ショコラは初恋の味?
コチラの作品は、春隣豆吉さんとトムトムさんの共同企画『コンビニスイーツでI Love You』企画参加作品です。
コチラこのイベントの第一回開催時に短編として公開したものを、今回連載作品の一話目として再収録させて頂いております。
「こんにちは~マメゾンの相方です!」
Joy Walker編集部の扉を開けて元気に挨拶するものの、部屋には人がいなかった。
取材に出る事も多くて忙しい編集部だけに。不在者がいないのは仕方がない。とはいえここまで人がいないのは珍しい。壁のホワイトボードで確認すると何人かは社内にいるようだ。そして五つあるミーティングルームのうち二つが使用中となっている。
メモ残して別部署を回ってからまた来ようかなとポケットから手帳を取り出したとき。使用中となっていたミーティングルームの扉が開いた。そこからチラリと丸顔の女性が顔を出す。
この部署に置いてもらっているマメゾンのコーヒーメーカーの管理担当している清酒さん。
俺の顔を見て明るくニッコリと笑う表情が何ともキュートである。丸くてクリッとした瞳が可愛くてホンワカとした癒し系の空気を纏っていて、俺の好みのど真ん中。
人妻であることが本当に残念でたまらない。
「相方くん、こんにちは! ゴメン、チョットまっててくれる?」
そこから出てきたという事は、打ち合わせ中なのだろう。
俺は他の部署から回れば良いかと『また後程参りますよ!』と返すが、清酒さんは俺の顔を見て何か思いついたようで、手招きしてくる。
「相方くん、今日時間ある?
ねえねえ、丁度今の企画にピッタリの人材が見つかったかも!」
次の約束は夕方だから時間はあるので俺は頷く。こう言う誘いは乗るに限る。新規開拓としていきなり会社を訪問するよりも新たな展開を望めるから。
チョット気になる言葉を言われた気はした。しかし俺は笑顔でホイホイとミーティングルームへと向かう事にする。
僕を迎え入れる清酒さんの笑顔は相変わらず柔らかくて、なんか癒される。清酒さんが結婚していなかったら、また違った意味での展開も望んだのだろうが、そうもいかない。しかも元上司の奥様となった人は口説けない。
招かれて部屋を覗くと、中には六人の人物がいた。その人達が一斉に俺を見てきたので緊張する。
Joy Walkerの編集者である田邊さん。出版系の人がするような活動的な恰好の三十代前半くらいの女性が一人。キッチリとしたスーツを着た男性が一人とキャリアウーマンという感じの女性が二人。
女性は仕事をバリバリする感じでスーツの着こなしも化粧もビジネスメイクで隙がない。比べ男性は清潔感はありながら柔和な顔立ちもあり取っ付きやすく見えた。
顔見知りの田邊さんは普通にニコリと迎えてくれる。しかし女性二人はコチラをマジマジと観察するような目が少し怖い。そしてニヤリと迫力のある笑顔を向けてきた。
「キャー! 可愛い! いいかも! さあ、コチラどうぞ!」
特に女性陣に熱烈な歓迎を受け、俺は戸惑いながら笑顔を作り中に入る。
いきなりこの状況の女性の中に飛び込むのは怖い。清酒さんと田邊さんの隣へ行き、名刺を出しマメゾンの営業マンであると自己紹介する。
ニコニコした皆の笑顔が妙に怖い。何故呼ばれたかを察する為に部屋の中を素早く見回し状況の理解を努める。
中心のテーブルの上には、蓋の空いたクーラーボックス。
周囲には透明なプラスチックケースに黒の蓋のついた『初恋ショコラ』という名前のチョコレートケーキが並んでいる。コチラのお菓子は所謂コンビニスィーツ。
今女子に大人気のアイドルが『ケーキとぼくのキス、どっちがすき?』と甘い笑顔で言うという恥ずかしいCMで売り出しているものである。ホワイトボードに書かれた内容から察した。多分今度Joy Walkerさんがこのお菓子をタイアップで紹介するという事だろう。ここで会議しているのだろうが、部外者の俺がここに入っても良いものだろうか?
