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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
18/22

最高の聖剣(4)

 三層は二層と比べると、やや複雑な地形だった。二層のように巨大な湖はない。一層と同じように、岩陰や段差などに注意しなくてはならない環境だ。

 先頭を歩くジックが、傍にある横穴に目をつける。ファナが後方を確認する中、道を進んだ先には、二つの大きな部屋と、行き止まりを示す壁だけが存在していた。ジックは周りに何かないか。或いは何かいないかを確認した後、小さく呼気を漏らして言う。


「丁度良い。ここで休憩にしよう」


 ジックの提案は適切だった。状況的には袋小路に迷い込んだものだが、このチームの戦力ならば、三層の魔物を正面突破することができる。幸い、階段も近い。いざとなれば逃げることも可能だし、一時的な休憩所としては、ここは十分条件の整った場所だった。


「俺とファナが、入口側の部屋で見張りをしている。その間に、アジナとサイカはこっちの部屋で休憩しておいてくれ」

「でも、それじゃあジックたちは……」

「心配すんな。俺たちも、適当に気を休める」


 二層での戦闘は、魔物の数が多かった。活躍しているのはジックとファナだが、そのフォローとしてアジナやサイカも度々、剣を握っている。討伐数はともかく、戦闘回数はほぼ平等と言えるだろう。ならば、より疲労しているのは当然、実力の低い者たちだ。


「……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 サイカが承諾すると共に、アジナも渋々頷いた。壁に凭れ掛かり、地面に腰を下ろす二人の姿を見て、ジックは一安心、と息をつく。少なくとも迷宮では、気遣いは美徳に含まれない。この場で口論する暇があれば、少しでも体力を回復させるべきだ。

 無言で指示に従うファナは、隣の部屋へ移動する。

 ジックも、すぐに見張りの位置についた。

 魔物の姿はない。警戒を僅かに緩め、ジックは腕を組んで壁に凭れ掛かる。ファナも同じように、壁に背中を預けた。彼女は腰に吊るしていた時計を持ち上げ、小さく呟く。


「……七層は、無理そうね」

「そこまで行くつもりだったのか」


 通常なら無謀であることを、無謀と思わせないのがファナの凄いところだ。場合によっては、危険なところでもある。


「勘弁してやってくれ。これ以上は、あいつがぶっ倒れる」

「難儀な体質ね。医者には掛かったの?」

「ああ。でも回復しなかった」

「そう……」


 どこか、尾を引く相槌に、ジックが眉を潜める。何かを考えている素振りをファナは見せる。その眼、この場にいない誰かを思い浮かべているモノだ。


「でも、どのみち五層には行くんでしょ?」


 平然と、そう言ってのけるファナ。

 ジックはその言葉に、暫く硬直した。――してしまった。


「なんの、ことだ?」

「スフィリアの情報網を舐めないことね。この席次試験で五層へ到達できなければ、アジナは退学なんでしょ? そのくらい、知ってるわ」


 再び、硬直する。無言は肯定の証明だ。ジックは隠し通すことを諦めた。

 ゆっくりと首を縦に振り、質問する。


「サイカも、そのことを知ってるのか?」

「さぁ? 知らないんじゃない」

「……だろうな。知っていたら、もっと必死になってるか」


 ファナは兎も角、サイカはアジナに親切だ。これを親切、の一言で片付けていいかは不明だが、当事者ではない自分たちが勝手に想像するのはよくないだろう。ともあれ、サイカ事情を知らない。……良かった。彼女こそ、責任に追い詰められそうだから。


「ま、良いわよ。協力するわ。……私としても、あいつが退学するのは困るし」

 ファナの小さな呟きが、耳に届く。その意味ありげな言葉に、ジックは、以前から気になっていたことを尋ねることにした。


「お前、アジナに興味があるのか?」

「……そうね。あるわ」

「ほぅ」


 意外にも、ファナは簡単に肯定した。ジックは意味深に笑みを浮かべる。


「多分、あんたの思っているのとは違うわよ」

「いやいや。そいつは説明してくれないと、わかりませんなぁ」


 嫌らしい笑みで、ジックはファナに告げる。

 ファナの口から、大きな溜息が漏れた。そして、面倒臭そうな瞳でジックを見る。口は開かない。暫くの間、沈黙が続いた。


「……勘がいいのよ」


 互いに体勢を変えた頃、漸くファナが口を開く。正直、このまま無言を貫かれると思っていたジックは、驚きに目を丸めた。


「昔から、私は勘がいい。……特に、相手の実力。……誰が、どの程度強いのか。私はそれを、直感で理解することができる」


 信じるか信じないかは、お前次第だと。ファナは目で告げる。

 ジックは視線を逸らすことなく、真摯な態度で、話に耳を傾けた。


「その勘が、あいつに反応してんのよ。なんでかは、知らないけれど」


 小さく吐息を零し、ジックは首を縦に振る。


「正直、半信半疑だったわ。……だから、模擬戦で確認してみた」

「模擬戦って言うと、スフィリアの学生寮でやったアレか?」

「ええ。……ま、結論としては、思ったより弱かったけど」


 僅かに、残念そうに告げるファナを見て、ジックは気づいた。

 あの時、ファナはアジナの実力を高く見積もっていたのだ。だから、彼女はアジナが想像以上に弱かったから、落胆したのではない。期待が外れたから、落胆したのだ。アジナが「落ちこぼれ」に相応しい実力であると、周囲の誰しもが理解している中、ファナ=アクネシアだけは、初めてそれを理解したのだ。


