07 初夜
「え……別室で寝る?」
ショックを受けるイーサンの前で私は慌てて手を振った。なるべく自然に、自分が振る舞えていることを願いながら。
「あぁ、違うのイーサン!タイミング悪く月のものが来ていてね、貴方と結婚して最初の夜をこんなかたちで終わらせたくなくって……」
「大丈夫だよ。僕は気にしない」
「私が気になるの。それに荷物の整理もぜんぜん出来ていないわ。これから私たちの時間は無限にあるから、急ぐ必要はないと思わない?」
イーサンの眉間に皺が寄る。
彼が結婚後の初夜にこだわりを持つタイプだとは思わなかったけれど、おそらく、自分から誘ったにも関わらず断られたことが気に障ったのだろう。母親に似てプライドは高い。
夫が考え込んでいる間、私は与えられた自分の部屋をぐるりと見回してみた。
やはり同じ部屋だ。蜘蛛の巣の貼った天井、埃っぽいカーテン。きっとランプシェードの上を確認したら、長年放置された形跡が見えるはず。一刻も早く掃除したい。
前回は気付かなかったが、たぶんイーサンの母親は私を歓迎していない。今回は「前日に破談を申し出た礼儀知らずな女」というレッテルが貼られているので仕方がないものの、前回だって結果は同じ。つまり、最初から彼女にとって私はその程度の存在だってこと。
「分かったよ……今日は君の意見を尊重する」
「ありがとう。理解してくれて嬉しい」
「明日の朝食はなるべく一緒に食べよう。父さんも母さんも君が来てくれて嬉しいんだ。見てくれ、この花がその証拠だよ」
イーサンが指差したテーブルの上には、細い花瓶に生けられた花があった。
「綺麗ね。クレマチスかしら?」
「どうだろう。母さんが選んだから分からないけど」
「お義母様はセンスが良いのね」
伝えておくよ、と嬉しそうに笑顔を見せて「また明日に」と言い残すとイーサンは出て行った。私は短く息を吐いて靴を脱ぐとベッドに倒れ込む。
またこのクレマチス。
結婚式のドレスに描かれることもあるほどめでたい花ではあるものの、私の気持ちは浮かなかった。ぼんやりとした明かりの下で、白い花は誇らしげに花弁を広げている。
花言葉を教えてくれたのは誰だっけ。
たぶんアマンダあたりだろう。
「高潔、美しい心………策略、ね」
まんまとその策略に嵌った身としては、今すぐにでも花瓶ごと窓から投げ捨ててしまいたい気持ちだ。きっとヘルゼン伯爵家は私の父もろとも酷使しようとしているに違いない。いざとなったときに切り捨てられる便利な駒、罪をなすり付けても文句は言わない立場の弱い者として。
ふぅっと長い息を吐いた後、どこから手を付けようかと立ち上がる。部屋の隅に置かれた紙袋の中には、今日式に参加した人たちからの祝いの手紙や花束が入っているらしい。
「そうだわ」
私はハッとして袋の山に近寄る。
いくつかの袋を覗き込んで、目当ての四角い箱を発見した。アマンダが式の前に手渡してくれた贈り物だ。前回の人生では中身の確認が出来ずに死んでしまったから、今のうちに見ておきたい。
手のひらに乗る大きさの小箱は赤いリボンで包まれていて、指で引くとすぐに解けた。私は慎重に箱の蓋を外しに掛かる。
「なにこれ?」
中に入っていたのは、懐中時計だった。
壊れているのか時間が止まっている。それとも、太陽の光に当てると動くタイプなのだろうか。何より気になったのは、不自然に千切れた銀のチェーン。どう見ても新品ではない。
何か希少なものなのだろうか?
だけど、アマンダが言っていたように「幸運のお守り」になるとは思えない。いったいどんな意味があるというのか。
簡単に開けてはいけない、と釘を刺されていた手前、くれた本人には聞き辛い。仕方がないので私はその懐中時計を再び箱に仕舞った。いつかそれとなく聞いてみよう。
椅子に座り込んだ途端、強い眠気が襲う。
結婚式の間中、ずっと緊張で張り詰めていたのだから無理はない。どうにか終えることが出来たのが信じられないぐらいだ。
とうとう、ヘルゼン伯爵家に来てしまった。
明日から始まる地獄のような日々を思えば胃がキリキリする。アマンダは遊びに来てくれると言っていたけれど、病院の仕事を続けながら医療学校にも通うならば、彼女とて時間に余裕はないはず。
(お母様……私は上手くやれるかしら?)
同じ失敗をしないように生きたい。
そのために取るべき行動を、整理しないと。




