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煌鋒の勇者  作者: サケ/坂石遊作
一章『覚醒』
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透明な悪意、不透明な善意(1)

 模擬戦で倒れた日から、数日が経過した。その間、起こった出来事は、どれもこれといって特筆すべき点のないものだ。蔑まれ、或いは見下されるアジナだが、そう頻繁に陰湿な嫌がらせを受けるわけではない。嫌がらせをする側にも、予定はあるのだろう。


 その日の朝、アジナは妙な物音で目を覚ました。

 ガサガサと何かを手探る音がする。反面、普段は聞こえる筈のジックのいびきが、聞こえない。既に起きた後なのか、アジナはゆっくりと上体を起こした。

 閉じられたカーテンの向こうからは、僅かに陽光が漏れている。

 もう朝だ。目元を擦り、微睡みから脱したアジナは、部屋の隅に目を向ける。何やら怪しげな動きを見せるジックの後ろ姿に、声を掛けた。


「ジック」


 その声を聞いたジックは、大きく肩を跳ね上げた。


「お、おう、アジナ。もう起きたのか」

「うん、おはよう。それで、その手に持っているのは?」

「あー……」


 ジックの手にある、紙束を指差すアジナ。

 言いにくそうに表情を歪ませるジックに対し、アジナは溜息を吐いた。


「……大方、予想はついてるよ」


 欠伸を噛み殺し、ベッドから降りたアジナは、ジックの持つ紙の束を半ば強引に手に取った。二つ折りにされているそれらを開き、一枚一枚の紙面に目を通す。


 消えろ。剣無し。学校に来るな。恥晒し。挙句の果てには――死ね。


 荒々しい筆跡で、みみっちい言葉が記されている。定期的に来るのだ。こうした、意味のない嫌がらせのメッセージが。彼らにとっては、ルームメイトの有無なんて関係ないらしい。いや、或いはそのルームメイトとの決別も、彼らの目的の内なのかもしれない。アジナは十枚ほどある手紙の、半数近くを呼んだ辺りで、それらをゴミ箱へと放った。


「曲がりなりにも勇者なんだから、正面から言いに来いよ……」


 最も、正面から言っても無意味だったから、こうして陰湿な手段へ走ったのだろう。いずれにせよ、彼らの言い分を受け入れるつもりは毛頭ない。

 腹が立つのは、ジックを巻き込んでしまったことだ。

 長期休暇で気も緩んだか。こういう汚れた部分に、ジックは巻き込みたくない。この男は、友人のためならば進んで泥の中に浸る性格だ。一見、それはとても心強いように思えるかもしれない。けれど、友人からすれば、それは罪悪感を促す行為でもある。嬉しい以上に、別の不安を抱きかねない。


「ごめん、気を遣わせて」

「……悪いのはアジナじゃねぇだろ。お前が謝んな」


 当事者よりも、ジックは苛立った様子でそう言った。

 しかし、すぐにその顔から怒りを消し、ジックは普段通りを装う。


「さっさと顔洗え。飯食いに行こうぜ」

「はいはい」


 ジックに言われた通り、洗面所で顔を洗ったアジナは、布団も畳まずに、すぐ制服へ着替える。そして、部屋の隅に置いてある剣を腰に佩いてから、部屋を出た。

 まだ朝早い。学生寮には、程よい静けさがあった。

 階段を下りて、高等部の校舎に向かう。その道中には、大きな食堂があった。ゼリアスの生徒ならば無料で利用できる施設だ。扉を潜り、五、六人程度の列に並び、カウンターへの到着を待つ。学生服によってゼリアスの生徒であることを証明した後、アジナとジックはそれぞれ好みのメニューを注文した。


「なんか、いつもより騒がしいね」


 腹を満たせば口も軽くなるのか。この時間帯に最も活気が満ちている場所と言えば、満場一致でこの食堂が選ばれるだろう。しかし、それにしたって、今日の食堂はいつも以上に騒がしかった。頻繁に席を移る生徒もいれば、食事を終えたにも関わらず、なにやら真剣な面構えで会話している人もいる。