「でも、片鱗は見えたわ」


 先程とは一転。今度は僅かに嬉しそうな様子で、ファナは語る。


「実際に剣を交えて、幾らかわかったことがある。……どういうわけか、あいつは土台だけは整ってる。重心の据え方や、視線の配り方が出来上がっていた。……極めつけは、あの奇抜な剣術ね。粗は多いけれど……我流にしては、剣筋に迷いが無さ過ぎる」


 次第に、頭の中で疑問が沸騰したのか。ファナは口を止めなかった。

 彼女の口から漏れる思考を、ジックは無言で聞き続けている。


「器用かと思えば、大雑把で、無謀な動きもする。無駄も多いし……まるで、そう。子供が作ったような、剣術。……なのに、練度が高い。少なくとも、即席の剣じゃないわ。あれは、ある程度、完成している剣よ」


 だが、アジナ=ウェムクリアに、その剣を完成させる体力はない。アジナが昏睡体質であることは、ゼリアスでも広く知れ渡っている。ファナもそれを知っているからこそ、上手く断言できずにいた。あれは、本当にアジナが培った技術なのか。


「凄いな」


 ジックは、素直な感想を述べた。

 突拍子もない返答に、ファナは怪訝な表情を浮かべる。だがジックは、嬉しそうに。本当に、心の底から喜ばしいといった様子で、口を開く。


「見ただけで、そんなにわかっちまうモノなのか」

「何が言いたいのよ」

「ファナ。お前の予想、殆ど当たってるぜ」


 再び、ファナが怪訝な視線をジックへ寄越す。

 何から説明するか。……ジックは言葉と順序を選びながら、その口を開いた。


「俺とアジナは、幼馴染なんだ。同じ村で育って、同じ時期に王都に来た」


 丁度、一年前のことだ。アジナとジックは、共に村を出て、共にゼリアスの高等部に入学した。村にいた頃からの、長い付き合い。腐れ縁は今も続いている。


「だから、知っているんだ。村にいた頃の、あいつを。……あいつがまだ、あんな体質でなかった時のことを、俺は知っている」

「……どういうこと?」


 聞き捨てならない台詞があった。そう言わんばかりに、ファナは眦を鋭くする。ジックは目を細め、懐かしく、それでいて、今の自分を象った過去を、回想した。


「アジナは、元々身体が弱かったわけじゃない。……七年前、ある事故に巻き込まれてから、あいつは今の体質になったんだ。……村の外れで、火災が発生してな。俺を含む、村にいた奴らは無事だったが、偶々外に出ていたアジナだけ、被害を受けた。幸い、命に別状は無かったが、その時に何か、変なもんでも吸い込んじまったのかもしれねぇ。……以来、あいつは、簡単に気を失うようになった」


 そうして、アジナは今に至る。


「ただ、それ以前のアジナは、村でも特に活発な奴だった。ファナの言う通り、あいつの剣術の大抵は、その頃に積み上げたモノだ。ま、所詮は餓鬼の頃の技だから、今では殆ど通用しねぇけど。……本来ならば、あの剣は更に、洗練される筈だった」


 事故に巻き込まれさえしなければ。後遺症さえ、無ければ。アジナは確実に、成長する筈だった。ジックは寂しそうに。けれど、どこか楽しそうに続ける。


「実際、あいつの剣の腕は凄かったぜ。当時のアジナは、俺たち村の餓鬼共の中では、一番強くてな。何度挑んでも全然勝てねぇんだ。お陰でこっちは腹が立つのなんの。終いには村の餓鬼共全員で、アジナをぶっ倒そうって計画が出たくらいだ」


 記憶の中で、当時のジックが悔しげに表情を歪ませていた。今となっては、いい思い出だ。自然と笑みを浮かべるジック。だがその正面では、ファナが能面のような表情で、


「それで?」


 一刻も早く、その結果を知りたいと言わんばかりに。ファナは続きを促した。

 ジックは再び、頭の中で回想する。思い出の中の自分は、ボロボロになって地面に倒れ伏していた。その頭上には、満面の笑みを浮かべる親友がいる。


「……惨敗だった。辛うじて、俺が掠り傷を作ったくらいか。でも当然、アジナはそんなの気にも留めなかった。それどころか、惨めに負けて半泣きになっている俺たちに対して、あいつは笑いながらこう言ったんだ。『今のは面白かった。もう一度やろう』ってな。苛立ちより先に、悟ったぜ。……こいつには、どう足掻いても敵わねぇってな」


