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001 女神は眺める異世界を

 一応、本編6章までお読みになってからご覧になることをお奨めします。ですが、あまり本編との時系列を気にされなくてもよいかと思います。


「……今年も代わり映えしませんね」


 透き通るような白い肌を持つ絶世の美女が、ポツリと呟いた。彼女は、目の前の空間を見つめている。

 ゆるやかに波打つ繊細な金の輝き。世の女性達が羨むであろう(つや)やかなプラチナブロンドは、それに相応しい美貌の持ち主が微かに身じろぎをしたのにあわせて揺らめいた。


「でも、変わりが無いのは良いことかもしれません。もはや、私が口出しすることでもありませんし」


 (きらめ)く碧眼が見つめるその先には、大きなステージの上で歌い踊る女性達の姿があった。いかなる技を用いてか、何も無い空間に映し出された巨大な映像は、年末に繰り広げられる男女対抗形式の国民的行事を映し出していた。

 とある国の公共放送事業者の関係者が見たら絶句するであろうその光景。だが、果てすら見えぬ広い室内の、内装自体は(かろ)うじて彼らの理解の範疇だと思われる。

 美しく磨き上げられた白木の床に温かそうな絨毯が敷かれ、その上には炬燵(こたつ)と思しき座卓がある。不可思議な光沢を放つ床。紫檀と良く似た、しかし想像もつかぬ材質の座卓。そして、天女が織ったと言っても信じそうな見事な掛け布や絨毯。それらを別とすれば、現代日本でも良く見られる光景である。


 だが、かの公共放送事業者の料金徴収組織がいかに優秀であろうとも、彼女から受信料を回収することは不可能だろう。

 ここは、地球ではない。女神アムテリアが座す、神界であった。


 日本の女神であったアムテリアは、自身が定めた神域を通して彼女が慈しんだ地を度々眺めていた。彼女がシノブ……地球世界でいうところの天野(あまの)(しのぶ)を発見したのも、それ(ゆえ)である。

 だからアムテリアは、その神力を用いて日本の映像番組すら神界で鑑賞していたようである。もしかすると、アムテリアが創った世界が妙に洗練されているのは、このあたりに由来するのかもしれない。


 そんな日本文化を知り尽くしたアムテリア。彼女が寛ぐ座卓には、ご丁寧にミカンを盛った木製の器まで置かれている。

 金髪碧眼の女神、それも光り輝く長衣を(まと)った彼女と炬燵(こたつ)は不似合いに感じる。だが、その静かな威厳に満ちた容姿ゆえか、そんな事を指摘するのが躊躇(ためら)われるのも事実であった。

 もっとも、この場には彼女の他に誰もいない。だから座椅子に座った彼女は、時折ミカンに手を出しつつ、騒々しさの中にもどこか懐かしさを感じる映像を優しい視線で見つめていた。


「さて……そろそろ新年ですね」


 しばらく歌手達の熱唱を鑑賞していたアムテリア。彼女は、その完璧な美貌に心なしか感慨深げな表情を浮かべた。

 彼女が育てた地では、今頃、その教えを受け継ぐ者達が、新年を迎えるべく様々な神事を執り行っているだろう。そして、外来の宗教も。西方浄土からの教えに、その後入ってきた更に遠い西の地で生まれた教え。そして、由来すらわからぬ数々の教え。全てを慈しんできた彼女に相応しく、()の地はあらゆる文化を吸収してきた。

 多くは習合され、従来の神と繋ぎ合わされた。その後も渡来神ですら八百万(やおろず)の一柱と言わんばかりに、人々は様々な教えを自身の生活の中に取り入れている。

 天に恵みを願い、山海(さんかい)を畏れ敬い、嵐が来れば鎮めるべく祈る。そんな自然の諸々に神秘を感じて共に生きた彼らは、季節や節目で祭る神々が多少増えようとも全く気にしていないようである。


「豊葦原中つ国にも幸多きことを……」


 アムテリアは薄く整った色づきの良い唇を上品に動かし、祝福の言葉を呟いた。異世界の神となった彼女は、地球に干渉する事はできない。だから、それは力を伴わないはずであった。

