第二話「NK39」
ユルゲンの居た街、セントハイムは大陸の中央にあり、勇者の街として知られている。 ブレイブマンの本社があるのはそこから更に北、山を超えた所にあるローハイという街であった。2人は山を越えて本社に向かう。
ユルゲンは旅用に新しいマントと鎧に着替え、サナエは剣道着に愛用の刀、それにエンジ色のマントを羽織っていた。
「ローハイにはお前の妹が居るそうだな」
「はい。まだ小さいけど、結界師としてすごい才能を持ってますよ」
「色々と役に立ちそうだな」
「ダメですよ!本社に突入するなんて死ににいくようなもんです。あの子をそんな危険な場所にやるわけにはいきません」
「この世界に安全な場所なんかない。ぬくぬく自分だけ安全な場所に居るようなら、そいつは別の意味で死んでいるんだ」
「そういう言い方は好きじゃありません」
「ふん……」
話していると知らぬうちに二人は農村に入った。
今日中に山を超えてしまう予定だったので、素通りしようとしたが、ある男に呼び止められてしまった。
「おめぇら、登山者か」
畑の奥で農家のおじさんの声がする。
「そんなところでーす」
サナエが返事する。
「芋でも食ってけー。焼いてやっから」
この世界では芋というのは格安食材の一つであり、何故かモヤシやキュウリよりも安かった。
「まぁこの辺で座ってろ。今焼いてくっからな」
「はーい」
サナエが嬉しそうな顔でユルゲンの対面に座る。
「こんな無駄な時間を過ごしている暇は無いんだがな」
「いいじゃないですか。芋じゃあ恩の着せようもありませんし」
「ほれ、できたぞ。食え」
民家の裏に周って2秒も経たないうちに男が出てきた。
「はやっ!」
サナエが突っ込む。確かに早すぎるようだった。
「んな事どうだっていいべ。ほれ、食うのか。食わんのか」
「食べまーす。おいひー!」
「非常食でよく食うが、俺には食い飽きた味だ」
不満足な顔をするユルゲン。
「おらも毎日芋、芋、芋、でもう食い飽きただ!ぬはは!」
じゃあ別のものも作ればいいのに畑は一面芋だらけ。
「そうだ、風呂にも入って、今晩は泊まっていけ」
「え、いいんですか?」
サナエが喜ぶ。
「いいだよ。水張って来っから、ちょっと待ってろ」
「いや、そんな事をしている暇は……おい、サナエ、本当に泊まるつもりなのか?」
「いいじゃないですか、1日くらい。少しは身を休めないと、あれから気を張ってばかりでもうクタクタですよ」
「仕方ない、1日だけだぞ」
「やったー!」
日も暮れる頃、二人は風呂場にやってきた。
「ほれ、夫婦二人で仲良く入れ」
「夫婦じゃありません!っていうかまだ水じゃないですか」
「すぐ沸くだよ、ほれ、あっちが居間だべ、風呂から出たらあそこに来るべ」
二人がよそ見をしている間に、水はあっという間にお湯に変わった。
「あ、あれ、もうお湯になってますよ!?」
サナエが不思議がる。
「いくらなんでも早すぎないか?」
「こまけーこたぁいいから、さっさと入るだよ。おらは夕食の準備をしてくるだ」
そう言い残して、農民は台所があると思われる場所に向かった。
「何か変じゃないか?魔法を使った痕跡は無いし、農民風情があんなに早く湯を沸かせるなんて」
「そんな事はいいです。いつまでそこに居る気ですか?」
「あ、ああ、すまん」
「それとも一緒に入るんですか?」
「入るか!」
いたずらっぽいサナエの笑みを後ろ目にユルゲンは風呂場を離れた。
「い、芋づくし……」
風呂あがりのサナエの第一声。
サナエとユルゲンの目の前には、芋以外のものは一つも見当たらなかった。
「そだよー。思いつく限りの芋料理を作ってみただ。じゃんじゃん新しいのを持ってくるから、遠慮せずに食うだよ」
目の前に並べられたのは、芋のソテー、芋のムニエル、芋の天ぷら、芋カツ、芋の煮っころがし、そしてデザートに芋!