ホワイトボードに書かれた文字を読んでみる。
『コンセプト=男性を巻き込む
男性向けをイメージすることで、甘党男子も買いやすく、また女性も男性と一緒に食べる為に買うように』
『ターゲットである一般男性にスポットを当てた切り口で!』
ターゲットが男性という割には、TVCMは男性には鳥肌モノな内容。女性が喜びそうな感じだだ。俺はホワイトボードに書かれた内容を見て、そんな事を考えていた。
部屋にいたのはJoy Walkerの記者の田邊さんと清酒さん。そしてJoy Walkerの母体企業である大手出版社のJoinの女性記者である遅沢さん。
『原稿が遅れるに簡単な沢で『おざわ』です』と快活に挨拶してきた。
スーツ姿の二人は初恋ショコラを製造しているメーカのマインドの広報の方。女性がマネージャーの四十万さんと、男性が販売促進リーダーの十二さん。こういった役職は上下関係が分かりにくいが四十万さんの方が上司のようだった。ハキハキしていてパワフルな感じの四十万さん。ソフトな女性的な柔かさをもつ十二さんの組合せは何ともシックリしていて良いコンビであるのを伺わせた。
普通こうも珍名の人がいたら、名前に対して何だかのやり取りが起きそうなもの。しかしこの五人が顔を合わせた時にそういった話題で盛り上がる事はすんでいたのだろう。もしくはメンバーの殆どが珍名の為、面倒なのでスルーされたのかもしれない。俺が加わった所で俺の苗字に対してのツッコミもなかった。ホッとしたやら、物足りないやらと思う。何やらスマフォを懸命に弄くっている清酒さんの隣で田邊さんがニコリと俺に笑いかける。
「相方くん、俺たちのこの企画の為に君に一肌脱いでもらいたいんだけど」
二人の女性の恐いほどニッカニッカした笑顔に引っ掛かるモノを感じたけれど、悲しいかな営業の性。
「私に出来る事なら、何でもやりますよ!
……協力出来る事でしたら……ですが」
元気に答えたものの、何頼まれるのか怖くなり、後半尻すぼみの言葉になってしまう。そんな俺に部屋中の人がみな吹き出す。
「大変な事じゃないのよ。
まあそんな緊張しないで! 良かったらこの『初恋ショコラ』食べて」
俺は座らされて前に出されたお菓子を恐縮しながら食べる事にする。多分このお菓子の感想でも聞きたいのだろうと思ったから。
「実はね、貴方にはマメゾンの営業として、うちの雑誌のインタビューに答えて欲しいの。それだけ」
俺はショコラケーキを美味しく頂きながら、遅沢さんの言葉に相打ちをうつように頷く。男性をターゲットにしているだけに、 ビターテイストで軽い口当たりがまた良く、素直に美味しかった。
「しかし、私は平凡なサラリーマンですから、そんなインタビューしても面白くないですよ。そんなに語れる事もあるとは思えませんし」
思ったよりも、大変そうな事でもない。しかし俺のような素人の意見なんて参考にならない気もして、そう口にしてしまう。
と言いつつ俺は心の中で、TVのグルメレポーターチックな気の効いた言葉を言えるように色々と考えていた。
「大丈夫よ! 今社会で活躍している若者に『初恋ショコラ』を食べながら初恋の思い出を語ってもらうだけ! 簡単な事だから」
俺は満面の笑顔でその言葉を言う遅沢さんを前に、営業用の顔を忘れ思いっきり顔を引きつらせてしまう。何? その罰ゲームのような企画。
「この企画三誌共同企画なの!『日溜まりSUN歩』だけでなく女性ファッション雑誌『Pupila』。男性雑貨雑誌『BUTU』にも、貴方の写真とコメントがのるのよ! スゴイでしょ!」
それって恥ずかしさが三倍になるだけのような。
「この企画、誰でも良いという訳でもないの! 商品イメージを落とさない感じで写真映えする人にやってもらいたいの。その点キミは可愛いからバッチリで!」
茫然としているうちに、四十万さんまでが参戦し二人がかりで説得しにかかってくる。年上女性二人に捲し立てられ、このままだと返事しなくても決定してしまいそうだ。二人の女性に迫られながらも『マメゾンの営業として』と言われた事を思い出す。
「面白そうな企画なのですが、そういった内容ですと会社の許可も必要になります。一旦持ち帰らせ頂き、後でお返事しても良いでしょうか?」
ここは当たり障りのない言葉を返し、逃げるに限る。そして距離をとった後で、会社の許可を取れなかったという事で断ろう。
『回答はどなたに返せば良いのでしょうか?』というのを確認しつつ逃げの路を作る。それまで黙りこんでいた清酒さんが顔を上げニッコリと俺に笑いかけてきた。
「相方くん、大丈夫ですよ!」
大丈夫って何が? 俺が首を捻っていると、清酒さんはとんでもない事を言ってくる。
「会社の許可はとれましたから! マメゾンのコーヒもさりげなくテーブルに置いてくれればOKだと。それでどうにでも自由に使っても構わないって!」
部屋の空気が一気に盛り上がり、俺はフリーズする。『自由に使って』って、俺の事ですか?
