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岩木には大学時代から付き合っている同い年の彼女がいて、お互いの親にも紹介済みで、結婚も目前!と言う状態がここ何年も続いていた。
車で約1時間半程の所に住む彼女とは大学卒業後から中距離恋愛だったらしが、とても上手くいっていた。(あくまで岩木さんの主観だけどね とは思ったが、黙って聞く事を続ける)
でも、いざ結婚の話になると具体的な事が決まらない。
30歳を目前にした彼女の為にハッキリと日時を決めようとした岩木。
が、彼女に『待った』を掛けられた上に「気になる人が出来た・・。結婚を申し込まれてる・・」と言われた。
が、岩木の事は今でも勿論、大好きで結婚もしたい!と思うが、今の生活基盤を全部置いて岩木のところで新生活を始める自信が無い・・・。
それで進まない結婚。どうやって彼女を説得すれば良いか・・・。と言うのが岩木の相談(⁈)だった。
黙って聞いていた私たち2人は顔を見合わせた。
何て応えていいのやら・・・。
こんな大事な話を打ち明けてくれた岩木には申し訳無いが、私には望みが薄いように思えた。
フーっと大きな溜息を付いて私は話だした。
「あくまで私の考えなので、そのままイコール彼女と考えられると困るンですけど、このまま結婚って言うのは難しいような気がします。
今まで気にならなかった距離が、結婚が具体的になって問題になった上に「気になる人」の存在を岩木さんに明かす事からしても、私が思うにはこのまま結婚は無理じゃないかと・・・。」
話す私の前で段々と項垂れる岩木さんの様子に言葉を止める。
言っちゃいけなかった?!と恭子と鈴本を見る。
苦笑いを浮かべる恭子と只じっと私を見つめている鈴本。
ど、どうしろと? 何で何も言わないのー!!重苦しさに耐えられずに口を開きかけた私に
「な、女の子も同じ意見なんだ。もう縁が無かったと思って次へ行け!・・・」
諭すような優しい物言いで鈴本が岩木に話し出した。
「そうそうそう!! 女なんて幾らでもいるし♪
ホラ、ここにも独身の良い女が2人も居るぐらいなんだから!しっかりしなさい!!」
そう言って岩木の背中を叩いた恭子。
痛そうにしながらも動かない岩木に私は
「すぐに忘れるのは無理だと思うケド、彼女が好きで大事な分、彼女が幸せになれるように背中を押してあげれば・・?」
私の言葉にバッと顔をあげた岩木に
「それとも自分と別れた彼女には不幸になって欲しいって思う?俺を忘れるな!って思う?結婚を考える程の付き合いをしてたンだから、お互いに辛いのも苦しいのも分かるよ。でも、岩木さんに似合う人はきっと他にいると思うよ・・・。ね・・?」
自分でもえらそうに!って思う気はあったケド、苦しそうな岩木を目にして、懸命に言葉を捜して言った。
じっと私の言葉を聞いていた岩木さんは
「そうだな・・・。まだ踏ん切りはとても付けられないケド、彼女の為にも俺の為にも もう一回前向きに考えたいと思うよ」
「前向きはやり直すって事じゃ無いよね?!大丈夫?分かってる?」
と恭子の鋭い言葉にみんなで苦笑い。
「私はそんな忘れられないような恋愛をしてる岩木さんが羨ましいよ。
私、そんなに誰かを好きになった事は無いから。
誰かに心ときめくっていうような事が全く無い、枯れた生活を送ってるから」
そう言った私に恭子がスッと右手を上げて
「ハイ、右に同じ!!」
その返しにやっと笑顔を見せた岩木さんに、鈴本も安心したかのように目を細め
「ハイ、俺もトキメキ欲しいです!」
その言葉にみんなが本当の笑顔を見せた。
「立石センセ、聞いてました?今日は医師方の欠勤と出張が重なって人手が足りないので、夜間で救急対応をお願いしますね!」
「ハイ、わかりました。」
慌てて応える私に婦長が
「昼間のローテーションにも加わって貰えると有難いですが、その許可は頂けなかったので、診察の応援をお願いします。」
重ねて了承の意思を伝えながら、申し訳無い気持で居た堪れない。
いくら医師免許を取得した正式な医師になっても、この県病は私の職場では無い。
私の籍はあくまで大学病院で、『地域の医療機関との連携を図る』と言う名目で、新年度を迎えるまでここで勉強させて貰っているだけ。
医師が足りない時でも、コレが覆される事は無いと言っていい。
今日は本当に人が居ないのと、連休明けで患者が殺到するだろう・・と医局長が大学病院へ伺いを立て、渋々の態で許可が下りたと聞いた。
何とか昼間の診察の補助を終え、夜間にそれは起こった。
そして私はあの日を大きく後悔する事になる・・・。
80代・男性の緊急患者受入れ準備をしながら、到着した患者をストレッチャーで運びながらの声掛け、同時に救急隊員からの聞き取り。そして思うままに看護婦ともう1人の当直医でもある新人医師に次々と指示を出す。
幸い大事にには至らずに済んだが、年の事も考えて今晩一晩はICUに と判断した所で、家族への説明に向かう。
「皆川さんのご家族は・・」
と言いかけた私に岩木の驚いたような顔が目に入った。