答えが見つからないどころか一話で急展開です。
大陸には三つの国がある。
サルフィア、デテール、そしてアレイル。
中でも唯一王を持たない国、アレイル。
三つの国の中で最も小さなこの国はこの大陸の生活を支える魔石の良品質な物が多く産出することで有名だ。
そんなアレイルの中核とも言える山城。
その一部である塔の物見の為の窓に一人、腰掛けているものがいた。
もともと高地にある塔からは山の麓の草原までが一気に見渡せる。
その銀色の髪を平地より強く吹く風が悪戯に弄び、景色を映す蒼い瞳と微笑を浮かべた端正な顔を露わにした。
「そろそろ目ぇ、覚ます頃かな…」
何処か楽しげに聞こえる声は風にとばされていった。
落ち着いた白っぽい色で統一された部屋に寝台が一つ。
その上で、1人の少年が体を起こしていた。
少年は何故か悩んでいるような難しい顔をしている。
「…さて、問題です。ここは何処でしょう?」
少年は声に出して問うてみた。
誰に、というわけでもなく自らにである。
そしてその問いに少年は答えられなかった。
目が覚めた時には既に、この見たこともない部屋に寝かされていたのだ。
体の節々が痛むところから考えると、どうやら自分は怪我をしてここに運ばれたのだろうということくらいは推測したもののの、部屋に少年しかいないために本当にそうなのか少年が確かめる術はなかった。
「…まあ、僕がなんでここにいるかはとりあえずいいとして…本題です」
少年は先ほど何度も見た備え付けの鏡を見た。
白いくるりと巻かれた包帯の下からぴょんぴょんはみ出している癖のある黒い髪。
それと同じ、真っ黒な瞳が少年を見返している。
鏡が鏡である以上、それは少年自身であるはずなのだが。
「…誰か教えてください。僕は誰でしょう!?」
少年は頭を抱えてベットから立ち上がった。
(なんっ…にも、思い出せない!
僕は誰だ?ここどこ!?…ってあっ)
落ち着かなげにぐるぐると部屋の中を歩き回っていた少年はピタリと足を止めた。
真っ白なシーツにそれはもうべったりと泥が着いている。
それは乾いているもののちょっとやそっとじゃ取れそうにない。
少年は見る間にさぁっ…と青ざめた。
(まずい…こんな身なりじゃ金も持ってないのは目に見えてるし。僕、終わった…!記憶ない上に金ないとか人生詰んだ…!)
神経が図太いのか図太くないのか、そんなことを少年が考えていると、
バタンッ!
突然、何の前触れもなく扉があいた。
人影を確認した瞬間の少年の行動はもはや反射のレベルだった。
その場に座って平伏し、座礼したのだ。
いわゆる土下座。
「シーツ汚してすいませんでしたっ!働いて返します!なんでもやるから命だけは!」
「……」
一息に言い切った少年は床を見つめながらそのまま立ち上がって逃げ出したい衝動をなんとか抑えた。
(なんか自然に出ちゃったけど謝る方法覚えててよかったー!
これに免じて切って捨てるとかやめて!
…っていうかなんか言って!この間が怖い!)
顔を上げるタイミングもわからないので相手の表情さえ窺い知れない。
かろうじて少年に見えるのは高価そうな絨毯を踏んで此方へ向かって来る足である。
その足が少年の目の前でピタリと止まった。
いつ剣が落ちてきやしないかと戦々恐々としていると落ちてきたのは意外なものだった。
「…ふはっ、ふふふっ!なんだそれ、面白いな、お前!」
「…へ?」
楽しげな笑い声に恐る恐る顔を上げるとそこには銀髪の美少年が立っていた。
蒼い瞳が少年を見下ろす。
「やっぱ拾ってきてよかったわ」
(拾っ…?)
「シーツは気にするな。替えはあるし」
美少年はそう言って笑った。
シーツを確認しなかったところをみるとどうやら本当に気にしてはいないらしい。
(寛大な方でよかった…。)
少年はほっとして床に座り込んだまま美少年を見上げた。
改めてよく見直す。
綺麗な肩すれすれの銀髪に意志の強そうな蒼い瞳、特徴的な斜めに切り揃えられた前髪。
少しだけ見とれていると、視線に気がついた美少年は少し高めのよく通る声でいった。
「ほら、地面に座ってないでベッドにいろよ」
「あ、ありがとうございます」
差し出された手を取り立ち上がる。
(あれ、僕の方が身長高いんだ……)
力強く引き上げられ立ち上がると至近で見下ろす形になり、少年は少し驚きながらベッドに腰掛けた。
そんな少年に満足したように美少年も近くにあった椅子に片膝をだくように座る。
そして興味深げに少年を見ながら口を開いた。
「お前、名前は?」
その質問に少年は少し身体を揺らした。
「あ、えっと…あなたは僕の知り合いじゃないですか?」
苦笑しながらおずおずと尋ねた少年の質問に美少年は怪訝な顔をした。
(まあ、そうなるよな…
絶対この人と、僕、知り合いじゃなさそうだし…)
「どうやら僕、記憶喪失みたいで…
名前とか、出身とかわからないんですよね…」
弁明のようなそれを聞いて、美少年はなるほどな!と声を上げた。
「ああ、通りで最初にあった時と印象が違うと思った」
その言葉に、少年はパッと顔を上げて食いついた。
「貴方は僕に会ったことあるんですか!?」
「まあ、昨日初めてだけど」
「昨日?」
美少年が頷く。
「ああ。そん時お前、わたしの前で倒れてな。それで記憶がなくなっちゃったってところだろ」
「それで見ず知らずの僕を助けてくれたんですか…!?」
(何この人凄くいい人!神っ、神ですか!?)
少年の中で美少年の株が急上昇していく。
が、それに待ったをかけるように美少年はあっさり首を横に振った。
「いや?」
「え?」
「助けたっていうか、わたしが拾いたいから拾った」
「あの…“拾った”…?」
(さっきから表現、おかしくないか…?)
美少年はあぁ、言ってなかったな、と首を傾げる少年の前で続けた。
「わたしはお前を気に入った。
だからお前今日からわたしの下で働け」
「…は?」
「わたしの名前は サクヤ。アレイル国特攻隊隊長だ」
そういってサクヤはニヤリと、後に少年が夢で見るほど不敵に笑って見せた。