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002 子狐の恩返し ~セリュジエールむかし話~

 本編開始前の過去話です。一応、本編5章末あたりまでお読みになってからご覧になることをお奨めします。ですが、あまり本編との時系列を気にされなくてもよいかと思います。


 これは、むかしむかしのお話です。


 世界をお創りになった女神様は、人々に生きていくための知恵を授けた後、天上へと去りました。でも、女神様は、今でも地上を見守っているのです。

 女神様は側に仕える眷属の方々と共に、地上を見守り、時には神託を下さいます。そして、心正しい人を助けて下さるのです。


 これは、そんな女神様にお仕えする、ある眷族の方のお話です。


「キュ~ン、キュ~ン」


 白く雪化粧した山の麓に、大きな森がありました。森の近くには、大きな草原が広がっています。その草原の中から、悲しそうな鳴き声が聞こえてきます。


「どうしたのでしょう?」


 日の光に照らされた草原に、一人の少女が舞い降りました。翼もないのに空から降りたこの少女は、明るいオレンジがかった茶色の髪と薄紫色の瞳をしています。それに、頭の上には狐のような耳、お尻にもフサフサした尻尾があります。

 膝丈くらいの白い衣が可愛らしい、10歳くらいの女の子ですが、どうも普通の獣人ではないようです。ご存知のように、獣人には狐の獣人もいます。でも、人間は空を飛べませんからね。

 そうです、この女の子は、女神様の眷属『天狐族』の一人だったのです。


 天狐族の少女は、背の高い草を掻き分けて、鳴き声が聞こえるほうに歩いていきました。すると、そこには罠にかかった子狐がいました。

 たぶん、猟師が仕掛けた罠なのでしょう。子狐の後ろ足をガッチリと押さえています。このままでは、子狐は猟師に捕まってしまうか、狼などに食べられてしまうかもしれません。


「キュ~ン……キュ~ン……」


 子狐は、自分と同じような耳と尻尾を持つ少女を、仲間だと思ったのでしょうか。少女を見つめ、しきりに鳴き声を上げています。


「ごめんなさい。地上のものに手を貸すには、女神様のお許しが必要なのです」


 天狐族の少女は、悲しそうな顔をしました。薄紫色の瞳には、僅かに涙が浮かんでいます。

 女神様は、とてもお優しい方ですが、むやみに地上と関わることは禁じています。ですから、お許しもないのに生き物を助けることはできません。厳しいですが、これは女神様の定めた掟なのです。


「あ、誰か来ます!」


 困った顔をした天狐族の少女に、草がざわめく音が聞こえてきました。少女は、慌てて姿を消します。天狐族は、幻を作るのが得意なのです。ですから、自分の姿を見えなくすることなど、簡単です。


「……子狐ですね。可哀想に」


 草を掻き分けて現れたのは、若い娘でした。光り輝く金色の髪に、深い湖のように澄んだ瞳。白く透き通るような肌に、赤い薔薇を思わせる艶やかな唇をした、とても美しい娘です。

 着ている服も、とても綺麗なものです。白いマントを身に付けて、男のような格好をしていますが、女性であることは間違いありません。きっと、女騎士なのでしょう。


「どうしますか?」


 お付きの者が、娘に問いかけます。どうやら、彼らが罠を仕掛けたわけではないようです。


「連れて帰りましょう。館に戻れば治療もできるでしょう。猟師には、代わりにこれを」


 娘は、懐から取り出した数枚の金貨をお付きの者に渡します。

 金貨が一枚あれば、町で半月は暮らせます。ですから数枚もあれば、子狐の代金としては多すぎるくらいです。お付きの者は驚いたようですが、娘の命じたとおりに近くの村へと向かいました。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「良かったですね……」


 子狐を抱えた娘が去った後、天狐族の少女は姿を現しました。子狐が治療してもらえるとわかり、その表情も明るく輝いています。


 それから天狐族の少女は、娘と子狐の様子を陰から見守ることにしました。元々、少女はこの地域を見守るように、女神様から命じられています。ですから、その合間に娘と子狐の下を訪れることにしたのです。


