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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
13/22

透明な悪意、不透明な善意(4)

 その屋敷の外観は、古めかしくも豪奢なものだった。

 眼前に佇む建築物の下から上へ、アジナは視線を移す。橙色に染まる空の下には、灰色の屋根があった。竣工はかなり古いのだろう。しかし、脆さは全く見えず、寧ろ荘厳な空気がある。煉瓦造の躯体で、二階建ての構造だ。建築様式こそ一般的だが、真っ白で繊細な窓枠や、ゆったりとしたベランダなど、他の建物とは一線を画する部分がある。一言で言えば、非常に絵になる屋敷。庭を彩る花々や、石畳に這う淡い緑の植物が、重厚な屋敷の雰囲気を程よく和らげてくれる。

 実際に足を運んだのは、これが初めて。けれどアジナは、ここを知っていた。


「ここが、スフィリアの学生寮……」


 パーティ制度の中には、専用学生寮の使用許可というものがある。

 元々、パーティ制度とは、ゼリアスの周囲に点在する建物を、有効活用するためのものだったらしい。生徒にある程度の団体を組ませ、優秀なグループには、彼らのみ使用できる居場所を与える。その恩恵を得た学生たちは、通常の学生寮ではなく、与えられたパーティ専用の学生寮での寝泊まりも可能となるのだ。

 スフィリアは、当然の如く、その恩恵を授かっている。

 最高峰と謳われるパーティの寮だ。その噂は、パーティに所属していないアジナにも届いていた。施設の充実は勿論、学校への距離も遠くない。勇者や聖剣のための鍛錬道具などは、いつでも無料で貸し出し可能とのことだ。おまけに使用人付きという、さながら貴族のような生活を、学生でありながら味わえると言う、伝説の寮。

 アジナとジックは、その伝説を、目の当たりにしていた。


「念のために聞いておくけど。ジック、アポは取った?」

「んなもん、現地調達に決まってんだろ」

「現地で調達できたら、アポはいらないよ……」


 などと会話しながらも、二人はスフィリアの寮へと足を踏み入れる。恐る恐る石畳を踏み締めるアジナとジックは、次の瞬間、すぐ傍に人影があることに気づいた。


「誰だ」


 僅かに刺の含まれた力強い声に、本能が逃走を促した。その衝動を全力で抑えつけ、アジナは壊れた玩具のように、ぎこちなく首を回す。

 そこには、茶髪の青年がいた。


「うちに何か用か?」


 アジナとジックを射抜く、鋭い視線。

 その顔を見たのは、数日ぶりのことだ。入学式の直後、アジナたちは彼らスフィリアの行軍を傍から見ている。目の前の青年はその時、先頭を歩いていた。ルービス=ハーメイル。それが、スフィリアの一員である彼の名前である。

 右の頬に刻まれた勇者紋章は、太陽の形。その色は最上級である、真紅だ。現代に生きる勇者の中でも、特に初代勇者の特徴を引き継いでいる。

 つまり、それだけ物騒な存在なのだ。


「いや、あの……」

「ええと、ですね……」


 先程までは気丈な素振りを見せていたジックも、ここにきて焦りだす。らしからぬジックの態度に、アジナもまた、普段通りに口を動かせない。


「ん? あれ、なんかお前、見覚えあるぞ」


 硬直するアジナたちの前で、唐突に、ルービスはそんなことを言った。視線はアジナの方を向いており、何やら顎に指を添え、考えている。


「あぁ、そうだ。ファナのお気に入りじゃねぇか」


 なんだその、物騒な呼名は――と思うも、決して口には出せない。言われたアジナは一瞬、顔を強張らせるも、すぐに綻ばせた。いつの間にか、ルービスの放つ覇気が薄れている。このタイミングは逃せないと言わんばかりに、アジナは素早く口を開いた。


「あの、実はファナさんに、用があって来たのですが……」

「ん、そうか。それじゃあセバス、応接間へ案内してやってくれ」

「――御意に」

「うわっ!?」


 突如、何もない空間から、一人の老人が現れる。

 もしかすれば、最初からその場にいたのかもしれない。しかし、だとしても、全く気配を感知できなかった。死角、盲点、それらを突くだけでは、足りない芸当である。そんな名のある暗殺者が持つような技術を、何故、ここで用いたのか。微塵も理解できない。

