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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
15/22

最高の聖剣(1)

 第一席次試験、当日。

 勇者養成学校ゼリアスの一角に、多数の生徒が集まっていた。高等部校舎の裏にある大きな空間にて、ある者は芝生に腰を下ろし、またある者は身体を解している。まだ朝早いこの時間帯、照りつける陽射しは校舎に阻まれ、その空間は日陰に飲み込まれていた。

 アジナ=ウェムクリアは、その影の中でも一際目立っていた。


「予想はしていたけど……」


 向けられるモノは、視線、視線、視線、そして敵意、嫉妬、羨望。

 ある程度は予測できたが、こうして経験してみると想像以上に生々しい。与えられる重圧に、アジナは周囲を見渡すことができずにいた。


 アジナの周囲には、三つの人影がある。

 桃色の頭髪を短く切り揃え、ジック=ウォルターは己の筋骨隆々の肉体を、盛大に見せびらかす。捲り上げられた制服の隙間からは、強靭な腕や脚が覗いていた。これで殴られでもしたら、きっと一溜りもないだろう。戦いの場に、これ以上相応しい風貌はない。


 次いで、その少し後ろに佇むのは、サイカ=フェイリスタンという少女。

 小柄で華奢な体躯に、滑らかな銀細工の如き長髪。赤紫の双眸を縁取る肌は、白磁のように透き通る。一見すれば、細くか弱い印象を抱くものの、その佇まいからは、どこか浮世離れした、抜身の刃のような雰囲気が漏れている。


 最後に、真紅の髪を揺らす、少女がいた。

 ファナ=アクネシア。スフィリアの一員である彼女は、見る者に憧憬と畏怖を共に抱かせる。安定した重心に加え、整った体幹が成す、独特の動き。周囲の全てが敵に見えているのか、琥珀色の瞳は鋭く光る。常人が、決死の覚悟を宿すことで漸く発することのできる覇気を、彼女は極々自然に垂れ流していた。

 勇者が集うゼリアスにおいても、特に濃い面子である。

 それだけに、先頭を歩くアジナの平凡さが、浮き彫りになっていた。


「難癖つけやがって……人脈も実力のうちだっての」


 周囲の様子に、ジックが悪態を吐く。


「それを承知の上で言っているんだわ。……他にやること、ないのかしら」


 同様に、傍にいたサイカも、吐き捨てるように言う。

 まるでゴミを見るようなその瞳は、周囲の喧騒を沈める威力があった。細められた赤紫の眼で射抜かれた生徒たちは、思わず明後日の方向へ顔を逸らす。

 そのまま、無言で暫く歩いた。

 ジックが然り気無く、アジナの隣に歩み寄って、耳打ちする。


「おい、どこが控えめな性格だ。見た目は子供かもしれないが、すげぇ怖いぞ」

「え、そうかな?」

「あぁ。なんか、ファナっぽい」

「いやぁ、それは流石に……」


 確かにサイカは、時折真っ直ぐに物事を言うが、それでもアジナにとっては、あたふたと慌てふためく姿の方が印象に残っている。

 一応、サイカの様子を見てみる。

 普段と変わらない、妙におどおどした態度だ。――しかし、ジックは見ていた。アジナが視線を向けた瞬間、サイカが驚きと緊張のあまり、表情を軟化させたのを。


「ところで、サイカのその服装って、もしかして自前?」

「え、ええ、そうよ。学校が貸し出している制服は、あまり自分に合わないから」


 自分たちと違い、サイカは上半身だけ、自前の服装を纏っている。露出は少ないが、布の材質を見るに軽装だろう。耐久性には期待できそうにない。


「……そ、その、変、かしら?」

「いや、いいと思うよ。似合ってるし」

「そ、そう……」


 銀色の髪を、指先でくるくると弄るサイカ。

 やはり、いつも通りのサイカだ。ファナに似ていると言われても、ピンと来ない。そう思い、アジナはジックに視線を配る。

 ジックは、物凄く微妙な顔をしていた。


「ジック、どうかした?」

「いや、なんでもない。お前がなんでもないなら、俺もなんでもない。……そういうことに、しておく」


 どこか諦念しているジックに、アジナは首を傾げる。

 ある程度、人が疎らな位置を見つけて、そこで一先ず落ち着くことにした。先頭のアジナとジックが腰を下ろし、後の二人もそれに続く。サイカは正座し、ファナは片足を立てるように座した。四人で円形を組むように、向かい合う。


 既に、席次試験は始まっていた。

 チームの編成、及び準備が終え次第、担当教諭であるノスタンに声を掛けることで、探索を開始する手筈となっている。今回の採点基準は、到達した階層だ。到達した階層が深ければ深いほど、チーム全員に高得点が配られる。