「私、食欲が……」
お腹を抑えて、げんなりするサナエ。
「しかしサナエが風呂に入っている間によくこんなに作れたな」
不審に思ったユルゲンは足音を殺して台所に侵入してみた。
すると、驚くほど大きな炎が、農民の左手から出ているように見えた。農民はハッと振り返り、ユルゲンを睨んだ。
「見ただな」
「い、いや、俺は……」
「見てしまっただな!」
圧倒的な威圧感に気圧されるユルゲン、農民はユルゲンに寄ってきて、不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと大きな声でこう言った。
「消えてもらうしかねぇべ」
そう言うと、急に男の右腕の皮膚が開き、中から三連装ミサイルが飛び出してきた。
ユルゲンはすかさずビームナイフを三本指に挟んで飛ばし、全てを誘爆させた。
次に相手の左手のニ撃目を背中の剣で受けた。
その瞬間、相手の左手の先から強力な火炎が放射された。
しかしこれもすんでの所で避けるユルゲン。
「これがマジックの種か!」
今度は腹からビームが出てきた。
これをバック宙に斬撃を合わせたモーションで薙ぎ払う。
「ほほぉ、やるでねぇか!」
「ま、待て!」
ユルゲンが制止する。
「何ですか今の炎!?」
サナエも寄ってくる。
「なんだべ?今いいところだべ」
「これ以上戦っても無意味だ」
「いんや、オラの秘密に勘付いた者は消すようにプログラムされてるだ。そのおかげでオラはもう千年も生き延びてるだ」
「千年!?」
サナエが驚く。
「ふふん、冥土の土産に教えてやるだ。オラはこの星のもんじゃなかんべ」
二人とも唖然とした顔で農家の男を凝視した。
「おどれーたか?」
「こ、この薄ら汚れたおじさんが、小説で読む所の、アンドロイドって事??」
サナエが尋ねる。
「かー、薄ら汚れたおじさんはねえべさ」
「おらは遥か離れた銀河にある、ネガシマタ星からやってきた超精密ロボ人間だべ」
「ロボなのか人間なのか分からないネーミングね……」
「実際にはゼロから作られたロボットだべ。すがし、人間と区別がなくなるほどに技術が進歩してからは、末尾に『~人間』が来るようになっただ」
「ホントなんでしょうか。ユルゲンさん」
「信じたくはないが、こんな人間とそっくりなロボットを作る技術はブレイブマンカンパニーにだって無いだろう。手や腹に機械を仕込んで生きていられる人間もいないし、第一こんな薄ら汚れたおっさんにそんな金をかける奴はいないだろう」
「おめーら、いつも一言多いだ!」
一呼吸置いて農民の姿をしたロボットは話はじめた。
「おらは芋を作る為に派遣されたNK39型アンドロイドだべ」
「地球での名前は?」
「ヌケサクだべ」
「ダサッ!」
サナエが突っ込んだ。
「型番と妙な整合性を感じるな……」
「っていうか何で芋を作る為?」
サナエの問いに、NK39は自信たっぷりに答えた。
「芋が世界を支配するからに決まっとるでねぇか」
「芋が世界を支配って……」
「かー、すんずてねぇなおめぇら。オラが受けた基本プログラムを教えてやるからよーく聞け」
汝の使命は地球に降り立ち、最も目立たぬ民族の姿になりかわった後、
地球人と生殖し、イモを育て、世界各地に送る事也。
イモ達はやがて成長し、世界を混乱に突き落とすだろう。
神のイモとは即ちネガシマタのイモであると、地球の民は知る事になるだろう。
我がネガシマタの魂を持ったイモを少しでも多く育てよ。
「何か変ですね。芋にこだわりでもあるんでしょうか。ユルゲンさん」
「いや、この文脈だともしかすると……」
「何か分かったんですか?」
「まあ見ていろ」
そう言うとユルゲンはNK39に質問を始めた。
「芋という字はお前たちの星では何と書くのだ」
「こんな感じだべ」
男は地面に、ネガシマタの言葉で『芋』という字を書いた。
iqAi
このような文字であった。
「では『子』は?」
「子供の事だべ?それはこうだべ」
iqAj
「似てますね」
サナエも勘付いたようだ。
「うむ。恐らくプログラムミスだな。『子』ならしっくり来る言葉が全て『芋』になってしまっている。芋ではどう考えても世界を混乱に陥れる事はできない」
「最近は芋だけインフレしてますから、ある意味混乱してますけど(笑)」
「何を話してるだ。オラの基本プログラムは絶対だべ」
ユルゲンとサナエは顔を見合わせて、呆れたような顔で笑った。
「技術の粋を集めて送り込んだロボットが芋作ってたなんて知ったら、ネガシマタの人は落胆するでしょうね」
「ああ、それにどれだけ人間に近いロボットが作れても、人為が絡んだものは必ずアラがあるものだな。文明の限界を見たような気分だ」
「参考にした地球人のモデルも酷すぎです」
「だが、こいつのおかげで突破口が見えてきたかもしれん」
「え?」
ユルゲンが何か策を思い付いたようだった。
「そんな事よりさっさと続きをやるべー」
「おい、お前。もっと大暴れできる所に行きたくはないか?」
好戦的なNK39の事を考えて、ユルゲンは提案をした。
「そりゃ行きたいべ。オラ、千年もずーっと畑さ耕して芋を作ってるだけだったべ。本当は都会さ行って大暴れしたいべ。すがし、外で目立つ行動は慎むようにプログラムされてるべ……それにオラの武装の多くは攻撃を受けないと作動しねぇだ」
「良い場所がある。建物の中だから目立たない上に、全員がお前を狙って攻撃してくれる良い場所が」
「嘘だべ!そんな面白そうな所あるはずないべ!嘘ついたら病気のイモ食わすだよ!」
「嘘だったらその時は俺を殺せばいい。どうだ。やるかやらないか」
「やるべ!」
「ようし」
「本当に大丈夫なんですか?この人」
サナエは変な同行者が増えて、気に入らないようだった。
「ああ、かなりの戦力になるだろう。明日が楽しみだ」
新たな仲間、NK39(ヌケサク)が加わった。
「ブイブイ言わすべ!」