 他の村人ならまだしも、ジックはアジナと同じ勇者だ。二人の間に種族の壁は存在しない。だとすれば、この差は何なのか。ジックはそこに、運命らしきモノを感じていた。


「それが、今となっちゃどうだ。あいつは何もできやしねぇ。自信は喪失してるし、身体もみるみる衰えてる。……巫山戯んなって話だよな。俺はあいつに負けたんだぜ? 一生負けたままだって、覚悟したんだ。なのに、あんな調子じゃあ……俺が困るんだよ」


 アジナ=ウェムクリアは、自分を打ち負かした存在だ。何度挑んでも、どれだけ立ち上がっても、尽く薙ぎ倒してきた、強大な存在だった。――本気で、認めたのだ。この男の後ろ姿なら、見届けても良いと。大した奴だと、心が震えるくらいに感じたのだ。


「だから、あいつの世話をしてるってわけね」


 真摯に話を聞いていたファナが、どこか納得のいった様子で、呟いた。


「そうだ。見捨てられるわけがねぇ。……あいつがどう思っているかは、わからない。けど、少なくともかつての俺にとって、アジナは最大の目標だった。だから今も、期待してんだよ。……俺は、もう一度、昔みたいにあいつと競い合いたいんだ」


 願わくば、かつてのように。その背中を追い続けていたい。

 あの頃のアジナは、強く、逞しかった。そして、その後を追っていた自分もまた、今より強く、逞しかった筈だ。目指すべき場所が傍にあると、常に刺激を与えられる。少しでも怠けていると、ガツンと頭を叩かれるのだ。何をしている。お前が弛んでいる間に、俺はもっと先へ進んだぞ……と。その時の悔しさは、自分を燃焼させる糧となる。


「ファナも。似たようなことを考えてるんだろ?」


 過去を語る時は終えた。今の話し相手へ、ジックは言う。


「お前はアジナに、好敵手になって欲しいんだ」

「私、そこまで言ってないんだけど」

「眼を見ればわかる。……毎朝、鏡の前で、嫌になるほど見てきた眼だ。張り合える誰かを求めている。……自分を燃やしてくれる誰かに、飢えているんだ。違うか?」


 勇者の血とは、難儀なものだ。先祖の歴史が、遺伝子として身体に刻まれている。

 長い間、戦いにのみ没頭してきた証。自ら闘志を燃やすことの喜びが、常に念頭に置いてある。どうしても、それを振り解くことはできない。


「もし、この先。あいつが以前のように復活すれば。俺はもう、あいつと肩を並べることはできない。俺は、あいつの背中を追うだけで精一杯だ。だから、その時になったらお前があいつの傍にいてやってくれ。俺じゃあいつの、好敵手にはなれないんだ」


 アジナの背中なら、追い続けても苦ではない。別に、アジナに自分の行く末を委ねている訳ではなかった。はっきり言って、追いつけないという事実は、ムカつくことだ。けれど、ジックはそれでも良いと過去に覚悟した。その上で、また別の願望を得た。

 あの男が行き着く先。それを、この目で見てみたい。そう思ったのだ。


「……考えておくわ」


 それだけ聞ければ、十分だった。


「休憩は終わりよ。先に行きましょう」

「そうだな」


 ファナが奥の部屋へ、アジナたちを呼びに行く。ジックはその場に留まり、警戒を続けながらも軽く背筋を伸ばした。妙に、スッキリとした気分だ。長年、溜まりに溜まった本音を吐き出すことができて、心が余裕を持っている。


「よぉ、アジナ。休憩はもう十分か?」

「おかげ様で。ゆっくり休ませてもらったよ」

「そりゃ、見張りをしていた甲斐もある。サイカも大丈夫だな?」

「ええ。……余裕もできたし、少しくらいなら私が先導してもいいけれど?」

「心配すんな。こっちはこっちで、十分に休めたさ」


 サイカの気遣いに、ジックは内心で感謝する。

 最も、ここから先は第三層の山場だ。どのみち、魔物との戦闘は避けられない。目標まで残り二層。それで、アジナは退学を免れる。


「……気合い、入れねぇとな」

「ジック。何か言った?」

「なんでもねぇよ。……おら、さっさと行くぞ」


 今は消えてしまった、巨大な目標。だがそれは、今もこうして傍にいる。

 焦りはない。何故なら、信じているから。この男は、いつか必ず、再び自分の目の前に立ちはだかる。そして、自分を歯牙にも掛けない勢いで、昇り詰めていく。

 来るべきその時が、楽しみで仕方ない。

 ジック=ウォルターの心は、いつも通り希望に満ちていた。


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