 だが、神秘の輝きを放つエメラルドのような瞳でアムテリアが見つめる光景は、どことなく活力を増したかのようでもある。


 アムテリアは映し出される様々な祈りの光景に微笑むと、彼女が現在守護する世界へと映像を切り替えた。世界は変われど、こちらも多くの人々が祈りを捧げていることには変わりない。


 中空の映像は、各地の様子を同時にアムテリアへと伝えている。

 メリエンヌ王国の聖地サン・ラシェーヌでは、大聖堂で大神官テランス・ダンクールをはじめとする大勢の神官達が、創世暦1001年が良き年となるよう大神アムテリアの神像に向かって祈念している。同様に、各地の神殿、それに国王から民草までがそれぞれの場所でそれぞれに相応しい祈りを捧げていた。


「テランス達には、神託を授けましょう」


 一人でいると独り言が増えるのは、女神でも同様なのであろうか。いや、そうではなく口に出すことで神意は形となったようである。

 彼女が呟いた瞬間、映像の中の大神官テランス・ダンクールが微かに目を見開いた。彼だけではなく、それぞれの地の大神官と思われる者達も同様である。アムテリアには、複数の者に同時に神託を授けるなど、造作も無いことらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アムテリア様、お客様がお見えになっております」


 シノブのいるメリエンヌ王国を含む各地の映像を見つめるアムテリアの下に、一人の少女が現れた。

 狐耳とフサフサした尻尾を持つ童女。アミィに良く似た容姿の彼女は、アムテリアの眷族である天狐族の一人である。

 膝丈くらいの白い衣が可愛らしい彼女は、10歳程度の外見のアミィよりも更に小柄であり、三歳は年下のように見える。


「タミィ、どなたがいらっしゃったのですか?」


 アムテリアは楽しそうな笑顔を見せながら、タミィと呼んだ天狐族へと声をかける。もしかすると、彼女はその広大無辺の神力で、来訪した相手を察しているのかもしれない。


「その……ユグと仰せです」


 アミィと似たオレンジっぽい茶色の髪を揺らめかし、タミィは僅かに首を傾げた。小学生になるかならないか、というくらいの幼い容姿ではあるが、その言葉からは外見以上の知性を感じさせる。

 だが、その知性(ゆえ)か彼女は来訪者を畏れているようでもあった。


「そうですか……あの方は多くの異名をお持ちですからね。お通ししましょう」


 やはり、アムテリアは客人が誰か察していたようである。彼女は、優しく微笑みタミィを(いた)わると、紫檀のような座卓……炬燵(こたつ)ではあるが……の脇に、光の扉を出現させた。


「アムテリア殿。随分寛いでいるようだな」


 光の扉を押し開けて登場したのは、長い髭を持つ片目の老人であった。白髪白髯(はくぜん)の容貌に中世欧州の旅人のような粗末な服装。右手に持つのは一見太い杖と見えたが、その先には鋭い穂先が付いている。どうやら、槍のようである。


「ユグ殿……でしたね。その物騒な物は仕舞ってください。それとも、我が(いと)し子に授けてくださるのでしょうか?」


 名前を問いかけながらも、親しげなその様子からすると、彼らは初対面ではないらしい。その証拠に、アムテリアは恐ろしげな長槍を見ても、その笑みを崩さなかった。


「これは失礼した。流石に我が愛槍を譲るわけにはいかん」


 ユグと名乗る老人は、そう言いながら手に持つ槍をどこかへと消し去った。


「それに我が槍など不要であろう。そなたは既に同じような槍を息子とその伴侶に授けているではないか」


 彼はシノブやシャルロットにアムテリアが神槍を授けたことを知っているようだ。


「ええ。あれはユグ殿の愛槍を参考にしました。この世界の構築といい、貴方の知恵には随分助けられましたね。

さあ、炬燵(こたつ)に入ってください。掘り炬燵(ごたつ)ですので、入りやすいですよ」


 アムテリアは、槍を消したユグを炬燵(こたつ)へと(いざな)った。


「ふむ……そなたや(われ)の格好で、このようなものに入るのは不似合いではあるが……だが、これもそなたの作り上げた風習であるなら、それに従おう。新たな知識を得るのは喜びでもある」