 これが、スフィリアか……二人は戦慄した。


「案内を務めさせて頂きます。こちらへどうぞ」


 黒い正装を着こなした、セバスと呼ばれる老人は、アジナたちにそう伝えた。伸びた背筋や整った体格は、精悍な印象を醸し出す。顔を見れば老人のそれだが、纏う空気はその真逆。顔に刻まれた皺も、まるで戦いの傷痕のように見えた。

 アジナたちは、一応の警戒心を胸に抱きつつ、セバスの案内に従った。

 寮の扉を潜ると、背後から一陣の風が吹き抜けた。スフィリアが持つ学生寮の、ロビーが二人の前に広がる。上品な色合いと模様を持つ絨毯に、柔らかそうなクリーム色のソファ。外装に劣らず、内装も凝っているようだ。廊下も横幅が広い。左右に飾られた壺や絵画は、きっと自分たちでは想像もつかない程の、価値があるのだろう。


「では、こちらで暫し、お待ち下さい」


 終始優雅な振る舞いを見せたセバスは、アジナたちを応接間へと案内した後、速やかに去っていった。宛てがわれたソファに腰を下ろし、二人は状況を、ゆっくりと分析する。


「……なんか、うまくいったな」

「うわぁ……とんでもないとこ、来ちゃったよ」


 身体を縮こませながら、アジナは周囲を見渡す。黒塗りのソファに、ガラス細工が施された木製のローテーブル。真っ白な壁に飾られる剣の刀身は、自身の顔を映していた。


「ここ、迷宮に喩えるなら、何層くらいだろうな」

「五、六層くらいかな……」


 自力では帰還できそうにない層である。

 今回、チームに加えようと画策しているのは、サイカの他に、もう一人。

 ファナ=アクネシア。彼女さえ誘えれば、席次試験は勝ったも同然だ。なにせ、ファナはスフィリアの一員。味方にすれば、これ以上頼もしい存在はいない。


 緊張を、呼気と共に吐き出す。

 数分も経たない内に、応接間の扉がノックされた。姿勢を正すアジナとジック。しかしその扉の向こうから現れたのは、赤髪の少女ではなかった。


「いらっしゃい。これ、つまらないものだけれど」


 紫紺の長髪を腰まで垂らす、美しい女性だった。入学直後の行軍では、ルービスの後ろにいた人物だ。あの時よりも、こうして目の前で見た方が、格段にその魅力が伝わってくる。その柔和な笑みは母性を彷彿とさせ、アジナたちを魅了した。


「ど、どうも」

「ありがとう、ございます」


 紅茶の注がれた茶器が二つ、アジナたちの目の前に置かれる。

 主導権を飲まれっぱなしのアジナたちは、一先ず礼こそできたものの、その視線は完全に女性へ釘付けだった。リセ=シュエリーハット。彼女もルービスと同じく、スフィリアの一員である。ルービスは高等部三年生、リセは高等部二年生だ。どちらもアジナたちより学年が高く、それだけに普段会うことのできるクラスメイトとは、異なる雰囲気を醸し出す。特に、リセからは、女性としての品格というものを感じた。


