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007 絵美の嬉しくも悩める一日

 本編と並行したエピソードです。第一部のラスト、21章6話の直後のお話となります。第一部を読み終えてからご覧になることをお奨めします。


 私、天野(あまの)絵美(えみ)は近ごろ不思議な夢を見る。

 それは異世界の神様が教えてくれる、お兄ちゃんの暮らし。こちらだと天野(あまの)(しのぶ)、向こうではシノブ・ド・アマノとなった四つ年上の兄の日常と非日常。八月に入ってから毎夜のように訪れる、神様からの驚くべき贈り物。でも、この日の夢は今までに増して特別だった。


「やっぱり泣いていたんだ……」


 目覚めた私が目元に手をやると、当てた指先に微かに残った湿り気を感じた。それに少し腫れぼったいような。

 夢で予感はあったから涙には驚かないけど、むくんだ顔は困る。だから私はベッドから跳ね起き、洗面所へと向かったの。


 私の部屋は二階だけど、ウチは洗面所が一階と二階の両方にある。元々お爺ちゃんとお婆ちゃんも一緒の二世帯住宅だったから。

 でも、お婆ちゃんはずっと前、お爺ちゃんも三年前に亡くなった。それにお兄ちゃんもいないから、今はお父さんとお母さんに私の三人だけしかいないの。

 それはともかく、朝の洗面所は混むでしょ? そこで数年前から男は一階、女が二階を使うことになったわけ。


「おはよう、お母さん! ……やっぱり!?」


 みっともない顔だけど、心は弾んでいる。だって夢で見たのは、とてもステキな光景だったから!

 きっと、お母さんも同じ。そう思った私は顔を洗っているお母さんの後ろから、廊下まで響く声で呼びかけた。


「おはよう、絵美! 当然よ、あんなに素晴らしい夢……」


 普段は穏やかなお母さんも、今朝は特別みたい。お母さんは振り向くのと同時に、私と同じくらい大きな声で応えたの。

 せっかく顔を洗ったのに、また涙が浮かんでいる。お母さん、よほど嬉しかったのね。


「これでお母さんもお婆ちゃんね! まだ四十半ばなのに!」


 そう、お兄ちゃんは父親になったの! 奥さんのシャルロットさんとの間に男の子、リヒト君が生まれたのよ!


「それなら貴女は叔母さんよ? ……でも別に良いわ、お婆さんでも。あんなに可愛い孫ならババでも婆ちゃんでも構わないわ!」


 お母さんはウットリとした顔で微笑んだ。私と同じで、お母さんも夢の中でリヒト君の誕生を見たんだから当たり前よね。


「そうよね……リヒト君なら……」


 私はリヒト君、こちら風に言うなら天野(あまの)理人(りひと)君の愛らしい姿を思い浮かべる。

 リヒト君は誇張じゃなく天使のように可愛かった。まだ生まれたばかりだけど、あのシャルロットさんの子供だから綺麗な金髪と青い瞳で……もっとも今のお兄ちゃんも同じような髪と瞳なのよね。あの世界に行ったときに、姿をエウレア地方の人達に合わせてもらったって……ちょっと羨ましいな。


 向こうの世界の神様は、毎晩お兄ちゃん達の様子を夢で見せてくださる。お兄ちゃんがいる星の最高神アムテリア様と同じく星の夜や命を司る神ニュテス様が、私達三人に向こうのことを教えてくれるの。

 随分と時間の流れが違うそうで、こっちの一日は向こうの二十日(はつか)ほどみたい。だから普段は内容も簡単に(まと)めて、写真みたいな絵と一緒に見せてくれるだけ。

 でも、昨日はリヒト君の誕生から命名、そして数日後のお兄ちゃんとシャルロットさんの試合まで、映画のようにして見せてくださった。だから私達は、お兄ちゃんの慌てた姿やリヒト君のウットリするような声も同じ部屋にいるようにハッキリと分かったの。