「で、このチーム。リーダーは誰なの?」


 全員が一息ついた後、それまで無言を貫いていたファナが口を開いた。

 一瞬の沈黙が場を支配する。そう言えば、全く考えていなかった……と、アジナは目を丸くした。しかし、周りを見てみると、何故か視線が自分に集う。


「そりゃあ、アジナだろ」

「え、僕?」

「お前が集めた面子だぜ。当然だろ?」

「私も、賛成するわ」


 すかさず賛同の意を見せるサイカ。これで、アジナに二票入った。

 投票の参加を促すよう、ファナを見る。しかし、その顔は何を考えているのかさっぱりわからない。流れに任せる、と言っているようだった。

 諦めたアジナは、少し狼狽えながらも、大きく息を吐く。


「じゃあ、僭越ながら務めさせて頂きます。まぁ、あんまり決めること無いけど」


 軽く頭を下げてから、何をするべきか考える。四人チームの探索は初経験だったが、やることは変わらない。アジナは全員を見渡しながら、口を開いた。


「先導はジックかファナに任せよう。僕とサイカは、二人が討ち漏らした魔物を優先的に倒す。……特に僕の場合は、殆どサポートに回ると思う」

「まぁ、妥当だわな」


 これについては全員、口にしないだけで理解しているだろう。


「ところで、さっきからずっと気になっていたんだが……それ、なんだ?」


 ジックの目が、アジナの腰に向けられる。


「ああ、これ?」


 アジナは自らの腰に吊るした、小さな巾着袋を持ち上げた。

 紐を緩めて口を開け、全員が見えるように、中身を掌に零す。一つ二つ、とゴロゴロと転がり出てきたのは、深い紫色をした小さな石だった。


「一応、念の為に……」

耐衝石たいしょうせきか。そんなのいるか?」

「準備は多いに越したことないよ」


 紫の石を再び袋の中に戻しながら、アジナは言った。

 耐衝石は、一定の衝撃を吸収する効果を持つ。戦闘時など、自分が怪我を負いそうになれば、この石を使うことで本来の衝撃を肩代わりさせることができるのだ。但し、使い捨てという欠点もある。数に限りがある以上、使い処をうまく見極めなくてはならない。


「それじゃあ、そろそろ行こう」


 粗方、話は済んだ。後は探索しながら調整すればいい。

 四人は腰を上げ、ノスタンの元へ向かった。


「お、準備できたか?」

「はい」


 虎の獣人、ノスタンがアジナの姿を確認し、そのチームに注目した。

 ノスタンは、今回の試験でアジナが負うリスクを知っている。だが、それを周囲に悟らせるような振る舞いはしなかった。とは言え、その面子には驚いたようで、


「これはまた、随分と個性的な面子が揃って……いや、無い。流石にこれはない」


 顔を引き攣らせながら、ノスタンは呻いた。


「もっと強いとこだって、いくらでもありますよ」

「別に、特別強力なチームがあったって問題にはならねぇよ。強い奴が強い奴と組むのは当然だ。しかし、お前らのチームは……個々の能力に差があり過ぎる」


 確かに、このチームはアンバランスだ。ジックとサイカはだけならば、まだなんとなかなる。しかし、最弱のアジナと最強のファナでは、実力差も実質、最大である。


「……駄目だ。制限をつけさせてもらう」

「えっ」

「いや、ちょっと。そりゃあいくらなんでも、不公平じゃありませんか?」


 ノスタンの下した結論に、ジックが食って掛かる。

 人脈が実力の内であることくらい、馬鹿でも理解している。例えば戦場で、戦力増強のために傭兵を雇うのはよくある話だ。力を借りられずに自滅するよりも、遥かに利口なやり方である。ノスタンも、それを知らない筈がない。


「確かに不公平だ。だがそれ以上に、これはアジナのためでもある。強すぎる味方が傍にいると、自分も強くなったかのように錯覚するからな。……それに、お前たちも制限されていれば、『迷宮の過信』を防ぐことができるだろう。試験とは言え、迷宮探索は油断すれば死人が出る。毎年、数人の犠牲者がいることを忘れるな」


 極めて真面目な説明だ。反論の余地はない。

 迷宮の過信、というものがある。

 人間の心理は思った以上に単調で、向こう見ずだ。物事が順調に進むと、それがいつまでも継続されると考えてしまう。「ここまでは全て順調」「今日は調子がいい」「なら、もっと先まで進めるかもしれない」といった思考の連鎖は、迷宮では御法度だった。人種を問わず、探索者はこれを迷宮の過信と呼び、戒めている。


「それに……」


 唐突に、ノスタンが声量を下げる。


「おい、アジナ。例の件、ジックは知ってんのか?」

「あ、はい。伝えています」

「そうか。……なら二人とも、ちょっと耳を貸せ」


 前に出ているジックとアジナにしか聞こえない声で、ノスタンは耳打ちする。


「アホか、お前ら。いくらなんでも、組む相手が極端過ぎだ。これじゃあ、たとえ五層に到達しても、本質的な問題は一切解決しない。適当に制限を施さねぇと、また、別の機会が設けられるだけだぞ。……わかってくれ。俺らのフォローにも、限界がある」