「ごゆっくり。ファナも、そろそろ来ると思うわ」


 女神の如き微笑みをして、リセは退室した。アジナたちの視線は、その後ろ姿に吸い込まれるかのように、リセの後を追った。


「綺麗な人だね」

「ああ。最早、芸術だな」


 深窓の令嬢とは、まさに彼女のような女性を指す言葉なのだろう。決して、胸が高鳴るわけではない。ジックの言う通り、精巧な芸術品を見た後のような余韻がある。


「ジックは、ああいう人が好みだった?」

「そうだけど……高嶺の花だからなぁ。俺はもっと、庶民的な方がいい」


 庶民的で、お淑やかな異性。素朴な感じだろうか、とアジナは適当に想像する。

 そんな風に女性の姿を想像している内に、時は更に過ぎ去っていった。


「おい、ちゃんとしろよ」


 徐々に顔を強張らせるアジナに対し、ジックが力強く言う。


「さっきまでのお前はどこにいった」

「いや、あの、正直、玄関前での立ち話程度にしか考えてなかったから……」


 ははは、と力なく笑うアジナの手は、震えていた。

 紅茶を入れたカップと、それを乗せる皿が、カタカタと音を鳴らす。


「先に言っておくが、ここでファナを仲間に引き込めなかったら、状況は絶望的だ。俺たちだけで五層ってのは……正直、かなり難しい」


 ジックの確認に、アジナは頷く。

 現時点では、どう足掻いても実力が不足している。今まで通り、ジックと二人で迷宮に挑もうならば、五層への到達は確実に不可能だ。希望を捨てる訳ではない。だが、少なくとも、今この瞬間に試練が降りることは、絶対にない。体質も、この瞬間に治ることは有り得ない。アジナは今、普通の剣しか持っていなし、仲間だって、数える程しかいないのだ。それが唐突に変化するなんて、考えてはいけない。

 だから頼る。少なくとも今は。

 そのためなら、なんだってしてやる。

 聖剣を手に入れるためにも。強くなるためにも――ゼリアスは、退学したくない。


「うん。もう大丈夫」


 アジナが心を落ち着かせた頃、カップの揺れも収まっていた。

 そして、部屋の扉が開く。


「待たせたわね」


 漸く、目当てである赤髪の少女――ファナ=アクネシアが現れた。ルービスやリセと違って、その服装は制服ではない。短い丈の黒色のパンツに、同じく丈が短く、袖なしの灰色シャツだった。地味な色合せだが、決して慎ましくはない。大きく露出している太腿や腹部は眩しく、一つに結ばれた鮮やかな赤髪は健在だった。そして胸部には、自己主張の激しい双丘がある。サイズの小さいその服では、とても抑えきれていない。

 今のファナの臍出しルックスは、大多数の男にとって目の毒になるだろう。アジナとジックは、こっそりと視線を逸らす。本人は、こういうところには無頓着なようだ。

 露出した臍の少し上にある、赤い薔薇のようなファナの紋章をアジナは一瞥する。四段階目の赤色。ルービスほどではないにしろ、十分な素質を備え持っている。


「それで、話って何?」


 早々に本題を尋ねるファナに、アジナは僅かに鼻白んだ。対面のソファに座ることもなく、彼女は扉のすぐ近くの壁に背中を預け、アジナとジックを見る。

 引き下がれない現状を、深く理解する。ただでファナが仲間になるなんて、毛頭、思っていない。靴を舐める覚悟はないが、土下座をする覚悟くらいはある。そのくらいで、スフィリアの一員たるファナの力を借りられるのであれば、安いものだ。

 アジナは、生唾を飲み込んで、声を発す。


「単刀直入に言う。……今度の席次試験で、僕とチームを組んで欲しい」

「いいわよ」


 そうか。やはり駄目か。さて、どうするか――。

 先走りする思考に遅れ、ファナの返答が脳へと伝わった。

 一瞬、時が止まる。アジナも、ジックも、凍りつくように硬直した。


「……え?」

「だから、いいって言ってんのよ」


 それまでの不安はなんだったのか。ファナは、即決でアジナたちの頼みを承諾した。これには流石のジックも驚いたのか、身を乗り出して、口を開く。


「い、いいのか、そんなあっさり」

「別に、断る理由がないわ」

「あ、ありがとう……」


 当然のように告げるファナに、アジナは動揺しつつも礼を言う。


「但し、一つだけ条件があるわ」


 その一言に、再び時が止まる。一拍置くファナに、緊張を抱くアジナとジック。喉を鳴らす二人の目の前で、彼女はゆっくりと、口を開いた。


「アジナ。あんた、今から私と模擬戦しなさい」


 獰猛な獣の如き笑みで、ファナはアジナを睨んだ。

 それはまるで、自らの覚悟が試されるような、要求だった――。


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