「これからも毎日見せてくださるのかしら? そうであってほしいけど……」


「きっとそうよ! ……でもリヒト君、あっという間に私より大きくなっちゃうよね」


 これからというお母さんの言葉で、私は少しだけ暗い気分になった。

 時間の流れの違いからすると、こっちの一年は向こうの二十年になるはず。つまり九ヶ月くらいでリヒト君は十五歳ってこと。男の子だしエウレア地方の人は欧米人みたいに大柄だから、背は半年少々で抜かれるかもしれない。可愛い赤ちゃんのリヒト君と会えるのも、ほんの少しの間だけよね。


「……元気に大きくなってくれるなら、それで良いわ」


 お母さんの声も、ちょっとだけど(くも)っていた。おそらくお母さんは、リヒト君が大人になった先を考えたのだと思う。

 一年で二十歳なら、五年で百歳。向こうだと魔力が多い人は長生きで、若い時期も長いみたい。でも人族っていう種族、こっちの人間と同じなら寿命も大きくは変わらない。

 お兄ちゃんは神様の一族になったようだから長生きかもしれないし、リヒト君も半分くらいは同じかも。でもシャルロットさん達は?

 それに寿命が二百年や三百年だったとしても、こっちなら十年や十五年だもの。そうだとしたら……。


「さあ、顔を洗いなさい! お父さんはとっくに下に行ったわよ!」


「は、はい!」


 お母さんに肩を叩かれ、私は洗面台へと向かう。

 今日は木曜日だから、お父さんは会社に行く。お父さんとお母さんは大らかだけど、一緒に食事して見送りくらいしなきゃ。いくら自分が夏休みだからって、甘えてちゃダメでしょ?



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ついに私もお爺ちゃんか……ふふふ……お爺ちゃん……」


「今晩はお祝いしますから、早く帰ってくださいね」


 お父さん、お母さんの声が聞こえているかしら?

 見たこともないような大満足の笑顔で食事をしているけど、お父さんの手は()まりがち。会社で失敗しないように祈った方が良いのかも……。

 お母さんによれば、お兄ちゃんや私が生まれたときも同じだったそうだけど。お兄ちゃんも既に親馬鹿っぽいけど、お父さんからの遺伝で確定ね。


「お父さん、明日はお休みなのよね? ……お父さん!?」


「あっ、ああ……。明後日(あさって)(しのぶ)のアパートから荷物を引き上げるからね。上の部屋は綺麗なものだが、掃除くらいはしておくよ」


 私が声を大きくすると、お父さんは我に返ったみたい。

 お父さんの言う上の部屋とは、お兄ちゃんが大学に入るまで使っていたところなの。だから、お兄ちゃんの私物をそこに置き直すわけ。

 今は空き部屋だから掃除も大した手間じゃないけど、どうもお父さんはそれを口実に休暇を取りたかったみたい。


 お父さんはリヒト君の生まれる日がこちらで何日になるか、早々に計算していた。

 時間の流れの差は一定みたいで、しかもアムテリア様達が見せてくれた夢で出産予定日も知っている。だから予定日通りなら、こっちの今日か明日だって随分前から判っていたの。


「大学の手続きも問題ないですし、これで一段落ですね」


「留学先や出国記録まで用意してくれるとは……流石は神様だね」


 お母さんとお父さんは、良く似た表情で苦笑している。

 実は、こちらの神様がお兄ちゃんの不在を取り繕ってくれた。お兄ちゃんは考古学関連の財団が支援する留学生に応募し、選考に通って留学したことになったのよ。


 財団自体は私も知っている有名なところだけど、どうやったら出国の手続きを済ませた書類が手に入るの? 最初はそう思った私だけど、訪ねてきた女性の名前を聞いて納得した。

 お母さんと同じくらいの歳だけど、比較にならないほど上品で綺麗な訪問者の名は、神代(かみしろ)理世(りよ)さん。つまり『(かみ)代理(だいり)よ』ね。地球か世界全体か分からないけど、神様の眷属なんだと思う。それとも神様そのものかも?