 娘は、この地方の領主の跡取りでした。ですから、子狐もお付きの魔法使いに怪我を治してもらい、すぐに元気になりました。

 でも、怪我が治った子狐は、娘の下から離れませんでした。助けてもらった恩返しをしたいのか、いつも娘と共にいます。大人しく愛らしい子狐は、領主や娘だけではなく家臣達からも可愛がられて幸せそうです。

 領主には子供は一人しかいないようで、娘は女ながらも剣や槍を習っていました。そんなとき、賢い子狐は、娘が武術の練習をする様子を、大人しく眺めています。

 娘も、自分を慕う子狐を慈しみ、楽しそうに暮らしていました。


 天狐族の少女は、娘と子狐の様子を、姿を隠して見ています。一人と一匹の楽しげな日々は、地上を見守る少女にとって、とても素晴らしいものに思えました。こんな幸せな光景が、もっともっと広がるように、と少女も自身の務めを頑張りました。

 毎日、女神様に地上で起きた出来事を伝え、時にはその指示で地上の者達を密かに助けます。少女も、そんな充実した日々を過ごしていました。


 ですが、幸せは長くは続きませんでした。領主の娘が、病に倒れたのです。

 領主は、家臣の魔法使いに治療を命じましたが、治すことができません。王都や他の領地にも人をやり、沢山の魔法使いが娘を治療しに来ました。でも、誰も治療できないままでした。


 元気に武術の訓練をしていた娘でしたが、次第にやせ衰えていきます。このままでは、年を越すこともできないだろう。そう、魔法使い達は言いました。


 子狐は、心配そうに娘の側を離れません。ですが、子狐にはどうすることもできません。娘は、長く生きられないことを悟ったのか、子狐を森に返すようにと家臣達に命じました。ですが、子狐は娘の下から離れません。このままでは、娘も子狐も命を落としてしまうでしょう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「私には、どうすることも出来ません……」


 人の命を助けることは、女神様のお許しがなくては出来ません。天狐族の少女は、ただただ見守るばかりです。


 ついに子狐が命を落としました。娘を案じるあまりか、食べ物さえ口にしなかった子狐は、娘以上にやせ衰え、月の輝く夜に天に召されました。秋薔薇が美しく咲く、少し寒い夜のことでした。

 子狐の魂は、その体から離れ、姿を隠していた天狐族の少女へと近づきます。


──おねえちゃん、どうして助けてくれないの?──


 眠るように息を引き取り、魂となった子狐は、天狐族の少女に問いかけました。


──こんなに良い人なのに、女神様は助けてくれないの?──


 責めるでもなく、ただ純粋に疑問を発しているかのような子狐の魂に、天狐族の少女はしばらく押し黙ったままでした。


──女神様……お許しください──


 天狐族の少女は、姿を消したまま、娘へと歩み寄ります。

 そして娘に近づいた少女は、側に控える看護の者達を魔法で眠らせると、その姿を現しました。


 ベッドで眠っていた娘は少女の気配を察したのか、そっと目を開きました。娘は、少女のいる方向に少しだけ顔を向けます。


「子狐を助けた優しい娘よ。あなたは、救われるべきです」


 天狐族の少女は、娘へと手を伸ばし、治療のための魔法を使いました。でも、重い病なので、そう簡単には治せません。

 少女は長い時間をかけて魔法を使いながら、自身のことや子狐を助けて以来見守っていたことを、娘に伝えました。


 娘は静かに聞いていました。そして、天狐族の少女を見つめ、口を開きました。


「……子狐を、お願いします。女神様の下でゆっくり休ませてあげてほしいのです。そして、いずれは新たな生を授けてくださいませ」


 娘の願いに、天狐族の少女は優しく頷きました。


「わかりました。あなたの願い、きっと叶えましょう」


 そして、治療を終えた天狐族の少女は、子狐の魂と共に月の明かりに溶けていくように姿を消しました。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……ベルレアン伯爵家に伝わるお話です。

