70 メルトンの生き方
イーサンとの離縁に関する書類はすでにヘルゼン伯爵家へ提出済みで、あとは返送を待つのみ。今更クレモルンに固執する必要はもうないから、きっとそのうちこの問題は解決するだろう。
あとは、アマンダの判決について。
クリストフから聞いた話では、アマンダは犯行の動機として「本当の家族になりたかった」と述べているらしい。彼女のいう本当の家族とはつまり、クレモルン男爵家の養子だそうで、母キャサリンに提案を断られたことで、私が居なければ父ダフマンは彼女を養子に迎えると踏んだらしい。
ルバーブの毒を使った薬の調合に関しては、医療学校での学習を通して思い付いたと答えた。思い返せばクレモルン男爵家の一画で何かを育てようとしていたと聞いた記憶はある。まさかそれが、将来自分を死に追いやるための毒薬だとは思わなかったが。
(だけど、変ね………)
一度目の人生でもアマンダは私に毒を盛っていたようだが、彼女が医療学校で看護師を目指し始めたのは今世が初めてだ。いずれにせよ、リンクス医師との繋がりがあったと仮定すると、自分で用意した方が都合が良かったのだろうか。
「ジャンヌ様はいつも考え事をされていますね」
マグカップを運んできたメルトンが感心したようにそう言うので、私は首を振った。
「答えが分かる問題ではないのですが、どうしても気になってしまうんです……」
「ユーリ様にご相談されてみては?」
「騎士団長様は私がイーサンの妻だから良くしてくれるだけです。離縁が成立したら自分で対応しないと」
「しかし………」
私と父の新たな住まいを訪ねてくるのはほとんどがクリストフとセドリックだった。セドリックは同じ南部に居を構えているので、ハンベルクの祖父母からの連絡係としても働いてくれている。祖母の足は捻挫だったそうだが、まだ安静を強いられているそうで、いつも無念そうにセドリックに伝言を頼むと聞いている。
新しい家について、父ダフマンからは家賃を払うと申し出たが、ユーリは強く拒否した。何度頼んでも「不要なものだから」の一点張りで、最後には時折食事をご一緒させてもらえれば、という提案で私たちは折れた。だが、多忙な騎士団長はあれっきり家を訪れない。
「団長様はお忙しい方なので、あまり小さな相談をしたくないんです。私はただでさえ無駄なことで悩むタイプだから」
「家に居るとつい塞ぎ込んでしまいますよね…… そうだ!来週アヴェイルの大広間で冬のお祭りがあるみたいです。クリストフ様に相談して、外出の許可をいただきませんか?」
「冬のお祭り……?」
アヴェイルというのは私たちが今住んでいる南部の中心部にある街だ。長らくお祭りという行事に無縁だったので、むくむくと好奇心が湧いた。
「良いですね、楽しそうです」
「じゃあ決まりですね!次にユーリ様かクリストフ様がいらしたときに聞いてみましょう。もちろん私だって護衛に当たりますよ!」
そう言いながら片手を丸めて拳を作って見せるメルトンに、私は思わず笑ってしまう。
メルトン・リュシーとまた会えて本当に良かった。
母ほどの年齢ではあるが、彼女と居れば私は心が落ち着く。三人の子供を育てた母だと聞いているから、その経験値が親しみやすい人柄を作っているのかもしれない。
「ご家族の方は大丈夫ですか?随分と遠い場所に住み込みで来てもらっているので、申し訳ないです……」
「とんでもございません!夫が家を出て行ってからというもの、女手一つでやってきましたから。それに子供達は皆それぞれ働いていますし」
「まぁ、それは頼もしいですね」
メルトンの夫が他所で愛人を作って彼女の元から去ったというのは、新しい家に来てから聞いた話だった。ヘルゼンの屋敷ではそんな素振り微塵も見せなかったから、私は正直とても驚いた。
人の気持ちは分からない。
良い人が救われる世界であることを願うけれど、なかなか上手くいかないのが現実だ。それでも明るく笑って前を向く、メルトン・リュシーは私が目標としたい女性だった。
「本当に……ありがとうございます」
「良いんですよ、ジャンヌ様。困った時はなんとやらとおっしゃるでしょう?貴女はヘルゼン伯爵家で苦労をなさったんですから、今ぐらいはゆっくりしてくださいませ」
さぁさぁ、と背中を押すメルトンにお風呂へ入るよう促されたので、私は素直に甘えて浴室へと向かった。自分の時間を自分のためだけに使うなんて、今まで考えられなかった。
自然と口角が上がる。
この感謝を忘れないようにしたい。




