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まだまだ 相方募集中?  作者: 白い黒猫
大人の恋の始まり?
4/6

逢いたいから?

 一月末からそんな空気はあった。しかし二月になると世間は比喩的な意味でなくハートマークが飛び交う時期になる。バレンタインからホワイトデーまでのこの季節。恋人も好きな人もいない人にとってはなんとも切ない期間になった。

 とはいえ今年はバレンタイン、つまり今日はお得意様の女性から合コンに誘われている。そこで勝負をかければこの季節も楽しく過ごしていけるかな~と思いながら朝電車に揺られている。

 あれから、電車で痴漢を目撃するということもなく平和な通勤時間を過ごしていた。今日も変わらず社内吊りを眺めていた。


『君に会いたい……だから君を想う』


 そんなコピーのついた、期間限定コンビニスィーツ第二弾『君想いマカロン』の宣伝をみあげた。


 また、いかにもな宣伝文句……と思い苦笑する。そしてコレから出来るかもしれない恋人という存在について考える。


「あの、サカタさん」


 ふと自分の名前を呼ばれた気がして、我に返り辺りを見渡す。すると背中をツンツンと遠慮がちな感じでつつかれる気配がする。

 周りに迷惑を掛けないようにゆっくり周り振り向くと俯いたロングヘアーの女性の姿があった。

 コチラを見てないので間違えたかなと内心焦る。

 普通なら有り得ない距離感で向きあってしまった事にどうしようかとも思った。

 不自然に身体を回そうとした時、その女性が顔を上げる。チョコンとして丸く少しビックリしたかのように見える眼。形は良いけど小さい鼻、淡いピンクの口紅がひかれた厚みのない唇。それらが緊張したように俺を見つめていた。

「あっ、君」

 俺がそう言うと、その女性の表情がパアっと明るくなる。

「せ、先日ほありがとうございました。本当に助かりました」

 十日程前に痴漢にあっていた女性。周りに迷惑にならない程度に頭をさげる。人が密着している状態。それだけにあまり動作大きくすると、人に頭突きしてしまう事になるから仕方がない。

「いえ、あなたも大変でしたよね」

 女性は首を横に小さくふる。その表情は明るく笑っており、その元気そうな顔を見て良かったと思う。

 痴漢の直後は動揺して顔も引きつって酷い表情だった。こうして落ち着いた状態に戻ると結構可愛い人だったんだと気付く。そんな女性とこの距離で話していると、何だかドキドキしてくる。身長があまり変わらないだけに、視線がバッチリ合いやすいのも恥ずかしい。

「そう言えば私の名前を良くご存知でしたね」

 必至で平静を心掛け、営業時の余所行きの声を出す。

「あ、会社に電話かけられていたのが聞こえていたので……。ゴメンナサイ。いきなり名前を呼びかけて失礼でしたよね」

 お礼は慌てて首を横にふる。隣でギャグのようなやりとりをしていたのを聞かれていたのが恥ずかしい。

「あの時あのまま別れてしまい……。お礼も言いたかったのに……それでこの、電車に乗っていたら会えるかなと思っていたのですが」

 女性はそう言って俯く。

「そんな事は気にしなくても良いのに、当然の事したまでですから」

 我ながら格好良い事を言っている感じが何か恥ずかしくなる。

「そういえば、最近忙しくて一本早めの電車にしてたから、コレ乗るの久し振りかもしれません」

 恥ずかしさを紛らわすためにどうでも良い事を続ける。

「だからなのですね。なかなかお姿を見られなかったのは」

 俺を見て嬉しそうに笑う顔に、いらぬ勘違いを起こしそうな自分を律する。

「あの、コレ、大したものではないのですが」

 相手の女性は、オズオズと腕を引き上げる。そこに小さい紙袋とコンビニのレジ袋。両方受け取って良いものかと悩む。二つとも差し出してくるので俺は小さくお礼を言いながら受け取る。

「本当大したものではないので、そのお菓子はオマケというか……バレンタインですし。話題にもなっているから……」

 赤くなって俯く雰囲気が何とも可愛らしい。守ってあげたい、包んであげたいという雰囲気。

「でも、自分用に買ってたのでは?」

 そう言うとますます顔を赤くして首を横にふる。

「二つとも貴方に差し上げるために用意したものです!

 今日こそ会えるかな? と毎朝買ってたの。貴方に贈りたくて……。

 馬鹿みたいですよね……。

 でも今日会えて良かった」

 何だろう凄くこそばゆくて嬉しいこの感じ。俺の顔も赤くなるのを感じる。

「俺も、会えて良かった」

 何馬鹿な言葉を返しているのだろうか? 彼女は嬉しそうに笑ったけれど、ここでがっついてはいけないと戒める。彼女の俺への気持ちは、あくまでも感謝の気持ち。惚れられてはいるなんて自惚れは絶対ダメだ。

「あ、あの、私ツガイと申します。ツガイキョウコです」

 ツガイ? どんな漢字書くのだろうかと首を捻る。

「番号の(ばん)と書いてツガイと読みます。変な苗字でしょ?」

 俺の表情を見て察したのだろう。そう補足してくる。つまりペットを雄雌で飼うあの(つがい)なようだ。人の事言えないけれど世間には面白い苗字がまだまだあるものだ。

「ですね、でも俺の名前も変なのですよ! お笑いとかの相方と書いてサカタ。こっちの方が変でしょ?」

 番さんは、目を驚いたように見開く。

「でも、なんか似てますね」

「だね」

 二人でクスクス笑いあった。そんな時に電車は俺が降りる駅に到着する。

「俺はここだから。

 ありがと、コレ。

 じゃあ……またね」

 もらったモノを掲げて俺は彼女から離れた。

「はい! また!」

 そう言う返事が返ってきた事が少し嬉しい。

 満員電車で押し潰されそうに、なりながらも番さんは笑顔で小さく手をふってきた。二人の間で扉が閉まり、電車がホームからいなくなるのを、俺はただ見送る。

 降車客が移動し少し閑散となったホームでちょっと気になりもらったものをのぞいた。

 紙袋には手に乗るサイズのブランドの包みが入っている。レジ袋覗くとハートの形のマカロンが入ったパッケージが見えた。『君想いマカロン』という名前がついている。女の子が好きそうな可愛い包装のソレに、ムズムズしたモノが身体の奥から沸き起こってくる。

 気分を入れ替えるために視線を上げた。アイドルの顔が大きく入った『君思いマカロン』の看板が目に入った。

「君に会いたい……だから君を想う」

 看板に書かれた文字をつい音読してしまい、一人照れる。

 顔を横に小さく振って俺は、職場に向かって歩き出すことにした。


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