7話 食事
「ここ、着いたよ。降りられる?」
駐車場に車を止め、必要な荷物をもって店に入ることにする。
「ここなんかすごいね」
スロープ、手すり、自動ドア。
今思えば普通かもしれないが個人の店にしては案外珍しいかもしれない。
自動ドアを開けると、女性店員が出迎えた。
俺より少し低い身長で短髪金髪をしていて、キリっとした目なのでちょっと威圧感はある。
「いらっしゃい……、って近ちゃんか。休日に珍しいな」
「ああ、連れがいるんだけど個室あいてるか? 空いてそうだな」
その連れを俺は一瞥した。
遥さんは威圧に負けていて、後ろに隠れている。
「空いてそうだって? 喧嘩売ってんのか……ああ、連れ? って、若い姉ちゃんと赤ん坊じゃねえか。いつ生まれたんだ? 聞いてなかったぞ。親戚かなんかか?」
こんな会話を聞いてる遥さんは少し緊張した様子で俺に話しかけた。
「あの……お知り合いなの? このお姉さん」
俺の後ろに隠れていて、縮こまっているから大分下から声が聞こえた。
「ごめんね、彼女はこの店の曽場だ。高校の時の同級生。危なさそうだけどそこまで危なくないから」
「……そうなんだ」
「どうも~うどん屋の娘の曽場で~す。曽場うどんの店員の曽場です。面白いでしょ?」
「ふふふ」
初めてあった人には必ずこの寒い冗談を言う。
遥さんは少し刺さったようだ……初めて受けたみたいで曽場も少し嬉しそうだ。
「すんげー赤ん坊小さいな。あっ、こちらへどうぞ~。個室、端開いてるぞ。扉閉めていいぞ。後は、勝手にやってくれ」
俺についていく遥さんは初めて入るこの店中をきょろきょろ見ている。
「大丈夫だよ、緊張しないで。本当に危険な人物ではないから。なんなら大将もいるから」
「うん。大丈夫。ああいう人結構好きだよ」
俺らは最初の案内通りに個室に入った。
後から曽場が来て水が入った水筒を持ってきた。
ちょうど水がなくなっていたようだ。
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ。赤ん坊、バイバイ~」
「うん」
曽場が去ると俺はコップに水を注ぎ遥さんに渡した。
「ありがとう。優さん」
「とりあえず頼もうか。好きなの食べな」
「何がおすすめなの」
「基本はざるうどんだけどね。そばじゃなくてうどん。うどん屋だから」
「じゃあ、それで」
「じゃあこれ二つにしよう、大きさは極小、小、並、大盛があるけど」
「そのサイズ設定は?」
「女の人とか子供とか高齢者とかあまり食べられないって人いるから極小を用意している」
「確かに。少食だと一人で並盛食べきれないよね。私は並盛で。お腹空いてるから」
「いいと思うよ」
手元の端末で注文をし、配膳までの時間を過ごす。
「どんなのかな……」
「普通のそ……うどんだよ」
「いまそばって言いそうになったよね?」
「狙ってこの店名にしてるんだろうな」
俺のミスを面白がるように笑った。
こんなことを話していたら結ちゃんを見て思う。
「あっ、結ちゃんのミルクとか? お湯いる?」
「お湯はいらないよ。私が直接おっぱいあげるから」
お母さんは大変だ、本当に。
でも、こうして人は成長していき、次は成長させられる。
「ところでここにはよく来るの?」
「うん。このうどん屋は俺の同級生がやっているんだけど、紹介したけどさっきの金髪な」
「そうなんだ、曽場さんすごいな。飲食店やってるなんて」
「彼女の親父さんが大将をやっていて、他社や値上げの波にはかなわなくて苦しい状況になっていたんだけど」
値段も相当安く設定されていて、努力が見て取れる。
「なんとか工夫して乗り越えた」
「どんなどんな?」
「子供連れでもふらっと行くことができるようにした」
「なるほど」
「平日昼間の時間は俺の勤務している会社の食堂と化しているが」
「そうなんだ、この辺で働いてるんだ?」
「そうだね。職場も家も近くてありがたい」
遥さんはうんうんとうなずく。
まだまだ、聞きたそうにしているから説明を続けることにした。
「テーブル席を多めにして」
「若い人だったり子連れはやっぱりカウンターは抵抗あったりするからね」
子供連れだと荷物も多いから、テーブル席が必要であろうことから、そういう発想に至ったと聞いた。
「あとここは特に結ちゃんぐらいのより小さい子供を連れていても来店できるような工夫を施したんだ」
「赤ちゃん連れてはなかなか行けないもんね」
「トイレにはベビーチェア完備されていて目を離すことがない」
「なんかすごくこだわってるね」
曽場の目の付け所は褒められる点である。
「あと個室かな」
「そうなんだ」
「遥さんみたいな赤ちゃんにおっぱいあげないといけない人には大絶賛らしい。同伴者に見られてしまうかもしれないんだけどね。だから本当は授乳スペースを作りたかったみたいなんだけど広さ的にね。流石にきついな」
個人で経営しているうどん屋であるから面積に限りがあるからあきらめる点はあきらめなければならない。
「まぁ、お父さんぐらいならいいんじゃないかな。知らない、他所の人の目を遮断できるだけでもいいと思う。こんな店が地域に一つあればいいね」
コツコツとうどんが運ばれる音と、だしの匂いが近づく。
遥さんは小さい鼻を動かしていた。
