第六話「名も無き老人」
5階に到達したユルゲン。
社長室の前に居ると踏んでいたガーディアンの姿が見えない。
「くそっ!もう逃げたのか!?」
急いで社長室を開けるユルゲン。
するとそこには、標的であるミリオン・ブレイブマンの死体が転がっていた。
「何だこれは!誰が先に……」
ユルゲンの他に社長を暗殺する動機のある者が……考えても分からない、それになぜ自分達と同じタイミングで暗殺を?
目的は達成されたものの、一気に力を失ったユルゲン。
だがそのユルゲンとは裏腹に、強烈な気配を放つ存在が屋上に感じられた。
「上に誰か居る……!」
ユルゲンは急いで屋上に登った。
すると、そこには一人の屈強な、しかし歳のいった老人が立っていた。
「やっと来たな」
老人は全て分かっていたと言わんばかりに、こちらを向いて立っていた。
「なんだお前は」
「ここの社長はわしが殺ったぞい」
「なんだお前はと聞いている!」
「ふん、それを聞けばお前は是が非でもわしと戦いたくなるじゃろうな」
意味深な発言をする老人。
「暗殺の予定が狂って、手持ち無沙汰じゃろう。少し手合わせしてやろうか」
「何で暗殺の事まで知っている……何もかも気に入らねぇな」
ユルゲンはサナエの死を直感していた。そのやり場の無い怒りをこの老人にぶつけるつもりだった。
「誰か大切な人でも失ったかの?それも貴重な経験じゃ」
「お前はいちいち気に入らねぇんだよ!」
ユルゲンは背中に手をやり、剣を引き抜くと見せかけ、腰のビームサーベルをものすごいスピードで投擲した。
老人が身構える。
と言ってもビームが出ていないので相手には何を投げられたのか分からないはずだ。
ビームが出るのは、相手との距離が最大出力時のビームの長さに達した時、つまり相手は不意に斬撃を受けるという寸法だ。
しかしこの攻撃を老人はいともたやすく避けた。
避けるには剣の柄の向きを目視できなければならない、なんてジジイだ。ユルゲンは思った。
だがユルゲンは、避けられる可能性を考え、飛び出していた。指に挟んだ三本のビームナイフでつかさず追撃する。
老人はそのうちの2本をサラリとよけ、3本目はガッチリと掴む。そしてユルゲンの着地に合わせて投げ返す。
ユルゲンは身をかわすが、ナイフが脇腹をえぐった。老人の方が一枚上手であった。
「ふむ。これまでブレイブマン殺害を成功させてきただけの事はある」
「く……なぜお前は何もかも知っているんだ!」
誰にも素顔を晒していないはずの暗殺が、この老人には分かっていた。
「分かるものには分かるものじゃよ。似た目的を持っておる者にはな……」
「お前もブレイブマンを憎んでいるものか。ならばこれ以上戦う意味はないんじゃないのか?」
思ってもいない事を口に出すユルゲン。
「いや、あるな。先ほども言うたじゃろう。ワシの事を知れば戦いたくなると」
「まさかお前は……」
ユルゲンは老人の一連の所作と言葉の反復でついに気付いた。
「わしもブレイブマン一族のものじゃ。お前と同じな」
そう、ユルゲン自身もブレイブマン一族であった。
ユルゲンは勇者狩りを終えた後、自害する事によって勇者狩りを完成されるつもりであった。
「俺の事まで知っているなんてな……貴様、俺の行動全てを見ていたというのか!」
「そうじゃ。若いころは前線で戦った身、お前より何枚も上手よ」
「俺は曽祖父の代まで一族の死を確認している。貴様が生きているはずはない!」
「その目で見ておらぬ情報など信じるな。周りに死んだと思わせればよいだけじゃ」
ユルゲンは傷を抑えながら、体勢を立て直した。
「じじい、名前は?」
「もう忘れたわい。『最初の勇者』と名乗っておこうかの」
「最初の勇者だと!?」
「そう、誰もが勇者と認めたあの頃……」
「そんな武勇伝は聞きたくない。呪われた血族は息絶えるのみだ」
「やはりお前の行動は、今までモンスターを殺してきた勇者の一族としての償いか」
「そうだ。そして最後に自害すれば俺の計画は完成する」
「そんな事をしても別の者が勇者にされるだけじゃ」
「それでも勇者さえ居なくなればモンスターが獰猛になる事はないんだ!」
老人はため息を一つ付いた。
「お前はわしらがなぜ勇者と呼ばれるようになったか、知らんようじゃの」
老人はその場に腰を落ち着けて、話し始めた。






