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第一話「暗殺」

 ユルゲンはセントハイムの酒場で何も飲まず、俯いていた。

 赤いマントが覆う背中には、白く光る大きな先細りの剣がかかっていた。

 額から鼻にかけては鉄製のマスク、口から顎にかけては布の覆面をしているので顔を伺う事はできそうにない。

 この時代には少々時代遅れの格好ではあったが、不審者というほどではなく、彼を気にかける者はいなかった。

 酒場では民衆が無遠慮な口ぶりで話していた。

 

「またブレイブマン一族の人間が暗殺されたみたいだぜ」

「今年に入ってもう3人目だ、一体どうなってるんだ?」

「金持ちはいつの時代も恨まれるもんさ」

「過去には勇者なんて呼ばれてた時代もあるみたいだが、今じゃ立派なビジネスマンだもんな」


 ビールを片手に話す地元人が二人。


「どの企業も裏ではブレイブマン一族と繋がってる」

「一部の金持ちが儲ける。それが資本主義のメカニズムってやつなのさ」

「モンスター鎮圧もしているみたいだが、自分は直接手を下さずに全てロボットが殺ってるって噂だ」

「なんだ、勇ましいのはロボットの方か」

「ヌハハハハッ!」


 酒場で話す客の話をユルゲンはじっと聞いていた。

 民衆の何気ない会話こそが社会の縮図なのだと知っていたからだ。

 剣の技法に加え、情報を掴む術まで身につけていた彼は、剣が銃に変わろうとしていたこの時代にも全く屈する事なく、世を渡り歩いていた。


 『勇者狩り』と名付けた男の行動は佳境を向かえようとしていた。

 勇者の血筋を絶やす事。それが、男が自分に課した使命だった。


「さて…」


 ゆったりと腰を上げて、酒場を出る。

 外はパレード、標的のマイケル・ブレイブマンが車の上部から身を乗り出して周囲に手を振っている。モンスター軍団の鎮圧からの凱旋。

 それがただの茶番だと知っている人間は少ない。

 ユルゲンは酒場前の電話で、対面の宿屋の2階にいるサナエと話していた。

 

「やはり銃にしませんか?得意ではないけど、強力だし…」


 受話器の向こうから声がする。

 

「駄目だ。銃なんて隠してたらすぐにバレる」

「分かりました。それより私が捕まったらどうしてくれるんですか?」

「こんな仕事をやっているのだから、覚悟はしろ」

「うう……付いてくるんじゃなかった……」


 うなだれるサナエ。

 

「10秒前だけ合図する、その後は一般人を装って、殺れ!」

「うう……了解です」


 電話を切ると、標的の車が見えてきた。

 もう少しで宿屋と酒場の間に差し掛かる。

 ユルゲンはサナエに合図をすると、民衆の中に紛れ込んだ。

 サナエが民家の2階から屋根に登り、一般人を装う。

 剣道着に剣道のマスク(日本のように大きなものではないが)という変わった出で立ちだが、剣技が廃っていくのとは反対に、剣道に人気が出てきた事もあって家で剣道着を着る子供が増えてきた。稽古中の子供だと思うのが自然な反応だ。


 ボウガンはあらゆる手段を尽くして見え辛くしてある。

 サナエのボウガンは左腕に付いていて、手を出して糸を引けば弦が伸びる最小限の仕組みで、できるかぎり剣道の籠手と見分けが付かなくされていた。

 ユルゲンが合図をすると、サナエはマイケル・ブレイブマンに手を振る陽気な子供を演じ始めた。

 胸の内で数えた10秒が迫る。

 

 5……4……3……2……1……


 サナエが精神統一すると、その目は大剣豪のように鋭い眼光を放った。

 そのままサナエは即時モーションでボウガンを2連射した。

 矢は一直線にマイケル・ブレイブマンの脳天目掛けて飛んでいった。


 だが、当たったと思われた矢は、緑の電流と共に、無残にも地面に落とされてしまった。


 サナエはまずい、といった表情で、すぐに逃げる姿勢を取ろうとした。

 しかしその目は、ユルゲンが物凄い速さで標的に切りかかっている姿を捉えた。


 ボウガンの軌道に目を奪われたガーディアンの反対側からユルゲンが背中の剣で斬りかかる。

 強烈な緑の電流が走り、ユルゲンの攻撃が阻まれる。

 だが次の刹那、ユルゲンは腰にあるもう一本のビームソードを引き抜き、半回転して一撃目に重ねあわせた。

 

 剣はバリアを破った。豪快な血しぶきだけが周囲の視界に残り、ユルゲンは車の後方に消えた。

 

「副社長!」

 

 ガーディアンが気付いた頃にはもう遅かった。マイケル・ブレイブマンは間もなく息絶えた。

 

 マントと鎧を少しずつ外しながら、街の人間に見られないよう、ユルゲンは隠れ家に無事辿り着いた。

 

「成功しましたね。ユルゲンさん!」


 先に着いていたサナエが話しかける。

 

「誰にも見られなかったか?」

「大丈夫です。剣道のお面してましたから。まさか剣道少女がボウガンを撃ってくるなんて思わないでしょう。完璧な作戦勝ちです!」

「ただのオトリの分際で」

「ひどい!」


 サナエは電話口でやったのと同じようにうなだれた。

 

「それより、私の矢がバリアの確認というのは聞いてましたけど、切り込むのは危険だったんじゃないですか?」

「いや、矢を弾いた時に緑の電流が走ったろう。あれでアンチスナイプバリアだと分かった。あれは遠距離からの攻撃には滅法強いが、近距離からの攻撃にはさほど強くない」

「なるほど。じゃあ銃でもどっちみち駄目だったんですね」

「ああ、それにボウガンなら軌道が分かりやすいから相手の目をサナエの方に向けさせる事ができる」

「ひどい!」


 今度は両手を上げたポーズで怒るサナエ。

 

「そう怒るな、次の標的は俺が先陣を切るつもりだ」

「ホントにやるんですか?本社に乗り込むって……」

「まだやり方は考えてないがな」


 高揚感も冷めやらぬなか、しばしの沈黙が走る。ふいにサナエが伸びをする。

 

「私、なーんか騙されてる気がするなぁ。あなたの話を信じたからこそ協力してるんですけど……」

「それはお前次第だろう」

「私はあなたの情報が欲しいんです!そうしたら信じられるっていうのに!」

「俺は疲れたから寝る。おやすみ、ガキんちょ」

「はぐらかすな!あとガキんちょ言うな!」


 今回殺った人物はブレイブマン・カンパニーの副社長。

 これで標的のブレイブマン一族はあと一人。

 それは社長に君臨している男である。

 

 次なる作戦を考えながら眠る二人であった。


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