 夢でのアムテリア様やニュテス様のお話だと、こっちの神様はほぼ見守っているだけみたい。向こうより更に一人前の星ってことなんだと思うけど……紛争とか沢山あるし、どうなのかな。

 もしかすると科学が発達して、明らかな奇跡が起きたら困るからとか?


 ちなみにお父さんがネットで調べたところ、理世さんは実在の人物だった。でもウチに来た人が本物かは判らないけど。

 理世さんは、何かあったらここに電話して欲しい、ただし財団には訪ねてこないように、って言ったの。凄く不自然でしょ?


「しかし今晩の夢だと理人(りひと)は生後一ヶ月近くか……。そして更に一週間もしたら、ほぼ六ヶ月児……」


 やっぱりお父さんも、時間の流れの差を気にしていた。

 お父さんは、とても寂しそうな顔をしている。それに、お母さんも同じくらい(つら)そうだ。


 大きくなる間は良いけど、その先を考えたら……。

 お兄ちゃん達がどうしているか分かるのは嬉しいし、幸せに暮らしているのを見ると安心する。でも、それは今のうちだもの。

 お父さんやお母さんに掛ける言葉が、私には思い浮かばなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シンミリしちゃった朝食だったけど、ゆっくりしてはいられない。夏休みの私はともかく、お父さんは出勤だから。


 それに、お母さんもボランティアで料理教室や手芸教室の先生をしているから忙しい。

 私はお母さんならお金を取っても良いと思うんだけど、そうなると色々面倒みたい。お仕事にすると責任も重くなるから、今くらいが良いのかも。


 私もゴロゴロしていたわけじゃないよ。中学校では創作ダンス部に入っているんだけど、大会が明々後日(しあさって)なんだ。だから午前中は、いつも通り練習をしに学校に行ったの。

 そして午後は……。


「ピュアピュアピュアピュア♪ リリィ! ランス! ソード! ミラージュ! 四つの心で幸せ守る、お・と・め・た・ち~♪」


 親友の由美の声が部屋中に響き渡る。

 そう、友達とカラオケしに行ったの。私と由美を合わせて五人、同じ中学校の仲良しがカラオケルームのソファーに並んで座っている。


 実はコレ、由美達へのお詫びなの。

 お兄ちゃんが戻ってきた日、私は由美達と一緒にイベントを見物しに行った。漫画とかアニメとかのね。

 由美ほど熱狂的じゃないけど私も嫌いじゃないし、ダンス部もお盆休みだった。だから約束通り出かけたんだけど。で、その帰りにお兄ちゃんと再会したの。


 お兄ちゃんのことは、あのころもアムテリア様からの夢で知っていた。だから姿が変わっても判ったんだけど、どうみても外人さんでしょ?

 それで由美達が騒いじゃって……ウチに夏休みの間だけホームステイしている外人のブロイーヌさんってことにしたけど、見に来たいって言い出すし。でも、お兄ちゃんは早々に向こうに戻ったから会わせるのは不可能。