 ユグは素直に炬燵(こたつ)へと入っていく。彼の言うとおり、西欧風の旅装の老人と輝く長衣の女性が炬燵(こたつ)を囲んでいるのは、奇妙な光景ではある。


「……順調に発展しているようではないか。まずは重畳(ちょうじょう)


 座椅子に座り、炬燵(こたつ)へ入ったユグは、アムテリアが映し出す光景に目をやっていた。


「お陰さまで。特にこの地方は、貴方の知識を上手く活かすことが出来たようです」


「ドワーフやエルフか。まあ、(われ)の創造物というよりは、その後の語り手が育てたものではある。だが、吟遊詩人の守護者としては、嬉しくもあるな」


 ユグはアムテリアの言葉に頷く。片目で映像を見つめたままのユグの口調は、その言葉のとおり嬉しさと、僅かな懐かしさが滲むものであった。


「ええ。貴方が作り上げた文化は、地球で今でも息づいています。素晴らしいことですよ」


 アムテリアの言葉は、そんな彼の思いを察したのか、優しく慰めるようなものであった。


「ふふ……異教に民を奪われ、過去のものとなった(われ)が惑星神となった理由だからな。そなたのように国を守り通したわけでもないのに、望外の幸運ではあったが」


 ユグは、アムテリアの言葉の裏に含まれているものを察したようだ。僅かに苦笑しながら彼女へと視線を向けなおす。


「だがな、そなたや(われ)の昇格を妬む者もいるようだ。時の流れに消え去った者達……そなたも気をつけたほうが良い」


 ユグは、それまでの感傷を含んだ表情を鋭いものに変え、アムテリアへと警告をする。


「忠告、感謝します。確かにこの世界にも、おかしな動きがあるようです」


 アムテリアは、自身が禁忌とした奴隷制度が一部の国に根付いていることを言っているのであろうか。彼女はその表情を引き締め、映像を見つめなおした。


(われ)の世界もそうだが、我らでも見通せぬ事柄があるようだ。我らも惑星神とはいえ、まだ新米だから、仕方がないともいえるが……だが、不穏な気配を感じる」


 ユグは、アムテリアが守護するこの星とは別の惑星の最高神を務めているらしい。一つの太陽系に人類の生存可能な惑星が複数存在するのは非常に稀である。たぶん別の太陽系なのだろう。


「ユグ殿の目でも見通せぬとは……」


 アムテリアは、ユグの苦渋に満ちた言葉に眉を(ひそ)めた。

 知恵に長けた老人といった風体のユグ。だが、全てを冷徹に見通すかのような彼の隻眼にも、例外があったようだ。


「結局、地上のことは地上の者に任せるしかないのかもしれん。我らはいずれ消え去る身。それが黄昏なのか、新たなる地への旅立ちなのか、どちらにせよ永遠に子供達を慈しむことは不可能だからな」


 神々も宿命からは逃れることはできない、そう言いたげなユグの言葉に、アムテリアも頷いた。


「幸い、そなたのところには有望な息子がいるではないか。あの男に期待して裏から支えるのもよかろう」


 ユグは、憂いに満ちた表情から一転してアムテリアに微笑みかけた。


「シノブは……あの子を死なせたくなかっただけです」


 対照的に、アムテリアは悲しげな表情であった。彼女はシノブの活躍を喜ぶ一方で、あまりに早く偉業を成し遂げた彼の行く末を案じているようでもある。


「所詮、我らも世界を構成する要素にしかすぎない。(われ)の昇格もそうだが、我らとて己の未来を操ることなど不可能だ。

それに、息子の手助けをするのも母の役目ではないか?」


「そうですね……」


 ユグの言葉に、アムテリアもついに頷いた。

 二柱の神は、それ以上何かを口にすることもなく、じっと地上の様子を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「……アムテリア様?」