それで清酒さんが先程から静かだったようだ。マメゾンに務めている彼女の旦那様であり、俺の元上司に連絡していた事に今更気が付く。
「この子の旦那さまが、マメゾンの広報やっているんですよ。
あっタバちゃん清酒くんに、企画に合いそうな人物をの紹介してもらえないかな? 今の所だと候補の業界が片寄っているから」
皆にマメゾンの方の清酒さんの事を説明している田邊さんに必死に俺は追いすがる。
「だ、だったら清酒さんの方が適任ではないですか? 俺よりも! 企画に沿ったトークも出来そうですし。格好良いし!」
こうなったら今話題にも出てきた事だし、俺にドエライ事をさせようとしている元上司を逆に売る事にした。
しかし奥さまである清酒さんは微妙な顔をする。そこに複雑な女心を察してしまう。
夫婦で仕事するのは恥ずかしいものがあるかもしれない。それに愛する旦那さまの初恋エピソードは聞きたくないモノなのだろう。
「清酒くんも悪くないけど、年が行き過ぎてるんだよな。
もう少しフレッシュさが欲しいというか」
田邊さんは苦笑しながら、そんな事を言う。
ホワイトボードをみると『二十代サラリーマン』という文字を見つけた。
という事は髭がオシャレなワイルドな格好良さをもった田邊さんも余裕で逃げられているようだ。
上品にスーツを着こなしている二十さんに視線を向けると困ったような笑顔を返してくる。
「僕もこの企画に強制参加されてそのリストにはいっているんです。だから一緒に頑張っていただけませんか?」
そう言われて、いよいよ断れなくなってしまった。
確かに彼は一番に餌食になる存在なのだろう。そして企画に誘われて戸惑っている人も、この人の最後の一言で承諾せざる得なくなる。良く出来たシステムである。
「は、はい」
元気なく頷く俺のポケットで携帯が震える。それは会社から支給された携帯。メールではなく、電話がかかってくるというのは珍しい。俺は部屋にいた人に断ってからミーティングルームから退室し電話にでてみる。
「よっ! 頑張っているな」
元上司である清酒さんの声。
「頑張っているじゃないですよ! 何勝手に許可なんか出しているんですか、部長に知られたら何て言われるか」
クククという笑い声が聞こえた。
「その辺りの許可はちゃんと取ったぞ! 丁度打ち合わせしていた所だったし。佐藤部長は喜んでいたぞ」
そういう所はシッカリしている方だった事を思い出す。それに部長は喜んでいたというより、面白がっていたというだけだと思う。
「あの、困りますよ」
「なんで? お前は適任だろ! 会社のイメージアップの為に頑張れ! まあ話す内容などは俺も相談に乗ってやるから」
どこが適任というのか、初恋の話なんかを晒す事がイメージアップに繋がるとは思えない。優しげな言葉を言ってくるが、絶対ニヤニヤと楽しんで言っているのが何だか分かる。
「お、相方くんか、今回の件は良い機会だ頑張れよ」
いきなり電話の相手が部長に変わり、清酒さんへ言いたかった文句が言えなくなる。
「あの、部長、こんな事してもあまり意味はないと思います」
「相方くん、ああいった雑誌に『マメゾン』の名前を載せるのがどれだけ大変か分かるか? 普通だったらお金がかかるところタダで載せられるなんて願ってもないチャンスなんだ。だから文章にもなるべくマメゾンとか珈琲とかの単語を入れるようにしろよ! その点は清酒くん夫妻と相談してくれれば――」
広告塔として祭り上げられている事に目眩を感じる。珈琲はともかく初恋の思い出にどうやってマメゾンの名前を入れろというのか。悉く逃げ道を封じられて俺は脱力する。
「チョコレートケーキって良いですよね。他のケーキに比べて男性でも食べていても絵的に違和感ないから食べやすいというか。珈琲との相性もバッチリだし」
「初デートの時もチョコレートケーキと珈琲を頼んで大人な男! というのを気取ったのを覚えています」
「チョコレートって初恋っぽい味ですよね、甘いだけでなくビターな所もあって。後から考えてみると必死な分恥ずかしい事ばかりやっていますし(笑)あの頃はもう、――」
態とらしく背後にマメゾンの珈琲メーカーが置いてある場所。そこでマメゾンのロゴの入ったマグカップで珈琲を手に笑顔を浮かべる俺。その下に、発狂したくなる程恥ずかしい事を言っている自分のインタビュー。