 話を聞きながら、アジナたちはノスタンの視線の先を追う。

 そこには、以前、アジナを貶めた教師がいた。こちらを睨み、様子を見ている。


「……成る程」

「す、すみません」


 後に来る正式な話し合いの場にて、アジナがスフィリアの力に頼っていることを咎められたら、ノスタンたちは沈黙するしかない。だから、そうならないよう今の内に、手を打っておく必要がある。ノスタンたちの反論を通すための、最低限の措置が必要だ。


「ちなみに、他には誰か知っているのか?」

「いえ。僕とジックだけです。他の二人には……話さないでおこうかと」

「賢明だ。下手に責任を感じて緊張されたら、実力が発揮できなくなるからな」


 一つ。アジナとジックは、事前に取り決めていることがある。

 例の件。つまり、この試験で五層まで到達できなかった場合、アジナが退学することについて。二人はこれを、ファナとサイカには伝えないように決めていた。

 その理由は、ノスタンの言う通り。だが、更に言えば、二人を余計なことに巻き込まないためでもある。探索での失敗だけなら、幾らでも励ましが効く。しかし、その後も責任を感じ続けていたら、彼女たちはずっと悩み続けることになる。ファナに関しては有り得ない気もするが、何かとアジナのためを想ってくれるサイカは別だ。


「さて、それじゃあ肝心の制限だが――」


 内緒話を終え、ノスタンは全員に通る声を発す。


「ファナ。お前の聖剣の使用を、禁止する」

「は?」


 先程まで納得の姿勢を見せていたジックが、再び呆気に取られた。しかし、目を丸めるジックの隣で、名を呼ばれたファナは、簡潔に一言。


「わかりました」


 了承の意を告げる。ジックは更に呆然とした。


「いや、あの、先生。それは、ちょっと……」

「いいから俺の言うことを聞け。――ファナ。大丈夫なんだな?」


 流石にそればかりは看過できないと、アジナは抗議する。だが、取り付く島がない。それどころか、ノスタンは自信に満ちた表情で、再度、ファナに尋ねた。


「はい」


 その顔は何を考えているのか、わからない。だが臆していないことは、わかった。

 答えを聞いて、ノスタンは満足気に頷く。意味がわからない。頭上に疑問符を浮かべるアジナに、今にも詰問を始めそうなジック。二人の様子にノスタンは改めて説明した。


「心配するな。ファナは聖剣を使わなくても、十分強い」

「そうは言っても……」


 聖剣は勇者にとって力の象徴。いや、勇者としての力そのものだ。

 中々頭を縦に振らないアジナに、ノスタンは小さな声量でファナに訊いた。


「おいファナ。お前の最高記録って、確か九層だったよな?」

「はい」

「その時、聖剣は使ったか?」

「いいえ」


 愕然とする。アジナも、ジックも、少し離れた位置で話を聞いていたサイカも。全員が例外なく、思考を停止した。当の本人である赤髪の少女は、何食わぬ顔でそこにいる。


「世の中には、色んな勇者がいるのさ」


 絶対に誰も納得してくれない言葉で、ノスタンは強引に話を続けた。


「これを知っているのは、俺みたいなマトモな教師だけだ。……あそこにいる馬鹿やその仲間たちは、自分の欲求に盲目だ。だから、生徒のことを何も知らない。今回は、それが仇となるわけだ。教師の仕事を舐めた罰だな……自業自得だろう?」


 教師としての矜持が許せないらしい。ノスタンは、鋭い口調で言った。


「……わかりました。ありがとうございます」


 深い感謝をアジナは示す。敵が多いからって、悲観することはない。自分には、同じくらい親身になってくれる味方が存在する。


「よし。んじゃ、そういうわけで、ファナはこれを付けろ」


 足元の道具箱から取り出した装飾品らしき物を、ノスタンは見せる。


「学校長が造った、呪詛入りの道具だ。俺にしか外せない上に、制約を破ればすぐに情報が伝わる仕組みになっている。ま、要するに不正防止だな」


 ノスタンは最後に、細長い円柱型の宝石をアジナに手渡す。


「今回の試験では、到達階層のみを成績の判断基準とする。素材の回収は任意だが、それによる加点はない。また、生徒同士の戦闘は禁止だが、迷宮内で臨時のチームを組むことは許可する。但しその場合、くれぐれも対立しないよう、細心の注意を払ってくれ。階層の記録は例年通り、チームのリーダーが一任する。階段を発見したら、今渡した記録石を使ってくれ。また、その際には必ず、メンバー全員の無事を確認するように」


 アジナは力強く頷いた。他の面々も、つられて首を縦に振る。


「他に何か、質問はないか?」


 ノスタンの問いに、手を挙げる者はない。

 アジナ、ジック、サイカ、ファナ。四人を均等に見渡した後、ノスタンは旅の門出を祝うように、盛大な声で告げた。


「よし、それじゃあ行って来い!」


 送り出すノスタンの声に、アジナたちは、各々の振る舞いで返してみせた。


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