女騎士 その3
翌日の朝のこと、ライヤ達はアルダスを統治するバルグの屋敷に呼ばれた。
バルグはこの峡谷を統治している男で、人望もある。悠々と歩くバルグを目で追うライヤは早く座れよ、と心の中で文句を垂れた。長椅子に腰を下ろしたのを確認したライヤ達は深く頭を下げた。
「ライヤ殿。よくぞ来られた」
いつもの渋い声が降ってくる。頭をゆっくりと上げ、ライヤはズキズキする頭に顔を歪めながら尋ねた。
「その、今日はどの様なご用件でしようか……?」
ライヤは頭痛のあまりに頭を抑えてしまう。
(ーーー昨日は飲み過ぎた……頭が痛い。そう言えば、昨日の後半部分全然覚えてない。弟とカシダが言い合いしていたようだったけど、うん……何を言い合いしていたんだっけ……)
ライヤが具合が悪そうに見えたバルグが気にかける。バルグは見た目より、心が優しく観察眼に優れている。
政治と戦略家と知られる彼は国を失った人々にとって希望の存在となっていた。
「ん? ライヤ殿どうされた」
「あっ。いや……その……」
ライヤが言い出せないような素振りをした。そこに救済するようにカシダが話し始める。
「えー、これは、ですね、あ、その、徹夜で王都奪還作戦案を夜通しで考えていたので、疲れているのです」
アルミカはそんな事、してないだろと言いたそうな顔をしたがカシダに話を合わせた。
「姉上は、魔王軍を倒す為に毎日朝から晩まで、軍議を開いているのです。ね? そうですよね。姉上?」
「えっ。あ、そ、そうです。いかに少ない戦力で短期間に王都を奪還出来るかを考えているのです」
それを聞いたバルグは安堵の表情を見せた。ただ彼が優しいからではない。帝都が陥落した時、同時に優良な指揮官や将軍を失っていた為、フェレン聖騎士団のトップであるライヤの存在は戦力と共に士気にも影響する。ライヤ自身は自分が欠けても変わらないと思っているようだが、1人の人間の重要性を理解していない。
「さようか。さすがは騎士団長ですな。いつの日か、王都を奪還する日をこの目で見たいものだな」
「最善を尽くします」
「うむ。期待しておる。では、本題に入ろう。最近、魔王の手下が我が峡谷の国境線沿いで動きを見せている。こんな事、過去にはあまり例がない。魔王もついにここを攻めようとしているのかもしれん」
まさか、とライヤは耳を疑った。
「何か企んでいるのかもしれん」と言うと隣に控えていた大臣がバルグに歩み寄り報告書をに視線を落とす。
「知っての通り、結界はこの峡谷にしか張られておらん。その為、峡谷の外にある村は常に危険に晒されている状態だ。そんな中で、最近、魔物による被害が多発している」
バルグは長椅子の背もたれに身体を委ねる。
「どうやら、もぉ、なりふり構ってはいられないようだ。これからは魔導師とも協力していかなければ、我々は生き残ることができない」
「そ、それは……」
ライヤが不服そうな表情にバルグは察した。
「ライヤ殿は騎士だ。思うところはわかる。しかし、このアルダスを守ってくれている結界は誰のお陰なのか忘れたわけではないだろうな?」
「忘れてはおりません」
「では、貴殿らを呼んだのはこうだ。峡谷の近くにある村が襲われている。魔王軍の攻撃だと思われるが戦力、規模、どんな魔物なのか、それを調査してもらいたい。それと同時に戦力の増強として、優秀な魔導士を雇い入れて欲しいのだ」
(ーーー騎士にそれを頼むか? 私はお使いにいくのか?)
ライヤはどういうつもりなのか、と疑問してしまう。
(ーーー魔導士はどうしても好きになれない……。あの薄気味悪い笑い声に緑色の煙を出す錬金術……だが、我々は今や亡国の騎士となった。それをすんなりと受け入れてくれたのだから従うしかないか……)
ライヤは葛藤したが、拒否することは出来なかった。今、このアルダスで生きられているのは魔導士のお陰であるとライヤも理解しているからだ。
「……わかりました。しかし、少数で動かせてもらいます。何分、軍資金が底をついてますので……」
魔物が出たら、必ずフェレン聖騎士団が討伐しにやって来てくれる、そう民の中で言われているが、金貨がなければ騎士とて動けない。
彼らも生活があり、生きていく上、金がかかる。さらにいうと装備品は全て自分で手配しなければならない。
ライヤのように全てを犠牲にしても大丈夫な者はそう居ない。彼女は英雄王の為ならなんでもする考えていて、手、足、目を失っても誓いを果たす事を信念として強く抱いている。だから、こそフェレン聖騎士団のトップになったのかもしれない。
「わかった。頼んだぞ。ライヤ殿」
「お任せ下さい。では、これにて」と言うと敬礼しバルグの屋敷あとにした。歩き始めてから少し経った時、アルミカがライヤに話しかける。
「大丈夫ですか? フェレン聖騎士団は魔導士とは ある意味で、因縁の敵同士ですが……」
と言うのも、全ての魔導士が悪いとかでは無いが、魔導士が力をつけ、魔法を悪用し黒魔術を使用したり、大規模な反乱を起こしたこともあった。
黒魔術を書き記した書物をすべて焼却、魔法を悪用した者は逮捕し絞首刑にした。
2年前、一部の過激派が魔導士狩りを行い、無実の魔導士までも捕らえ、殺してしまうという事件が起きた。
「大丈夫なわけないだろう。私は魔導士が嫌いだ。あんな貧弱集団など、誰が好き好んで」
ライヤは髪の毛をいじる。渡り廊下を歩くのを止めて腰に手を当てて、丘にそびえ立つ魔導士の大学院へと視線を送る。最近は建てられたようだ。
(ーーーでなかったら、私が直々に怪しい行いをしていないか強制捜査してやるところだ。今ではそんな事が出来ないが。あいつらは大学院に一日中篭って何をしている。しかもだ。あんな貧弱どもに守られているとは私も落ちたものだな。これでは英雄王様に笑われてしまうではないか)
そう考えていたらカシダが肩に手を添えた。
「まぁ。そう言わずに。魔導士らと共に魔王軍を討伐できたら報酬が出るさ」
「そうだと、良いのだが……」
屋敷を出たライヤ達は街へと足を運ぶ。
魔王軍によって、大陸の半分以上を奪われたが、まだここは人が住むことができる生活圏が保たれていた。居並ぶ露店の店員の声で賑わいを見せている。
しかし、ライヤの姿を見た途端に憎しみを帯びた視線を向けられているのがわかった。
「憎まれても仕方ないか」
(―――――あー嫌だ。さっさと、こんな峡谷とは、おさらばしたいものだ)
「とりあえず、峡谷を出よう」
「そうですね。居心地も悪いですからね。ここは」
「私がやったわけではないんだがな」
「誰がやったかではなく、フェレン聖騎士ということが気に入らないんだろ」
「はぁ……」
ライヤは大きなため息を吐いた。アルミカが気になったことがあった。
「そう言えば、魔王の手下ってどんなやつなんだろうね?」
ライヤは手を顎に置いて考える。
「うん……そうだなぁ。恐らくは、下っ端のゴブリンとかだろうな」
「それなら、恐れる必要はないな」
とカシダが楽観視する。
「へ~。僕は帝国軍に入っても、酔っぱらいの争いや乱闘の鎮圧しかした事ないから、わかんないなぁ」
「アルミカは後方支援だ」
「はい。わかりました」
元気よく返事した。ライヤは歩きながら考えた。