#21 愛20歳の出発
前からずっと練習してきた。
起きてすぐ、休憩時間、寝る前。
少しでも時間があれば練習にあてた。
なので結構、上達したと思う。
緊張するが実力を発揮できるように頑張る。
でも緊張すると頭が真っ白になって何も出来なくなるタイプである。
だからたぶん失敗をすると思う。
そうだとしても失敗することをやる前に考えてはいけない。
なのでもっと前向きなことを考えることにする。
この日のために結ぶほど長かった髪を短くしてみた。
似合っていないという人がたくさんいるだろう。
でも気に入っているのでどう思われてもいい。
そしていよいよ本番がやってきた。
「誠一さん。ただいま」
「……」
あれだけ練習をして、話したいことも山ほどあったのに言葉が出てこなかった。
誰かに白い絵の具を頭の中に塗られたかのように頭が真っ白になった。
自分の娘と喋るのに緊張するなんておかしいことかもしれない。
でもあまり会ってないと緊張するものだ。
出所後の初対面、初会話は失敗に終わった。
「誠一さん何か喋ってよ」
無言の僕に愛は少し怒ったような口調で言ってきた。
愛の僕への態度はカラオケの採点と一緒で本人はいつも同じつもりでもばらつきがある。
何か喋ってよと言われたので言葉を絞り出そうとした。
でも終わりかけの絵の具のように全然出てこなかった。
なのでありきたりな言葉で済ませた。
「おかえりなさい」
口数が少ないまま愛を助手席に乗せてゆっくりと走り出した。
ずっと閉まっているふたりの口と車の窓。
生まれて初めてエンジン音の静かさを憎んだ。
そんなとき救世主が現れた。
カーナビの声が静寂をやっつけてくれたのだ。
静寂やっつけ界のレジェンドであるラジオの存在に気付いたのはその少し後だった。
家まではかなり時間がかかるので僕は遊びを提案した。
「何でもありのしりとりをやろうよ」
「いいよ。何でもいいんだね」
愛が乗り気なので安心した。
これで少しは、にぎやかになるだろう。
「負けた方が何でも言うことを聞くのはどうかな」
「わかった、いいよ」
しりとりをする一番の目的は罰ゲームである。
あることをしてもらいたいので絶対に勝つしかない。
「じゃあ誠一さんからね。しりとりの『り』」
「(り)理解しているつもりだったが愛のことをあまり理解していないかもしれない」
普段言えないこともしりとりなら言うことができる。
「(い)一万年に一人ではなくて一日に千人の凡才」
何でもありで、ある程度想像していたが想像を越えた言葉が愛の口から出てきた。
「僕は知らないけど誰かのキャッチフレーズだね」
「どうかな。次は『い』だよ」
「(い)一番好きな人は誰かと聞かれたらもちろん愛と答えるよ」
何でもありなのに愛に伝えたいこと縛りに勝手にしていた。
少しでも思いが伝わるといいのだが。
「(よ)四字熟語という言葉も四字熟語なのを忘れてはいけない」
愛の言葉のチョイスが独特すぎる。
「国語学者の言葉かな?」
「はい次は『い』」
「(い)言い表せないほどの感謝の気持ちでいっぱいだ」
愛は僕の言葉に全然反応しない。
それも想定内ではあるが何か言葉を返して欲しいものである。
「(だ)男性に乳首がある意味を見出してみよう、そうすれば世界が変わるはずだ」
愛から乳首という言葉を聞きたくなかった。
「有名な名言なのかな?」
「次は『だ』ね」
「(だ)大好きという言葉を愛に送りたい」
気持ち悪がられていないか心配になった。
でも言える時に言っておこうと思う。
「(い)言った通りにしないと焼きそば用の麺を焼かないで煮込むけどいい?」
愛の頭は宇宙なのだろうか。
よく思い付くなと感心した。
「ドラマのセリフ?」
「どうかな。次は『い』だからね」
「(い)今、愛が僕のことをどう思っているかを知りたい」
愛を迎える時は言葉が出てこなかったのに、しりとりの言葉は新しい絵の具のようにドバドバ出てきた。
「(い)今も誠一さんのことは好きではないけど前より好きに近づいたかな」
嬉しすぎて瞬きと呼吸を忘れそうになった。
「(な)何ヵ月も待っていて気付いた。幸せなのは愛といるときだけだと」
「(と)とても嬉しいよ。刑務所にはもう二度と入らないからさ」
「(さ)サモア」
僕は色々考えたがサモアしか思い付かなかった。
「急に普通の単語になったね」
そう愛に言われたが負けたくないので仕方がなかった。
「(あ)あの事件は少しだけ誠一さんのためもあったかな」
その言葉に少し嬉しくもあったが複雑な気持ちだった。
ちなみにあの事件は愛が生き返る時に残せなかった4つ目のもののせいだと僕は思っている。
「(な)何十億人に嫌われても愛が好きになってくれたらそれでいい」
「(い)今まで育ててくれてありがとう」
「(う)生まれてきてくれてありがとう」
愛の本音がたくさん聞けたのでしりとりをやってよかったと思った。
「『う』でしょ。浮かんでこないよ。あ~」
一分以内に愛が答えられなかったため僕が勝った。
そしてちょうど家についた。
勝ったので愛にある言葉を言ってもらうことにした。
「愛が負けたから罰ゲームね。『パパ大好きだよ』って言って欲しいんだけど」
「いいよ」
17年の間、聞けなかったこの言葉が罰ゲームの力を借りてついに聞ける。
嘘でもいいから聞きたかったのだ。
「パパ!大好きだよ」
愛は嫌がらずに素直に言ってくれた。
なので本心ではないかと思ってしまった。
そして愛が少しだけ笑ったように見えた。
気のせいでないことを願いたい。
「20歳の祝いに酒でも飲むか?」
「うん」
今はとても幸せな気分だ。
人を愛するということはとても大切なこと。
だから僕はこれからも愛を精一杯愛していく。
いつかきっと愛が僕を愛してくれると信じて。