◇◇◇
「そう言っていただけると、うれしいぜ」
「ん」
「はいよ、冷めないうちに食ってな」
温かいうどんを遥さんに、冷たいうどんを俺に、何も聞かずに配膳したことに驚いている遥さんに曽場が説明をする。
「近ちゃん、真冬でも冷たいのしか頼まねぇんだよ。麺を締めるの誰だってな」
冷水で締めることに文句を言っているが、いつものことである。
「近ちゃんがどんな経緯で、この姉ちゃんと赤ん坊といるのかわからないけど、客は客。ちゃんと接客はする」
「ありがとう」
「おうよ。でもまた話聞かせろよ」
手を軽く振って厨房へと踵を返した。
割り箸を割りうどんを食べ始めようとする。
遥さんのうどんは温かいつゆに麺が浸って、ネギが散らされたシンプルなものである。
遥さんの温かいうどんからはだしの匂いが漂う。
「じゃあ、一口いただきます……おいしい」
「そう、しっかり食べて栄養をバトンタッチしないと」
「そうだね。あちち」
「気を付けてね」
「ギャーギャー」
こんな会話をしていたら結ちゃんが泣きだした。
出会ってから結ちゃんが泣くのを初めて見たから、やはり赤ちゃんなんだなと思いながら箸を止めた。
「あれあれ、結もごはんですか~。優さんは気にしないで食べていいよ」
「俺、席はずそうか」
人がいたら気にするだろうと思って席を立ったが静止させられた。
「別にいいよ。座ってていいよ」
「でも……俺……他人だから。嫌でしょ?」
「他人じゃないよ、言葉軽いけど恩人だし……私たちを住まわせてくれる家主だしね……まだ出会って数時間だけどこんな人がお父さんだったらなって思っているから。結のことを考えてくれているもん」
「それなら、いいけど。気にならないの?」
「別に優さんならいいかな~。公園で知らないサッカー少年たちに見守られたり、冬だからあんまりいないけど鳩やカラスに見守られてたり……家のない人たちにも見守られたこともあったから、私も家なしだけど……」
遥さんは楽しそうに話しているが俺は苦笑いするしかない、この思い出話は。
「うんうん。結、はい、おっぱいだよ~」
遥さんは、俺が渡したモコモコの洋服を胸までたくし上げて結ちゃんを胸にあてがった。
「ごめんね。本当にごめん」
俺は遥さんに頭を下げた。
「なんで謝るの?」
「パーカーとか前開くものを渡せばよかったかと思って」
疑問思ったのか首をかしげて聞いた。
「いや、大変配慮不足だった。服をたくし上げては、大変に配慮が欠けていた。本当に申し訳ない……お腹も冷えるよ……ちょっと待ってて」
俺は席を立ち車に戻った。
「はい、これ。ごめん。配慮不足で」
車に置いていた毛布を手渡した。
「いやいや、わざわざいいのに。そんなに反省しなくていいから。ありがとね。全然気にしないよ。結も気にしてないし」
その毛布で前を隠して結ちゃんへ授乳を続けた。
結ちゃんはキュッキュッと母乳を一生懸命飲んでいるのだろう。
首がすわっていないから頭を支えながらである。
その間にも遥さんはうどんを食べたりしている。
「外にいる間に洗濯できなくて汚れたら前開くシャツとかを捨てていったの。結果、トレーナー系が残って、丸出しにしてたことはよくあったよ。ホテルとかカラオケの室内では二人だからいいでしょ? 私暑がりだし、こう見えても」
「親子だもんな」
「まぁ……一時、ケープは持ってたんだけど……」
「ケープ……ああ、なんかこう……隠すための布だろ」
うまく言えなくてジェスチャー交じりになってしまう。
それを見た彼女は結ちゃんを抱えたまま大笑いした。
「ハハハハハ、なんかカッコいい表現探してたみたいだけど、結局布。でも、そもそも知ってることがすごいね」
「常識じゃないの?」
「常識じゃないでしょ。私は知らなかったよ」
「そうなんだな……で、その布はどこ行ったんだ? 家に置いてきたか?」
現に使ってないし、持ってきている様子はないが一応聞いた。
「ああ……少し前にお別れした……」
「捨てたってこと?」
「うん。平日だったからホテルに泊まれて、コインランドリーで洗濯したんだけど……もうその時お金がピンチで乾燥機ケチって乾かすのを怠って干すのも怠ったら生乾きで……へへ……」
半笑いをする遥さんを見た俺も苦笑いしかできない。
「なんかもう、踏んだり蹴ったりだな」
「あはは」
「でね、バスタオルでいいかと思ったんだけど……」
このパターンは多分、思っている答えでいいだろう。
「生乾きで捨てたのか?」
「ピンポーン」
「当たってもうれしくないな……」
彼女は思い出話かのように話すが本当は相当苦しかっただろう。
「じゃ、そのケープは買ったほうがいいの?」
持っていたということは買い直したほうがいいのかもしれないと思い聞いたが、首を横に振った。
「いらないと思う。大きいタオルとかで大丈夫ということが分かったから。なくても影響はないと思う。あったらあったでいいかもしれないけどね」
「そういうならそうなのかもな。まかせるよ」
遥さんは嫌がってなくても結ちゃんが嫌がってるかもしれないから、もう一度質問しておく。
「俺の存在大丈夫? 結ちゃんに迷惑かかってない?」
「もうちょっとで終わると思うからいいよ。個室用意してもらってほかの人来ないし」