 ユグが去った後、沈んだ様子のアムテリアに天狐族の少女タミィが遠慮がちに声をかけた。

 彼女は、アミィに良く似た狐耳を僅かに傾げ、薄紫色の瞳に心配そうな色を浮かべている。その尻尾も、彼女の気持ちに影響されているのか、どこか力なく不安定に揺れていた。


「タミィ、ありがとう。ユグ殿は、知的で自他に厳しい立派な方ですが、それ(ゆえ)、話が重くなっていけませんね」


 アムテリアは、相手の心中を察することができる。流石に同格の神であるユグの心は読めないであろう。だが眷属であるタミィの胸のうちは、当然のことながら読み取ったようだ。

 彼女はその美貌から憂いを拭い去り、慈愛のこもった笑みを浮かべた。


「地上ではアミィも頑張っているようです。きっと大丈夫でしょう」


 そう言ったアムテリアは、タミィを呼び寄せる。


「はい! 姉上もそのお言葉を聞いたら喜ぶでしょう!」


 どうやら、タミィはアミィの妹らしい。彼女達はアムテリアが作り出した眷属である。だから、ある種の姉妹には違いがないのであろう。

 アムテリアが明るさを取り戻したのを見て嬉しげな表情となったタミィは、素直に彼女の下へと駆け寄ってくる。


「さあ、こちらにいらっしゃい」


 アムテリアは、タミィを自身の膝の上に抱え上げて、そのまま炬燵(こたつ)に一緒に入る。

 タミィはアミィより小柄である。およそ6~7歳程度に見えるタミィは、アムテリアの腕の中に呆気なく収まった。


「アムテリア様! そんな、畏れ多いです! お離しください!」


 女神の膝に座らされたタミィは、当然ではあるが驚愕したようである。彼女は、その目を見開き、薄紫色の瞳でアムテリアを見上げていた。


「タミィ、私も(さち)を授けるだけでは不公平だと思いませんか。私は世界に幸せを(もたら)す。貴女は私に幸せを(もたら)す。これで釣り合いが取れていると思いますよ」


 アムテリアは、恐縮して膝から降りようとするタミィに華やかに微笑んでみせる。


「それは……いえ、ともかく私ごときがアムテリア様のお膝に座るなど、あってはなりません!」


 暫しアムテリアの微笑に魅せられていたタミィだが、我に返ったとみえ、再度その手から逃れようと試みる。だが、アムテリアの力は意外に強いようで、タミィは女神の柔らかな腕に抱かれたままであった。


「あら、アミィから聞いてはいなかったのですか?」


「聞いていません~!」


 アムテリアは意外そうな顔を一瞬見せたものの、タミィをギュッと抱きしめてその華奢な体を(いと)おしむように頬ずりをする。


「あの子は真面目ですからね。地上で会ったときも、畏まった様子を崩しませんでしたが」


 どうやら、アミィもアムテリアに()でられていたようだ。

 彼女はシノブの前ではそんな素振りを見せなかった。だが、妹であるタミィにも知らせていないところをみると、案外恥ずかしいから黙っていたのかもしれない。それとも、アムテリアの権威が下がるとでも思ったのだろうか。


「シノブ……貴方には苦労をかけますが、地上は貴方に託すしかないのかもしれません。どうか、これからも人々と絆を結び、良き方向に導いてください」


 相変わらず、恐縮した(てい)のタミィは、アムテリアの呟きを聞き、ハッと彼女の顔を見つめなおした。シノブが生きる惑星の最高神であるアムテリア。彼女は多くの慈愛と僅かな懸念を含んだ眼差しを、眼前に映る光景へと向けていた。

 そこには、祈りを捧げる地上の人々が映っている。それを見るアムテリアの翠玉(すいぎょく)のような瞳は、彼らに良き年が訪れるよう願っているかのような、温かい光が宿っていた。


 正月特別編としてコメディを目指したはずなのに、何故かこうなりました(笑)

 今年が皆様にとって良い年となりますように。


  創世暦1001年 元旦


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