 二人は、適当に空いている席を見つけ、そこに腰を下ろした。


「席次試験が近いからな。皆、チームメイトを募集してるんだろ」

「あぁ、成る程」


 確かに、耳を澄ませばそれらしき話題が聞こえてくる。迷宮がどうのこうの。探索がどうのこうの。アジナたちも、決して他人事ではない。


「しかし、俺らも他のメンバー探さないとな」

「え?」


 グラスに水を注ぐアジナの手が、一瞬止まる。


「俺はともかく、アジナは補習でギリギリ進級できたんだ。この先、いつまでも俺が手伝えるとは限らねぇし、ここらで巻き返しといたほうが良いだろ。……そうなると、今回の席次試験は絶好の機会なんだが、今まで以上に探索を進めるとなると、俺たち二人だけじゃあ厳しくなる。……取り敢えず今回は、三層の突破を目標に据えよう」

「なんか、ごめん。自分のことなのに」

「全くもってその通りだ。焦る気持ちもわかるが、少しは聖剣以外のことも考えろ」


 最高の聖剣を手に入れる。アジナの頭を占めるのは、そればかりだ。だから陰湿な嫌がらせに負けることはないし、実力不足でも、補おうと努力する。成績だって、実技で稼げないから座学で稼ごうと必死だ。しかし、だからといって、アジナは聖剣以外の全てが完璧というわけではない。何かが欠落している代わりに、他の全てが優れている。それはまた別の才能だ。アジナには、そちらの才能も恵まれなかった。


「それにしても、三層か……」

「俺たち二人の最高到達記録は二層。けど、俺はパーティの連中たちと、四層まで進んだことがある。その時の経験から言うと、人手が増えれば難しい話じゃない」


 基本的に、迷宮の内部構造は、階層と呼ばれる領域が幾重にも重なっているものだ。入り口と繋がる第一層、もしくは初層から始まり、二層、三層と深部へと向かうことで、探索は進行していく。当然、先に進むだけでなく、帰還することも考慮せねばならない。

 加えて、迷宮は深部へ近づくにつれ、その脅威を増す性質を持っていた。

 迷宮の脅威は多種多様だが、代表的なのは魔物による襲撃である。迷宮は自ら魔物を生み出す能力を有しており、生誕した魔物は、能動的に人間を襲うようになる。殺された人間は魔物の……ひいては迷宮の養分となるのだ。


 但し、見返りもある。

 まずは実戦経験。外に出て、野生の魔物を探すよりも、迷宮の方が明らかに魔物と交戦する確率が高い。ゼリアスの学校長も、これを目的としている筈だ。

 次に、素材。こちらは魔物との交戦における副産物のようなものだが、迷宮の魔物は野生の魔物と本質的には何も変わらない。なので当然、魔物の死骸からは素材を剥ぎ取ることができる。魔物から採れる素材は、時折、高値で取引されるくらいだ。学校はこの素材を生徒から回収することで、経済的な余裕を見せているのだろう。


 とは言え、どのみち訓練もしていない一般人にとっては、生存が難しい環境である。ゼリアスがこの迷宮を半ば独占しても文句を言われないのは、そのためだ。あくまで一般人にとっては、迷宮も魔物も魔王の遺産に過ぎない。


「問題は、誰を誘うかだな」

「誘うと言ってもなぁ……」

「お前、ほんとに人脈ねぇな」

「面目ない」


 自慢ではないが、アジナが接点を持つ学友と言えば、ジックだけだ。悲しいことこの上ないが、ここ数日の会話も、九割以上がジックとのものだろう。

 互いに頭を悩ませ、どうにか第三者をイメージしようと努力する。


「……いや、待てよ」


 先に思いついたのは、ジックだった。


「いるじゃねぇか。お前に協力しれくれそうな人が。それも、二人」


 そう告げたジックの横顔は、自信に満ち溢れている。

 口に含んだ食事を咀嚼しながら、アジナは首を傾げた。


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