拒む理由
【お母さん…。】
ライヤは涙を流した。
普段の強気で、勇ましく敵をなぎ倒していくライヤの姿はなかった。
普通の女の子なのだ。
【あーもぉ!見てられない。】
カシダは居ても立っても居られなくなり、ライヤの手を掴み引っ張り上げる。
【なっ!?何するんだ…。】と目を合わせないように下を向いて小さくつぶやく。
【ライヤ。お前は俺が守る!何がなんでも。】ライヤを抱き寄せる。
【いつもお前の側にいて、支えてやる。だからもう泣くな。】
いつもなら、ライヤは嫌がるが、今日は違った。
カシダを抱き寄せる。
【ありがとう…。】
そんな二人の姿を遠くで見ていた者達がいた。
一人の男が持っていたお供え用の花束を落とした。
【……ライヤが……。我輩の一人娘の…ライヤが…。】
【何と!聖騎士の身分でお嬢様に手を出すとは。弟子達よ。わしに続け。】
【承知!】と三人が声を合わせてライヤとカシダに向って行く。
【カシダ…何か聞こえないか?】
【別に何も…ぬあああ!】とカシダがいきなり四人の聖騎士に引き離される。
親衛隊がカシダを囲んでフルボッコにする。
【お嬢様に手を出したな!おのれ。許さん。】
【お嬢様に抱きつくなんて最悪!】
【カシダ!オラの女神を穢したな。】
【安心しろ。これからは俺がお嬢様を護衛する。】
【ぐはっ。痛い。ぬあっ。ぐふ。】
四人がカシダをこれでもかと蹴って土埃がたつ。
【……。】
ライヤは固まっていた。
見られてたんだ…。
【さぁ。連れていけ!一日吊るしの刑だ。】とギロドルドが指示した。
【承知!】
首根っこを掴かみ引きずりなが、セティアが吊るされた木に連れて行った。
数分後、領主シャルル邸にて。
ライヤは手を震わせながらお茶を飲んでいた。
カップと皿が当たりガチャガチャと音を出す。
ライヤの見つめる先に恐怖する対象が座っている。
立派な口髭を蓄えて、腕を組んでいるその屈強な男こそ、ライヤの父、シャルル・サルベートである。
【ラーイーヤー。】とゆっくりとした口調で黒いオーラを漂わせる。
【あっ。はい。父上…何でしょうか?】
ライヤは冷や汗をかく。
あの事が見られたのかな…。
【お帰り。】とにっこりと笑う。
【えっ?あっ。ただいま帰りました。】
シャルルがカップを手に取り、お茶を飲む。
【何かを我輩に言いたくて帰って来たのだろ?】
さすがは父上。お見通しですか…。
【父上。そろそろ…ここをお離れ下さい。】
ライヤが真剣に訴える。
【ならん。】
【しかし、このままでは、魔王軍に制圧されるのも時間の問題かと。】
あの事は言わないでおこう。
シャルルがカップを持ったまま立ち上がり、ガラス戸から、ちょうど見える丘の教会を見つめた。
【ならん。それだけは出来んのだよ。我輩の妻を置いては逃げれん。】
ライヤは魔王教団の襲撃を思い出してうつむく。
少ししてから、見上げてシャルルの背中を見つめて言った。
【……。クエンハイム殿がセイルシュアの兵力を確認したそうです。進撃を受ければ、一日ともたない。だそうです。】
【セイルシュア兵3000名。ロザリン関所防衛隊300名。親衛隊4名。到底…魔王軍には敵わない。】
【では、市民は?】
【既に避難させている。】
だから、街が殺風景だったのか…。
父上は、ここで果てるつもりだろう。
それだけは、絶対にさせない。
【父上!兵力は来るべき時まで、温存しておくべきです。ですからー】
【最果ての峡谷に逃げよと?】
シャルルが振り返りライヤの目をみた。
ライヤが立ち上がる。
【その通りです!父上。私と一緒に戦いましょう。正義の為に。】
右手を胸に当てて言った。
シャルルが机にカップを置き、ライヤの方へ歩み寄る。
そしてライヤの頭を優しく撫でた。
【我輩は老いた。もう昔のように身体がいう事を効かんのだ。安心せい。セイルシュア兵のほとんどが志願兵だ。我輩と共に果てる事を誓った同志だ。今更、撤回は出来んよ。】
ライヤが涙を流す。
声を押し殺して泣いていた。
【老いた者は死ぬ。これ定めなり。】
【父上……。】とライヤが抱きつく。
【泣くな、ライヤよ。お前は…我輩の可愛い一人娘。必ず…生き残るのだ。】
部屋の外側で耳を当てて、シャルルとライヤの親子会話を聞いていた者達がいた。
四人の内三人が涙を流し号泣。
【親衛隊が泣くな。情を移すな。愚か者共…。】と言うギロドルドも涙ぐむ。
シャルル・サルベート
我輩の故郷。
ミューレンのセイルシュアは必ず守る。
例え、味方が一人になろうとも。