 仕方ないから、ブロイーヌさんは急用でホームステイを中断して国に帰ったことにした。そうなると由美達は当然落胆するよね……怒らず聞いてくれたから助かったけど。

 で、それを知ったお父さんがお詫びに(おご)ってあげなさいってお金を出してくれたの。


「あ~、やっぱり大声で歌うとスカッとするわね!」


 立ち上がって熱唱していた由美は、とても良い笑顔のままストンと腰を降ろす。確かに楽しそうに歌っていたし、仮にストレスがあったとしても全部消し飛んだだろうって思う。


「上手かったよ! それって小さいときに流行っていた!?」


 私は由美の歌に聞き覚えがあったの。まだ幼稚園くらいのころに見ていたアニメだったはず。


「そうよ! 『みんなのピュア・カルテット』、名作よね~!!」


 やっぱり由美が歌ったのは、十年近く前のアニメのテーマソングだった。変身アイテムの玩具、私も買ってもらったな。


「絵美も歌えば良いのに!」


「今日の私は、おもてなしする側だから……」


 朝のことが頭にあったから、私は何となく乗り気じゃなかった。そこで声を掛けてくれた友達に、お詫びする側だと言い訳して断る。


「……やっぱり、お兄さんの留学がショックなんでしょ?」


「そうよ、絵美は(しのぶ)さんが大好きだから……まあ、私も良いなって思うけど……」


「バレンタイン、みんな誕生日にかこつけてチョコを贈ったものね!」


 皆が私へと向き直り、好き勝手なことを言い出す。でも、お兄ちゃんに関することが原因だから当たっているのかも。


 異世界のことは言えないし、仮に言っても信じてもらえないよね。その上、時間の流れの差が、なんて……私も聞く側だったら作り事だと思っちゃうな。


「その……寂しいのは確かだけど」


 お兄ちゃん達が自分より早く歳を取るのが怖い。どうしたら良いの? そう言えたら、少しは楽になれたのだろうか。解決方法なんてないけど、相談できたら。

 そんな思いが浮かんだからか、涙が滲んでしまったみたい。皆の顔がぼやけてしまう。


「絵美……忍さんなら、きっと大丈夫よ!」


「そうそう! 元気にしているって!」


「留学中も休みくらい帰るだろうし、勉強が終われば戻ってくるかも!」


 お兄ちゃんは、このまま留学先で就職してしまうかも、ということにしている。考古学の研究者とか、そういう感じで。だけど、それでも普通なら年に一度や二度は帰ると思うよね。


「あまり思い詰めない方が良いよ。簡単に連絡が取れたり手伝いに行けたりする場所じゃないんでしょ?

……だったら元気にしていると信じて、絵美は絵美で自分のことを頑張るべきよ。絵美が寂しがってばかりだと、忍さんは悲しむと思う」


「そうだよね……」


 慰めてくれる由美に、私は涙を流したまま頷き返す。そして同時に私は、あることを決意した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「お父さん、お母さん……。もう、お兄ちゃんの夢を見るの……()めようよ……」


 夕食で三人が揃ったとき、私は恐る恐る切り出した。

 テーブルにはお母さんの得意料理が沢山ならんでいる。リヒト君の誕生を祝う、めでたい場所と時間。それなのに、こんなことを言うなんて。しかも妹の私より親である二人の方が、遥かにお兄ちゃんを大切に思っているのに。そんな思いが頭の中をグルグルと巡っていく。


 でも、これ以上お兄ちゃんの行く末を知ったら、お父さんやお母さんは不幸になる。お兄ちゃんが二人より先に老いるかもしれない。もちろん神様になって長生きするかもしれないけど、その場合でもシャルロットさんやリヒト君はどうなるの?

 将来、お兄ちゃんの向こうでの家族全員が神様みたいになるとしても、一旦は歳を取って亡くなるとしたら。お父さん達は孫の死を眺めるの? そんなの、可哀想だよ!

 それらが頭に浮かんだからだろう、私はカラオケのときみたいに大粒の涙を(こぼ)してしまった。


「アムテリア様やニュテス様に、お願いしよう? ねえ、お父さん、お母さん……」


 あの可愛いリヒト君が、美しいシャルロットさんが、あっという間にお爺さんやお婆さんになるなんて。そんなの私には耐え切れない。

 お兄ちゃんが幸せな家庭を得たのは、もう充分に分かった。きっと、これからも今と同じ笑顔が続くはず。だったら、早送りみたいに先のことを知らなくても良い。ううん、知らない方がお父さん達は幸せになれる。私は、そう思ったの。