六代前の女伯爵、私と同じ名の十四代ベルレアン伯爵シャルロット様の逸話です」


 魔力操作の訓練の後、シャルロットは、シノブへと自家に伝わる伝説を語っていた。

 10月もそろそろ終わりに近い、秋薔薇が美しく咲く伯爵家の庭園で、シノブ達はいつものように早朝訓練をした。

 訓練を終了した後、シャルロットは咲き誇る薔薇を見て何かを思っているかのようであった。だからシノブは、そんな彼女を案じて理由を問うた。すると、彼女は伯爵家に伝わる秘話を教えてくれたのだ。


「そうか……その眷属のお陰でシャルロットと会えたんだね。俺も、感謝しなくちゃね」


 シノブは、シャルロットに優しく微笑んだ。彼は、どんな眷属だったのだろうかと想像しながら、シャルロットの肩を優しく抱きよせた。


「はい、そうですね」


 シャルロットは、己の婚約者へと、温かな笑みと共に頷く。


「きっと、シノブ様のお言葉を聞いて、その天狐族も喜んでいるでしょう!」


 そんな仲睦まじい光景に、アミィは二人を見上げながら元気良く笑いかける。自身と同じ眷属の話を聞いたせいか、彼女は普段に増して嬉しそうな表情を見せていた。


「それでは、領軍本部へと向かいます。お昼はお待ちしています」


 シャルロットはシノブに微笑むと、アリエルやミレーユと共に館へと歩み去っていった。


──アミィ……もしかして、その眷属って──


 三人の女騎士が去った後、シノブはアミィに問いかける。側にはイヴァールもいるので、彼は、心の声でアミィに質問をしていた。


──はい、私です──


 シノブを見上げながら、アミィは恥ずかしそうな笑顔を見せた。しかし、彼女の狐耳はピンと立ち、尻尾も元気良く揺れている。もしかすると、シノブとシャルロットを結びつける遠因となったのが、誇らしいのかもしれない。


──そうか……──


 シノブは、領都セリュジエールに初めて来たときを思い出した。

 アミィは、シャルロット暗殺未遂事件の解決に最初から積極的であった。自身が助けた娘の子孫であるシャルロットだ。元から優しいアミィだが、そんな縁もあって尚更助けたかったのかもしれない。


──でも、アムテリア様に怒られたりしなかった?──


 シノブは、優しげなアムテリアが怒るところなど、想像も出来なかった。だが、禁忌を犯したらしいアミィが罰を受けなかったのか、気にかかった。

 だからシノブは、そんな懸念と共にアミィの顔を見つめていた。


──お叱りは受けませんでしたが、地上監視の任務からは解かれました。それからシノブ様の下に来るまでは、神界でアムテリア様にお仕えしていました──


 アミィは、恥ずかしさが増したのか、一層顔を赤くする。


──それなら良かった。ところで、子狐の魂はどうなったの? もう、何かに生まれ変わったのかな?──


──ええ。天狐族として、私の妹になりました。今頃は、アムテリア様のお側にいると思います──


 シノブの問いに、アミィは笑顔と共に答えた。シノブも、それを聞いて明るい表情になる。アムテリアやアミィがいるのだから、きっと幸せな生を得たのだろうと思っていたシノブだが、それでも幸福な結末を聞いて嬉しくなったのだ。


「シノブ、アミィ! 早く朝食にしよう! もう、腹が減って我慢できんぞ!」


「わかった! 今行く!」


 イヴァールの急かすような言葉に、シノブは大きな声で叫び返した。

 これから、ミュリエルやミシェルの魔術訓練もあるし、その後は軍で魔術の講義をする。それに、午後からはジェルヴェやシメオンから、貴族の風習や政治について学ばなくてはならない。

 シャルロットの婚約者となった彼には、やらなくてはならないことが山ほどあるのだ。シノブとアミィは、魔法の家へと元気良く駆け出していった。


 最後の部分は、ドワーフの国から戻ってきて王都に旅立つ前、5章後半のあたりです。

 シャルロットも、王都でシノブとアミィの秘密を知った後、彼らから子狐のその後を教えてもらったことでしょう(^^)


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