教団と魔王
黒の書
ー246ページ。
我が身、我が肉体、我の物にあらず。
差し出しさん。魔の王の為に。
召喚魔法の一部。
肉体は魔王の物となるが、精神は残る事もある。
それは術者に苦痛を与え、心の中に魔王が入り込み、暗闇に囚われる事となるだろう。
ライヤとクエンハイムが帰ってきた来た当日の事。
ライヤは朝早くにセイルシュア国に向けて準備をしていたが何故かご機嫌斜めだ。
そこにはマクシリンもいた。
こっちは上機嫌である。
実は、10分前にマクシリンはアルミカにある物を届けに行った。
ライヤの部屋の扉がいきなり開いた。
【アル!おっはよー。アルの為にアップルパイを焼いたんだよ。】
ライヤは昨日の闘いで疲れて寝込んでいたが…。
【はっ!敵襲か。】とライヤがペットから飛び起きた。
命を狙われてしまった事により神経質になっていた。
長い髪の毛が顔を隠す。
マクシリンは部屋をキョロキョロすると言った。
【あっ。ごめん。部屋を間違えた。ぷっ。東洋で言う落ち武者みたいだね。じゃあ!】とマクシリンがドアを閉める。
【……。落ち武者ってなんだ?】と首を傾げる。
落ち武者とは、闘いで落ちのびた者の事である。
隣からアルミカとマクシリンの話し声が響いて聞こえる。
【アル!おっはよー。】
【うわっ!いきなり抱きつかないでよ。】
その言葉にライヤの眉毛が動く。
そして壁にそっと耳を当てる。
【アルの為にアップルパイを作ったんだよ。ほら、食べてよ。】
【………美味い!すっごく美味いよ。マクシリン。姉さんより断然に。】
【なっ!私より料理が美味いだと?】とライヤは会話に食らいつく。
アルミカに私が出した料理なんか、美味しいとか一言も言わないんだぞ!
どうしてだ。
魔導師に劣っているのか…。私は…。
【ねぇ。アル?ライヤの料理とかクソ不味いでしょ。】
【不味いって言うより…。うん…。なんだろうな。一つ物足りないっていうか…なんていうか。】
ライヤの心に言葉が刺さっていき壁から少しずつずり落ちる。
【悪かったな。私はどうせ不味い料理しか作れなくて…。】と落ち込んだ。
仕方ないじゃあないか。
私は、ずっと武術しかやってなかったんだから。
ゆっくりと、さみしそうにベッドにうずくまった。
そんな時に、ライヤの部屋の扉がまた勢いよく。
【子猫ちゃん!私めが慰めてあげましょう。】
やっきのライヤのつぶやきをクエンハイムが聞いていたのであった。
【黙れ!クソジジィ】と飛び起きて近くにあった花瓶を投げつける。
顔面にクリティカルヒット!
そのまま廊下側へ倒れる。
カシダの驚いた声がした。
【なんじゃあこりゃあ!】
クエンハイムをカシダが回収中。
旅の仲間が宿屋の前には集結した。
今回は皆、軽装である。
ライヤが髪を後ろに束ね始めた。
いつものポニーテール。
前髪を片方だけ垂らして、準備を完了。
カシダとクエンハイムはその後ろ姿に見惚れていた。
【可愛い過ぎる…。】とカシダとクエンハイムが同時に言った。
カシダとクエンハイムが顔を見合わせる。
男は口では語らない。
カシダが心のなかで語る。
老いぼれジジィには渡さんぞ!
それに何故かクエンハイムが返す。
子猫ちゃんは私めのもの。こな若造め!
【なんか、あの人達から黒いオーラが見えるんですけど。】
マクシリンがうなずく。
【ライヤ争奪戦だわ。あぁ。恐ろしい。】
【何をごちゃごちゃ言っている。先に行っているぞ。】とライヤが馬に華麗に乗ると馬を走らす。
【子猫ちゃんに続け!】とクエンハイムが馬に乗りライヤの跡を追う。
【将軍殿!貴方だけには負けません。】
【はぁ。僕達も行こう。】
【うん。】
そんな彼らの姿を見ていた者達がいた。
手の甲には魔王教団を示す入墨がある。
街の片隅で話し出した。
【街を出てしまったな。どうする?このまま追撃するか。】
【いや。白き獅子がいる。それに魔王様の軍が既にあいつの国に向かっているはず。】
【おぉ。これで忌々しい奴らを葬れる。ライヤ・サルベートに死を…。】
【そしてあれを回収し、魔王様に献上すれば…】
【我らが求める暗黒の地。我らが求める魔王様の世界!】
怪しい男達が集まって来る。
そして怪しい笑が街のなかで響き渡る。