「……絵美。実は私も同じことを考えていたんだ」


「私もよ。きっと耐えられない。私よりも早く……」


 静かに頷くお父さん。そして不吉なことを口にしたくなかったのだろう、口を(つぐ)むお母さん。やっぱり二人だって見たくないよね。

 お母さんは私と同じで頬を濡らしていた。お父さんは我慢しているみたいだけど、目が赤いし瞳は(うる)んでいた。


「さあ、せっかくの千穂(ちほ)の力作だ。冷めないうちに、いただこう」


「そうしてください。そしてシャルロットさんの無事と理人(りひと)ちゃんの誕生を祝いましょう」


「うん!」


 笑顔となったお父さんとお母さんに、私も涙を拭いて明るく返事をした。

 お兄ちゃんは神様みたいに強くなった。だから私達は、お兄ちゃんが作る伝説を信じよう。そして遥かな未来、神様のところに行けたらお兄ちゃんの伝説を知っているか訊いてみよう。

 そのときは、お兄ちゃんが会いに来てくれるかもしれない。私達が悔いなく生き抜いたら、神様が御褒美をくださるかも。

 そんな話をしながら私達は、記念すべき日の御馳走を味わっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 夢の中に、とても美しいお方が現れた。もちろんアムテリア様、お兄ちゃん達の住む星を守る女神様だ。

 殆どの場合、向こうのことを教えてくださるのは夜や夢を担当するニュテス様なの。でも、今日はアムテリア様が直々に? しかも姿まで現して?


「アムテリア様。(まこと)に申し訳ありませんが、ここから先は(しのぶ)達のことを知らないままにしたいと思います」


「あの子や孫、それにシャルロットさん達が私や夫より年長になった姿……私共に見る勇気はありません」


「お願いします!」


 お父さんとお母さん、そして私はアムテリア様に向かって深々と頭を下げた。

 並の人間でしかない私達には無理なこと。今まではリヒト君の誕生を見たいから、先々から目を()らしていた。でも願いが叶った今、恐ろしさが先に立つ。

 身勝手かもしれないけど、本心からそう思ったのは間違いない。


勝吾(しょうご)千穂(ちほ)、絵美、顔を上げなさい。……私が来たのは、そのことも関係しています。

時の移り変わりの早さですが、今は普段とは違います。双方の上級神にお願いして、この世界にシノブが戻るかもしれない間、向こうの世界の流れを早めてもらいました」


 アムテリア様のお話は、驚くべきものだった。

 世界を統べる神様ともなると、時間の流れすら自由になるらしいの。流石に過去に戻したりは出来ないみたいだけど、他の世界との時の流れの差を調整するくらいは全く問題ないって……。

 で、お兄ちゃんが地球に戻るかもしれない間、つまり自身の子供が生まれるまでをこっちで一ヶ月程度にした。これなら少し長い旅行で済むし、そもそも夏休みの間だから目立たない。

 最長で一年三ヶ月以上だから、そのままだとお兄ちゃんは長期間の失踪者になってしまう。それに比べたら細かいことだけど、お兄ちゃんは戻っても留年しちゃう。

 要するにアムテリア様達は、お兄ちゃんが地球を選んでも大事件にならないようにしてくれたの。


「しかしシノブは、向こうの世界で夫として父として生きる決心をしました。ですから今後、二つの世界の時間は同じように流れます。

今後は毎日のように夢で示すことはないでしょう。ですが区切りのときは、あなた達にも伝えます」


 どうも一ヶ月くらいの間隔で、アムテリア様は向こうのことを教えてくださるみたい。確かに毎日変化があるわけじゃないから、そのくらいが良いのかも。


「御配慮、ありがとうございます」


「良いのです。シノブは我が子でもあるのですから」


 再び頭を下げたお父さんに、アムテリア様はニッコリと微笑んだ。

 とても優しい笑顔は、本当にお母さんみたい。もしかするとアムテリア様は、お兄ちゃんの前世のお母さんなのかも。

 向こうの世界に転生があるんだから、こっちの世界にだってあるよね。だとしたら私達が入れない神域に、お兄ちゃんだけが入れるのも……。

 だけど次の瞬間、そんな私の考えは吹き飛んでしまった。


「母上、遅くなりました」


 唐突に響いたのは、ここのところで聴き慣れた中性的な美声だった。もちろんニュテス様の声よ。

 でも、私が驚いたのは別のこと。ニュテス様の後ろには、別の人影がある。白い軍服風の衣装の男の人と、青いドレスを着た女の人、そして女性は赤ちゃんを抱いている。そう、お兄ちゃんとシャルロットさん、そしてリヒト君よ!


