その場合も、過ぎて行ったウィップモンキーたちと遭遇する可能性がある。疲労も馬鹿にできなければ、浪費した時間も馬鹿にならない。戦闘と休憩の繰り返しでは探索は進まないのだ。アジナ首を縦に振り、ジックの提案に従った。

 入り組んだ地形を、足元を確認しながら進んで行く。

 やがて、狭い洞窟のような光景は、開けた空間と共に終わりを迎えた。


「これは……」


 先頭を歩いていたジックが、目の前の光景に立ち止まる。

 渓谷を繋ぐ、岩でできた吊橋。無論それは比喩表現で、実際は人の手などが一切介在していない、ただの細長い足場である。左右を見渡しても渓谷の途切れ目は見えない。その深さも、先を覗けば闇のみが存在しており、果てが見えなかった。

 向こう岸には、洞窟の入口らしきものがある。

 行き止まりではない。しかし、進むならこの狭い足場を渡るしかなさそうだ。

 足場は狭いとは言え、それぞれが一列になれば、なんとか通れる幅だ。橋に近づき、アジナは先へ進む意思を見せる。――が、不意に腕を掴まれ、引き戻された。振り向いたアジナの口が、掌で塞がれる。添えられた手はファナのものだった。彼女は無言でアジナに黙るよう促し、次いで視線を上に向ける。天井に、大きな蝙蝠のような魔物が張り付いていた。こちらに気づいている様子はない。恐らく睡眠中なのだろう。ファナの意図を察したアジナは小さく頷き、魔物を起こさないよう小声で尋ねる。


「引き返した方がいい?」

「音を立てなければ大丈夫よ。あの魔物には、視覚がない」


 だが、目を凝らせば、魔物は天井だけではなく、壁の側面にも張り付いていた。これだけの数が一斉に襲い掛かって来れば、流石のファナも捌き切れないだろう。


「先導するわ」


 見本を示すべく、ファナが橋を渡る。腰の高さは一定で、重心の安定した歩法だ。音は立たず、気配も薄れる。真似はできないが、参考にはなるものだ。

 全体の三分の一を通過した辺りで、ファナがこちらに視線を寄越す。

 次は、アジナが行った。基本的に落ち着いていれば、物音を立てることはない。慎重に歩を進めつつ、腰の鞘に手を添え、金具が音を立てないようにする。アジナに続き、サイカが、そして最後にジックが、橋に足を乗せた。

 大丈夫。問題無い。頭上を一瞥し、アジナは再び歩む。

 後もう少しで向こう岸に着く。ファナに至っては、残り数歩。ジックもサイカも、焦っている様子は見えない。このまま何も起きなければ、無事に全員が通過できる。

 そう。予期せぬ出来事さえ、起きなければ――。


「――ッ!?」


 突如、巨大な震動が空間を揺るがした。

 並外れた地響き。発生源はここではない何処かだ。遠くから響いたソレが、この空間にまで影響を及ぼしている。橋には罅が入り、壁の一部は剥がれ落ち、頭上からはパラパラと砂粒が降り注いだ。重心を低くして、アジナは崩れそうな体勢を立て直す。


「な、何が――」


 駄目だ。声を出したら……という思考が、一瞬だけ浮かぶ。だが、その逡巡に意味はない。アジナの声など、今の地響きに比べれば虫の羽音だ。


「やべぇ、最悪だ!」


 事態をいち早く察したジックが、声を荒げる。

 直後。――天井や壁。そして、橋の裏側に張り付いていた蝙蝠型の魔物が、歪な鳴き声と共に、一斉にアジナたちへと襲い掛かった。


「くっ!? 間に合わな――」


 飛来する魔物に対し、サイカが掌を差し向ける。だが、間に合わない。聖剣を抜刀するよりも先に、蝙蝠がサイカの柔肌を汚す。


「させるかッ!」


 唯一、始めの抜刀だけは、通常の剣の方が速い。

 アジナはその特徴を最大限活かし、抜刀した剣で蝙蝠を斬る。サイカの眼前で死体と化した魔物は、そのまま何かに触れることなく、底の見えない暗闇へと落ちて行った。

 その一瞬で、ジックとサイカは第一階梯の聖剣を解放する。

 次はサイカが、アジナ目掛けて飛んで来る魔物を、一刀のもとに斬り捨てた。


「走れ! まだ間に合う!」

「駄目、数が……!」


 前方の三人に声を掛けるジック。だが、その目の前ではサイカが魔物相手に苦戦していた。ジックの元にも、無数の蝙蝠が飛んで来る。巨大な蝙蝠の群れは、四方八方からアジナたち全員に襲い掛かった。特にジックの巨体は格好の的なのだろう。ジックは全てを叩き落とすことは不可能だと悟り、いくらか蝙蝠の攻撃を受けながらも前進した。

 その時、足元に大きな亀裂が走った。


「橋が、崩れ――っ!?」


 細長い足場が、中央から徐々に崩れ始める。亀裂に追いつかれるよりも早く、アジナたちは橋から離脱した。最後尾のジックとサイカは、踵を返し、元の横道の方へ。アジナとファナは向こう岸の、洞窟がある方へ、急いで移動する。

 走りながら、アジナは蝙蝠を斬る。その時、自らを無視して真横を通り過ぎる、数体の蝙蝠を視認した。直後、疾駆していた足を止める。振り向いて剣を閃かせた。

 サイカの背中目掛けて飛行する蝙蝠を、ギリギリの所で斬る。

 間に合った。――だが、自分の方は間に合いそうにない。


「アジナ!」


 足の裏から、地面に触れている感触が消える。

 最後に聞こえたのは、サイカの叫び声。

 深い闇の底へと、アジナの身体は落ちて行った。


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