21
「彼女とは結婚すると思ってたンだ」
鈴本は心持ち苦しそうに見えた。
「もうお互いにいい年だったし、このまま結婚するンだろう・・って漠然と思ってた。
でも、何だろうな・・・。結婚って2人だけの問題って言い切れないだろ?!
少なくとも俺は古臭いとは思うケド、やっぱり家と家との結び付きっていうか、その、何て言ったらいいのかなぁ・・・。お互いの気持ちは勿論大切だけど、結婚は2人だけとは言い切れない現実があってさ、それで・・・」
私を伺うように見る鈴本に私は相槌で、『分かる』と伝えた。
「俺は田舎の長男で、会社も引き継ぐ必要もあった。
彼女が大切でも、それより先に優先しないといけない事がその時はあったンだ。
イヤ・・・、違うな。やっぱり彼女との未来を何処かで‘無い’と思っていたのかも・・・」
彼は時折、私の顔を伺いながら、当時を思い出すかのように、ゆっくりと話している。
「付き合い始めて直ぐのお正月にさ、自分から『俺の家に行きたい!』って2日の家族団らんの場にやって来て、姉妹達の反感を買ったのを皮切りに、無理やり食器洗いを買って出て、何故か食器を割る!何だろうね、アレ・・・。もうドラマみたいだった」
苦笑いを浮かべながら話す鈴本に、同じく苦笑いが浮かんでいるだろう顔を向けて答える。
「それは困ったね」
「まだ、婚約者でも無く、只のお客さんなんだから、大人しくしておけば良いのに。
まぁ、良くも悪くも、何にでも積極的な人だったからね」
「羨ましい。自分に自信があるから、積極的にもなれるンだと思うし・・・」
「そうとも言うね。でも、美晴みたいにバリッバリの見掛けと違って、どこか自信無さげな女性も惹かれる物があると思うよ」
「とって付けたように言わんでも良いわ!
自分から告白するとかアプローチを掛けるって事も私には絶対に出来ないし、想像も付かない。
ハードルが高すぎる!」
「何もソレを目指す必要は無いと思うよ。
美晴には美晴の良さがあって、見た目とのギャップも、俺は美晴らしくて良いと思うけど・・・?」
何とも言えない優しい眼差しを向けられて、戸惑いのあまりに言葉が出ない。
同意を求めるかのように、伺うように鈴本は私を見つめている。
「美晴のご両親に会って、美晴がどうしてこんなに素直に育ったかが分かったよ。
美晴から愛されオーラが溢れてたのは、あのご両親に大切に、本当に大切にされて来たからだ!ってね」
「そうかな・・・?
でも、この年で1人でレストランにも入れない!とか時間のつぶし方が分からない!ってヤバすぎじゃない?!」
「別に良いンじゃないかなぁ。
美晴が直さないといけないのは、もう少し、その、ネガティブな考え方を止める事ぐらいかな。
周囲を気にし過ぎて、自分の意見を押し殺すのも度を越えるとしんどくなるよ。
もっとワガママになっても良いと思うよ、俺は。ん・・?」
「・・・スゴい、鈴本くんってお父さんみたい」
私の外見では無くて、内面をこんなに分かってくれる何て・・・!
私は嬉しさの余り、鈴本のショックを受けたような様子に気付きはしたが、ひたすら“スゴい!”を連呼して、感動していた。
「何か良い様に言われ過ぎな気もするケド、自分でもよく分かって無い自分の内面を教えて貰ってるみたい!鈴本くんって何者?!ホンマにスゴい!
外見に騙される!ってのは、鈴本くんにも言えると思うケド、人は見た目では判断出来無いってホンマやね」
「オイ!今のは褒めてる様には聞こえなかったぞ!」
「エー、そうかな~。でもさ、鈴本くんって見た目は学生でも十分、通りそうなぐらい若く見えるのは分かってるやろ?! でも、やっぱり大所会社の社長って感じ!
何でもお見通し! 私、鈴本くんに付いて行く!!」
「アホか!」
「イヤイヤ、かなり本気なんだけど?」
2人で大笑いして、美味しいお鍋を食べて、何時の間にか私の仕事の疲れも、内から湧いて来るような焦燥感も消えていた。
こんな時間を持てるなんて・・・。
鈴本と2人で居るのは本当に居心地が良い。良過ぎて困るぐらい・・・。
「チョット飲みたいンだけど。帰りは運転して貰っても良い?」
「勿論!何処へ行けば良いの?」
「近くに行きつけのバーがあるから。コーヒーやスイーツも旨いからお楽しみに!」
☆☆☆☆
連れて来られたバーは、私が思っていた“薄暗い、煙モクモク”っていうわけでも無くて、間接照明が大人な雰囲気の、お洒落な空間だった。
鈴本は聞いた事の無いリキュールの水割りを頼み、私にはコーヒーとオススメの温かいチョコレートケーキのバニラアイス添えを頼んでくれた。
ケーキは味もさることながら、そのデコレーションが素晴らしく、崩すのに気がひけて食べるのを躊躇する程だった。
「美味しい!! お店の感じも良くて・・・。幸せ!」
「そりゃ良かった。そう言えばさ・・・」
そう言って鈴本が話してくれた友人達の恋愛話や結婚話はとても興味深くて、勉強になる物でもあった。
学生時代から何年も交際して、結婚。その結婚はわずか半年に破綻。
離婚に至った理由が‘性格の不一致’だったって・・・。
交際中は彼女に対して腹が立っても、家に帰って次に会うまでにクールダウン出来ていたのが、結婚して毎日、顔を合わすようになってからは腹立ちが増すばかりで・・・って、恐ろしい現実世界。
2杯目を飲み終えた鈴本は、友人の悲惨に終わった結婚生活を思いながらか、
「これから もし、誰かと付き合いをするなら、結婚を考えられる人でないとって思ってる。時間の無駄って訳じゃ無いケド、未来を考えられない人と付き合うような年でも無いし、キャラでも無いからね」
「私もそうだな。お付き合いするなら結婚を考えられる人でないとって思う。その付き合いの結果、別れてしまうのはしょうがないって思うケド、遊びでは無理かな・・・」
「うん」
私を気遣っているのか・・・?とも思ったが、そうでは無いような鈴本の言葉と態度は、私を確かに元気付けて、励ましてくれた。
来て良かった!! 本当にそう思える、充実した時間を過ごせた。
嬉しくて、『ココは私が・・・』と出そうとしたのに、夕飯に続きココでも支払いを固辞されてしまった。
ココのところ、3回に1回ぐらいは支払いをさせて貰ってたのに、最近は全く支払いをさせて貰っていない。
支払われてばかりでは、誘われても行きにくい!と言ってるのにも関わらず、お金を出させて貰えない。
「何処に送っていけば良いの?」
「もう家に帰るつもりだったから、自宅までお願いします」
「了解です!取り敢えず会社の方へ向かうね」
「安全運転でよろしく」
「お任せ下さい、社長!」
私は上機嫌で車を走らせた。