書かれた記事の掲載された雑誌を前に俺は悶絶していた。CMに出演していた恥ずかしい台詞をサラリといったアイドル。ハッキリ言って馬鹿にしていたけど今は尊敬する。
態々職場に郵送されてきた三冊の雑誌を俺から取り上げニヤニヤみながらその話題を楽しむ営業部。その会話を聞き流しながら俺は机に俯してしまう。
その雑誌は今日発売されていたらしく、他の部署に行っても、それをネタにからかわれる。その事もあり精神的に異常に疲れて一日が終わった。
会社を出て駅まで歩いているとスーツの胸ポケットに入っていたスマフォが震える。LINEで何か届いたようだ。
『雑誌見てびっくりしたわよ! 何恥ずかしい事公開しているのよ! もう友達から連絡きまくってるのよ! 恥ずかしい~!!』
という書き込みの後に怒り狂ったクマのスタンプ。
元カノからの怒りのメッセージだった。といっても高校時代の彼女で、別れてから殆ど連絡していない相手。
その後も同窓会で顔を合わせることもあった。携帯の住所録から互いの連絡先は削除していなかったようだ。
LINEの友達欄にズッといるのは気になってはいた。だからといって、あえてメッセージを送るなんて事もしていない。そんな相手から今日突然メッセージが来てビビる。
確かに彼女とのデートと思われる内容の事も喋ってしまった。
高校時代のダチならみんな俺達が付き合っていた事も知っている。彼女もこの記事でからかわれてしまったのだろう。
しかも俺の名前がありきたりでない為に、一度でも俺と接触したヤツがみたら『俺だ!』って分かってしまう。
『ワルイ!』
謝っているスタンプと共に、そう返しておく。
『友達に言われて雑誌買って読んで、顔から火が出るかと思ったわよ!』
そして怒りながらクマに蹴りいれるウサギのスタンプ。
『俺だって恥ずかしかったよ、でも会社命令で仕方なくて。思い出を元に当たり障りない感じで喋ったつもりだった。まさかお前にまでそんな迷惑かけていたなんて。本当にゴメン』
そう打ちこみ土下座のスタンプをさらに送信。
『まあ、いいけど……。
久しぶりにトモくんの写真みられたのは、楽しかったから』
こういう言葉にどう、返せばいいのか? 嬉しかったでなく、楽しかったの意味が気になる。
『そう? チョットはいい男になっただろ?』
あえて冗談めかしてそう書いてみる。色男がキザに気取っているスタンプをつけて。
『そうだね、相変わらず可愛いね』
そうしてニヤリと笑うウサギのスタンプが届く。
可愛いって……。俺にとっては禁句の言葉だ。それを知ってあえてそう書いてくる所に溜息がでる。
『そうだ、なんかね、今日、あの事でトモくんの話題でみんなで盛り上がったの。久しぶりに同窓会でもしないかって話になったんだ』
俺のどんな話で盛り上がったのかが気になるが怖くてその話題を振れない。
『社会人になってからは、やってなかったもんな。そういえば』
送信しながら高校時代のダチの事を考えて、少し懐かしくなる。
『日時決定したら、連絡するね。トモくんの方からも連絡つく人に、その話を回しておいて!
じゃあ、またね!』
そうしてそのまま、LINEの会話は途切れてしまう。
不思議なものである。
同窓会とかで会っても挨拶はしていた。でも互いに顔を合わせると気恥ずかしく距離をとっていた相手。しかし文章での会話だと意外と自然に話せるものである。
同窓会、楽しみだなと思った後に、この雑誌の記事が載った後の事である事を改めて思い出す。ひょっとしていつも以上に話辛い状況になってしまいそうだ。
同窓会、出来る事ならこのほとぼりが冷めた頃にして欲しいな、と俺はそう願い空を見上る。するとやけにでっかく丸いお月様がポッカリと浮かんでいた。
『今空を見られる? 月が綺麗だよ!』
そういうメッセージを元カノに送ろうかなと思ったけれど止めた。そして俺は再び駅に向かって歩き出す。
相方くんが、宣伝にチョットだけ協力したコチラのコンビニスィーツは好評な売れ行きを見せ(CMに起用されたアイドルの力が大きい所ですが)、バレンタイン・ホワイトデーバージョンとして『君想いショコラ』と『君想いマカロン』というスィーツも発売される事になりました。
それらのスィーツが相方くんに、どんな恋愛を運んでくるのか? それをお楽しみください。