見た目に騙されてはいけません
刀身がキラキラと光を反射する。
少年はナイフのことはよくわからない。
いや、思い出せないだけなのかもしれないが。
少年は黒い紐の巻かれた柄の輪郭をなぞるように指を滑らせた。
(しっくりくるような…気がしないでもない。気のせいかもしれないけど。)
ナイフはかなり入念に手入れされており大切に扱われている。
確かにその日その日の食費に困っていたら売るかもしれなかった。
(僕は乞食じゃ、ない…ようだ。
じゃ、僕は一体なんの仕事をして…)
バンッ
思考を遮るように大きな音がして少年は弾かれたようにナイフから顔を上げた。
「待たせたな。」
両手一杯に食べ物を調達してきたサクヤがドアを蹴った音だった。
「よく食うな、お前。」
ほとんど一心不乱に食べていた少年は少し食べるスピードを緩めた。
「はあ、なんかいろいろパニクってて今までわかんなかったですけど結局お腹空いてたみたいです。」
「そうか、まあ遠慮すんなよ。」
「ありがとうございます。」
自らも喉が渇いたのか水差しに手を伸ばしつつサクヤがいう。
「そういや食いもん調達しながらお前の名前決めたんだけど…ききたい?」
「名前?」
思いもよらない言葉に少年は手を止めてサクヤを見た。
「ああ、ないと不便じゃん。
お前としか呼べないし。」
「はあ、僕は別にお前でもいいんですけど…」
「それじゃ、な。あんまりだと思って。」
(あれ…?
口を拭いながら言うサクヤを少年は少し見直した。
(なんだこの人、なんだかんだいって僕のこと考えてくれてるのか…。)
サクヤは蒼い目で少年を見据えた。
「空、だ。」
「カラ、ですか?」
「ああ、いいだろ?」
(カラ…あんまり聞かないような名前な気が…)
「不思議な響きだはと思いますけど…」
正直な感想を言うとサクヤは頷いた。
「古代語でな。意味は何もない、だ。
お前頭カラッポだろ?」
「語弊を招くようないいかたやめてくださいよ!僕は記憶がないだけです!」
「まあ、いいだろ?
結構呼びやすいやつ考えたんだし。」
(古代語、かぁ…いいかもしれないな。
意味はともかく僕のためにわざわざ考えてくれたんだし…)
「名前、ありがとうご」
お礼を言おうとした少年の前でそれに、とサクヤは独り言のように呟いた。
「やっぱ犬だって名前決めて餌やりゃ懐くって言うしな、部下だって」
「ぶふぁ!?」
「なんだ、きたないな。」
サクヤが吹き出した少年を見て端正な眉を潜めた。
「これってそういう飯なんですか!?
餌付けですか!
ぼ、僕はそんなんでつられませんからね! 」
(この人こんなこと考えてたの!?
何、すでに動物を慣らす的な認識だったの、この人!?)
冗談じゃない、と少年は顔を引きつらせた。
(この隊長さんが何を思ったのか知らないけど、軍なんて入ったら確実に死ぬ…
そこで少年の中でパッと考えがひらめいた。
(いやむしろ僕を殺したいんじゃね?実は僕、記憶ないからわかんないけどこの人になんかしたんじゃね?)
「なんでそんな嫌なんだ?」
その声でカラは思考をやめ、サクヤを見た。
サクヤはまだ分からないと言うように首を傾げている。
「わたしが女だからか?」
「いや、そうじゃなくてそもそも戦うのが…ってはい?」
(…今なんか衝撃発言された気がする…。)
少年は自分でもわかる引きつった表情でサクヤを見た。
恐る恐る聞き返す。
「…今、なんて言いました?」
「いや、女だから」
「は?あんた女なんですか!?」
言葉を遮ったカラにサクヤは憮然として言い返した。
「みりゃわかんだろう。」
「わかんなかったですよ!」
カラはサクヤをまじまじと見つめた。
確かに華奢な体づきだし、顔立ちも男にしてはかわいい…ような気がする。
声も変わってないし、喉仏もない。
ただ…
カラは思ったことを口にした。
「だって規格外に胸がな」
「よっし、分かった!」
急にサクヤが立ち上がった。
それと同時に猛烈な寒気が走り、カラは顔を上げ…瞬時に目を逸らした。
ギラギラと光る蒼い目。
「殺ってやんよ。」
(さっ、殺気がぁぁ…!)
じとっと冷汗をかくカラの前で仁王立ちしたサクヤは不敵に笑いながら言った。
「隊長のわたしが直々に試してやろうじゃないか。お前の実力。」
目を合わせないようにしながらカラは思った。
(これはアレだな、僕。
…完っ全に地雷踏んだ。)