「お兄ちゃん! お兄ちゃんなのね!?」


「ああ、久しぶり……今日は母上と兄上が、夢の世界に連れてきてくれたんだ。ここなら地球じゃないから、来ても良いって……。父さん、母さん、ご無沙汰しています」


 お兄ちゃんは、抱きついた私の頭を優しく撫でてくれた。そしてお兄ちゃんは、私の肩越しにお父さんやお母さんに挨拶をする。


「義父上、義母上……初めまして。シャルロット・ド・アマノと申します。そして、この子がリヒト……お二方の孫です」


「シャルロットさん……初めまして……天野(あまの)勝吾(しょうご)です」


千穂(ちほ)です……。会いたかったわ……理人(りひと)ちゃん、私がお婆ちゃんよ……」


 隣からシャルロットさんの優しくも凛々しい声が続いた。そして泣いているらしいお父さんとお母さんの声も。

 私はお兄ちゃんに抱きついたままだから、三人の顔は見えない。でも、それで良いの。だって私の顔は涙で酷いことになっているから。


「……エミさんもよろしくお願いします」


 シャルロットさんは私にも挨拶してくれた。

 私は顔を上げる。すると、そこには天女のように美しいシャルロットさんの微笑みがあった。そして腕の中には小さなリヒト君がいる。

 リヒト君は、やっぱりとても可愛かった。今はパッチリと目を開き、微笑むような表情だから尚更(なおさら)ね。


 シャルロットさんの側には、私と同じように頬を濡らしたお父さんとお母さん。そして私の肩に手を掛けたまま照れくさそうに微笑むお兄ちゃん。泣いたり笑ったりだけど、皆とても幸せそうだ。


「は、はい……こちらこそよろしくお願いします!」


 私は急いで涙を拭き、シャルロットさんに向き直ってお辞儀した。

 シャルロットさんは優しく微笑んでいるけど、それでもどこか威厳がある。たぶん王妃様や司令官として身に付けたものなんだろうな。顔を上げた私は、強い憧れを感じながらシャルロットさんの笑顔を見つめた。


「絵美、シャルロットはお前のお義姉さんだよ。そんなに緊張しなくて良い」


 お兄ちゃんが私をシャルロットさんに向けて、ゆっくりと押し出した。そのため私は、シャルロットさんに触れそうなところまで近づいた。


「ええ。私も新しい妹、エミさんと仲良くしたいです。そしてリヒトも」


「あぁ~、あぅ~」


「は、はい! ……シャルロットお義姉さん! リヒト君!」


 笑いかけるシャルロットさんに釣られたのか、リヒト君まで天使のような笑顔で可愛らしい声を上げ始めた。そのためだろう、お父さんやお母さんも更に寄ってくる。


 そして私達は、文字通り夢のような時間を過ごした。でも、これは単なる夢じゃない。起きてからもハッキリ覚えている、私達にとっての現実なの。

 きっと、みんな同じことを思っているんだろう。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、シャルロットさん、そしてリヒト君。とびきりの笑顔を誰もが浮かべている。もちろんアムテリア様とニュテス様も。


 こうして私達は、時々だけどお兄ちゃん達と夢の中で会えるようになったの。

 でも、内緒にしてね。お兄ちゃん達と会えなくなったら困るから!


 地球の家族の一幕でした。そして地球じゃない家族の(笑)

 きっと次のときは、ミュリエルやセレスティーヌ、そしてアミィさん達とも会うのでしょう(^^)


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