06 クリストフ・ピボット
「まぁ、それではお花屋さんからここまであんなに大きな花束を抱えて……!?」
驚く私の前でクリストフは胸を張る。
「はい!団長殿は人使いが荒いお方なのです。私は直属の部下なので、頼みやすいのでしょうね。しかし本当に天使のような顔をした悪魔ですよ」
「まぁ、普段はお優しいのですか?」
質問を受けてクリストフはブンブンと首を横に振った。まさか、というげんなりした表情を見て、思わず私は笑ってしまう。
「見た目の話です。上長殿はお顔だけは美しいのですが、口から出るのは大抵私の人権を無視した命令ばかりです。今日だって面倒ごとを押し付けて、自分は国王陛下と食事会ですよ!」
「あらまぁ……」
さらっと今、面倒ごとと言ったような。
確かにイーサンと私の結婚式は面倒なイベントに違いないのだが、参列者である彼がそんなことを言うとは、素直というかなんというか。
二人して話し込みながら、私はクリストフの言う鬼上司について想像を膨らませる。きっと恐ろしい女性なのだろう。鞭を持った女王様みたいな上司を前に、滝汗を掻いている彼の姿は容易に想像出来る。イーサンも知っている人なのだろうか?
「クリストフさん、その上司の方のお名前は?」
「ユーリさんです。ユーリ・バレンタイン。本当に黙っていれば美人なのに、神はなんとも残酷だ……」
「まぁまぁ、そう仰らず。おかげさまで綺麗なお花を会場に飾ることが出来ました。クリストフさんの努力に感謝しています」
だと良いのですが、と言って小柄な男は何倍目かの酒を煽る。飲みすぎて、寮に戻ったら彼の女上司に注意されないのだろうか、と私は心配になった。
その時、遠くの方から自分の名前を呼ぶ声がした。目を細めれば、丸テーブルを二つほど越えたところでアマンダが手を振っている。
「ごめんなさい、もう行かないと」
「いいえ!花嫁殿と話す機会がいただけて光栄でした。これで明日はユーリさんに良い報告が出来ます。ヘルゼンくんにも是非よろしくとお伝えください!」
「はい。伝えておきますね」
手をブンブン振る従姉妹の方へと向かいながら、はたして前回の人生でもクリストフという男と出会っていただろうかと考えた。人当たりの良いイーサンに友人は多かったが、彼の名前は記憶にない。ついでに言うと、ユーリという女上司についても知らない。
もっとも、イーサンはあまり私を騎士団の宿舎の中に入れたがらなかった。「男臭い場所だから」というのが理由だったが、今ではそれだけではなかったのだと分かる。
(浮気した男ともう一度結婚するなんて、)
あまり先行きは明るくないが、晴れ舞台で主役である私が浮かない顔をするわけにはいかない。
「ジャンヌ~~なかなか会いに来てくれないんだもの。待ちくたびれちゃったわ」
「ごめんね。イーサンの同僚の方に会ったの」
「はぁ、本当に旦那様想いなのね。貴女なら良いお嫁さんになれるって昔から思ってた」
アマンダは頬を膨らませてそう言う。
私は愛想笑いを返して、目を伏せた。
胃が痛い。また同じことを繰り返したらどうしよう。そんな不安ばかりが次から次へと湧いて出て、解決策は見つからない。焦ってもどうしようもないのに、気持ちは落ち着かなかった。
「どうしたの?」
胃をさする姿を見て、アマンダが不思議な顔で尋ねるので、私は素直に「先のことを思うと不安だ」と心境を吐露した。アマンダは何か思い付いたように目を大きくすると、自分の鞄に手を伸ばす。
「ジャンヌ、きっとこれが効くわ!」
「なにこれ……?」
渡されたのは薄紅色の粉薬。
「胃薬よ。勤務先の病院で同じ事務の子が教えてくれたの。気持ちをリラックスさせる効果もあるみたい」
「そうなのね。今の私にぴったり」
ちょうど通り掛かった給仕係から水の入ったグラスを受け取って、私はその薬を流し込んだ。わずかに酸味があって顔を顰める。
「あ、最初は少し酸っぱいの。いろんなベリーが入ってるから美容にも良いんだって」
「へぇ。アマンダは詳しいのね」
「当たり前でしょう!私は看護師を志す人間なんだから。これからは身体の不調は私に相談してね!」
そうだ。思い返せば、前回の人生でもアマンダはこうして私の支えになってくれた。度重なる義母からの厳しい言葉に気が滅入っていても、アマンダは根気よく私の話を聞いてくれた。なかなか医者に行く時間が取れなかった私の代わりに、薬の配達はもっぱら彼女に頼っていたっけ。
「貴女が家族で良かったと思うわ。本当にいつもありがとう。これからも遊びに来てね」
「もちろん!大切な姉妹だもの」
私たちは顔を寄せ合って他愛もない会話をした。
亡くなった母キャサリンもまた、こうして妹と笑い合っていたのだろうか。今は二人とも帰らぬ人となってしまったけれど、アマンダが居てくれて良かった。寂しさを分かち合うことで救われた夜は少なくはないから。




