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ねぇ、妙に金属っぽい冷たく乾いた匂いがする夜だと思わないかい?

信じられるかい?

これだけたくさんの人がそこにいながら。大勢いながら。

誰も僕の事を見ていない。誰も僕のことを気にしていない。誰も僕のことをよくしらない。

きっと名前すら知らない。


みんな楽しそうに談笑しているか、和気あいあいと協力して働いているか

あるいはパソコンに向かってカタカタやって、顔をこちらに向けもしない。


ああ。寒い。僕は寒い。とても寒い。これは。この孤立は。この疎外感は。 骨身にしみる寒さだ。

人間には尊厳があるんだよ。尊厳という火が灯っているんだよ。

その人間というものをまるで物言わぬ物体みたいに扱ってさ。

だからだよ。物体は重い。物体は冷たい。


僕は物体だ。この身を切るような寒さは 自身が物体に成り下がってしまった故の寒さだ。


僕は誰にも理解出来ない程 繊細に壊れやすく作られた 冷たく冷えきった構造体だ。

無駄に大げさで複雑で難しい仕組みで作られているというのに、それが決して何の役にも立たない。

ただただ使いづらい冷たい冷たい置物だ。


その他大勢の、具体的でシンプルで役に立つ快活な機械と一緒に並べられているんだけども

誰にも求められず 触れられず 使われずに 棚の隅で埃をかぶっているんだ。


いやいや。ふと見回してみたところ、他のみんなだって所詮は物体なのか。

肉も暖かさも持たぬ、つまらない物体なのか。


ただ、どうやら、他のみんなは、とても頑丈で均質で無垢な素材から出来ているらしいのだ。

みんな仲良くお揃いの素材で出来ているようなのだ。


みんな真剣にお互いにぶつかり合う。腹を割ってお互いをぶつけ合う。

そうやるとぽかぽか暖まるからね。


みんな絶え間なく休みなくぶつかり合う。倦まず弛まずぶつけ合う。

ぶつかり合うことに、ぶつけ合うことに、何の抵抗も何の痛みもない

それがとても自然に繰り返し試行され、日々営まれ、みな自然に生き生きと

熱を持って、ジュールを保持していられるのだ。


僕はといえば、とても駄目だ。そんな方法、目も当てられないよ。

僕は全然衝突に耐えられない 僕はまったく摩擦に耐えられない。ぶつかり合ったら最後

二度と立ち直れない。僕は繊細で役に立たない構造体だ。


でも、でもね。どうせなら最後は、みんなと同じようにぶつかって、そして木っ端微塵になれたら

清々しいのになぁ。


でも、とても無理だ。誰も目を合わせてくれない。

誰もこっちを見ようとしない。ここは。この空間は。零下150度の真っ暗な真空だ。


おや?チープな音を立てて、何やら部品が飛び出した。頭のネジが外れちゃったのかな。

大丈夫。複雑な構造体である自分は、自分で自分の構造を修復できる。自己修復機能が

備わっているんだ。そういう風にできているんだ。そういう風にしてやってきたんだ。今の今まで。


飛んでったネジがひゅーんと、隣に置いてある「均質で無垢な物質」の一つにぶつかった。


そして、その物体と目があった。にっこりと笑顔で手渡されるネジ。

その物質にぶつかって、返ってきたネジは、ほんのちょっぴりだけ暖かかった。


本当に本当にほんの僅かだけ熱を取り戻した僕は、こんなことの繰り返しで

まだもう少しなんとかやっていこうと思った。


ところで、ねぇ今日は、妙に金属っぽい冷たく乾いた匂いがする夜だと思わないかい?




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